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彼に出会ったのはたった2ヶ月前だった。俺は真夜中に一人でコンビニへ行っていて、その帰り道だった。
ある公園で多量のガソリンを浴びようとしている男を発見したのは。
「…何やってんの」
彼に近付き問掛けた。別に返事をしなくても傍らに置いてあるライターがこれから何をするかを物語っていた。
彼はにっこり笑って、
「自殺」
と言った。死ぬ間際の人間ってこんなに穏やかで無邪気に笑えるものかと思った。
「…でも、やめた!」
彼は100円ライターを足元に転がした。
「何で止めんの?」
「君が来たから」
迷わずに彼はそう答えた。わけが分からない。見ず知らずの赤の他人にたまたま現場を目撃されたからってこんなに簡単に諦めることが出来るんだろうか。
「ねえ、それ」
彼は俺が持っていたコンビニの袋を指さす。半透明な袋には微かに先ほど買ったばかりのビール缶のパッケージが透けていた。
「それ、ちょうだい」
明らかに俺より歳上の彼はそう言った。
「…まぁ、いいか」
別に酒が飲みたかったわけじゃない。ただ家に居たくなかったからコンビニへ行ったようなもんだ。
それから俺達は月明かりも無い公園のベンチに座ってビールを飲んだ。
初めてビールを口にしたときと同じ、ただ苦味だけが口内に拡がった。
「そいえばさ」
彼が口を開く。
「あんた、だれ?」
「…たまたま此処通りすがった人」
「名前は?」
「……悠」
「ユウ」
確かめるように彼は俺の名前を繰り返した。
「あんたは?」
「俺?」
お前しかいねーよ。確かに目の前の男は俺より歳上だが、だからといって言葉使いを正す気にもなれなかった。
「俺はぁ、えっと、アキ!」
酔っぱらってんのかな。名前を言うのに少し躊躇った感じもしないでもない。疑うことしか知らない俺の脳は次々と質問をしてくる。
「そう…」
「自分から聞いたくせに、ユウは冷たいんだな」
「まあね」
「俺がガソリン被ろうとしてんのにたいして気にしてなかったしな」
「………」
けらけらと笑うアキ。
でも瞳の奥を見るとどうやら本気の笑いではないようだ。
いつからだろう。こうやって相手の顔色ばかり伺ってきたのは。嘘を吐かれるのが嫌いなんだ。
…なんで嫌いなんだっけ?
「ああ、でもさぁ」
長い笑いの後、微笑みながらアキは俺を見た。俺は視線を合わせないように真正面にある公園の木に興味を持ったふりをした。
「でもさぁ、ユウ。さっき俺が本気で死のうとしても、」
アキが低い声で呟く。さっきまで作り笑いをしていた人間と同一人物だとは思えないほど低く冷淡な声色。
「どうせ止める気、無かったんだろ?」
何故かアキはとても楽しそうにそう言った。
楽しそう、というよりおかしくておかしくて仕方がないといった感じだ。
俺は、
「………そんなこと、ないよ」
怖かった。
アキは気が狂っていると思った。これ以上面倒事に関わる義務はない。
「じゃあ、俺行くわ」
極めて平坦な口調を努めた。
アキに背を向け歩き始める。
アキが後ろから何か言ったような気がした。
それでも俺はふりかえらなかった。