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僕の仕事は悪役です。  作者: 朝丘ひよこ
第二章 日常と異常のコントラスト
20/26

告白、困惑、答えの推察

 


「よう黒もやし野郎。わたしのいない時に暴れんなよな」


 あっけらかんとそういい放った剣姫は、両手の光剣をぶらりと下ろし首を傾げた。短剣を模したバレッタでお団子に纏められた金髪が一瞬煌めき、小金色の光が点滅する。服装は高校指定のカーキ色のジャージ上下で、動きやすさのみを求めた色気の欠片もない格好だ。英雄は運動部に入るのに制限があったはずだから、わざわざ戦闘のために着替えてきたのか? まさか部屋着である訳がない。


 返す言葉が見つからず、ほつれていく奪名を直すのも忘れてただ茫然としていた。それは愚者も仮面も同じようで、愚者は縮こまっていく銀の両手を俺に向けたまま剣姫に顔を向けた。


「ひ、姫野? なんでこ――」


「麻奈ちゃん久しぶりー! いきなりどうしたのー!?」


 狼狽し口を開いた愚者の言葉を遮って、仮面が剣姫に飛びつくように近寄り抱きついた。剣姫が露骨に顔をしかめる。


「ぐえ。な、七海ななみさんいたんだね……」


「いるよいますよずっといたよー! 連絡もくれないしアドレスも教えてくれないしお姉さんさみしかったんだぞー!?」


 剣姫の方が上背があるので、仮面は首に縋り付くような形になる。されるがままに剣姫は巻きつかれ、光剣を持つ両手を適当に遠ざけたまま嫌な顔で立ち尽くしていた。ところで話は変わるが、高校生とはいえ先天的ニューセンス保持者の身体の発達は並じゃない。それは二次性徴で女性がより女性らしくなるために成長する一部分も例外ではなく、二人分の一部分が押し合って潰れている姿はかなりアレな感じだ。しかもそのまま背伸びして仮面が頬擦りしているので、更にアレでコレな感じだ。つまり眼福というか目の保養というかむしろ毒というか露骨に十五禁辺りか……。


 と変な方向に思考が回っていると、気を取り直したのか愚者が二人に近づいていった。


「ナナッ! 戦闘中だぞじゃれ合うな! 離れろ!」


「リーダーそれは命令と指示のどちらですか! 指示ならば聞きません! 命令ならば無視します!」


「結局どっちでも同じだろ! ほら離れろ! 姫野もやられっぱなしじゃなくて抵抗しろよ!」


「いや、それは無理な気がすんだけど……七海さん、ちょっと離して。苦しいし重たい」


「なんと! 乙女は重さなどないんだよ麻奈ちゃん? 無限に溢れる乙女成分が体重なんて数値をかき消してしまうのさ!」


「バカなこというな! さっさと離れないと無理矢理引き離すぞ! つーか引き離す!」


 業を煮やした愚者が右手の親指と人差し指で器用に仮面の身体を抓み、無理矢理引き剥がした。剣姫がほっと息を吐く。駄々を捏ねる仮面を剣姫から遠く離れた所に放り投げると、愚者はやっと落ち着いて剣姫に話しかけた。


「それで? なんでここにいるんだよ。管轄外だろ?」


「なんでって、こいつが出たって聞いたから」


 さも当然のようにそういうと、左手に持つレイピア型の光剣で宙にいる俺を差した。愚者はビクッと口元を引き攣らせ、更に語気を強くする。


「そんなことが理由になるかッ! 大体許可は、本部の許可は取ったのか!?」


「当たり前じゃん。わざわざ市長に会いに行って言質取ったから完璧。問題ゼロ」


 脳裏にコロコロと人当たりの良さそうな市長の顔が浮かぶ。最近ストレスで髪が薄くなってきたと会見で話していたが、大丈夫だろうか。


「だ、だがここの小隊長は俺だぞ! なぜ俺に連絡が来ない!」


「龍ちゃんのおじいちゃんに許可もらったし」


 剣姫がそういうと、愚者は右手を機械化させているのも忘れて頭を抱え込んだ。そして一言、クソジジイが、と呟いた。


 愚弄する愚者の本名は片桐(かたぎり)龍一郎(りゅういちろう)という。英雄の小隊長なんてものをやっているが、実は最中中学校二年生、つまりこの中で断トツに若い13歳なのだ。なぜそんな刑事的責任能力もない子供が小隊長をやっているのかというと、彼の血族に(まつ)わる。


 剣姫がいった龍ちゃんのおじいちゃん、とは片桐かたぎり源之助げんのすけのことだ。齢六十を過ぎる白髪の男で、好好爺という言葉が良く似合う柔らかな印象の人だ。英華市で密かに有名な喫茶店を経営しているのだが、こちらの名前はあまり有名ではない。もうひとつの名前・・を聞けば、英華市民は一気に興奮するだろう。


 その名も、深遠しんえんなる隠者いんじゃ。この第14特別警戒地区の区隊長であり、松永和平フレイム・パニッシャーと幾戦もの争いを経て勝利した(ということになっている)伝説の英雄。今は半ば引退に近い状態だが、それでも勝てる気がしない、最強に近い英雄である。


 その深遠なる隠者の孫が、こいつ、愚弄する愚者なのだ。


 彼も幼少の頃からニューセンスの発症率が高く、早くから前線に出て隠者のそばで戦闘に参加した、いわば英才教育を受けた英雄だ。南ブロックの先代小隊長が引退する頃にはもう俺と一対一で張り合うことが出来たので、一躍抜擢された。


 そんな輝かしい過去を持つ英雄が今、二つ年上の英雄によって泣かされている。あ、泣いてはいないか。


「さーて、待たせたなカゲロウ野郎。今お前を切り刻んでやるからな」


 不適にニヤリと剣姫が笑うと、金髪と両手の光剣が揺らめく様に光の密度を上げた。今にも飛び掛ってきそうだ。俺は奪名を散らして無名を創り、戦闘に備えてコートに更に闇を送る。滲みが広がるようにコートが闇を濃くした。無名の闇が溢れる切っ先を地面に向け、万全の構えのように見せながらスティーに話しかける。


「撤退まであと何分だ?」


『5分38秒でーす』


 思わず舌打ちが漏れる。まだ早い。三対一で四分半も戦ってられるか。もう少し引き伸ばすしかない。


「スティー、三十秒ごとにカウント頼む。あと、カウントは撤退一分前に合わせろ」


『了解でーす』


 すぐに4分30秒と機械的なカウントが始まった、せめて一分前、駄目でも二分前まで時間を稼ぐ。無名を闇に散らしてコートに混ぜ、少しずつ高度を落とした。怪訝そうな顔の三人は姑息な手段時間稼ぎに気がつく素振りもない。経験値が足りないのだ。これが静かなる軍人なら一瞬で殴りかかってくるというのに。


「じゃじゃ馬姫、こんな時間に出歩いたら補導されるんじゃないのか? 深夜徘徊はお巡りさんに捕まるぞ」


 ピクッ、と剣姫の顔が強張った。時間稼ぎの常套手段といえばこれしかないだろう。世間話に応じてくれるような間柄でもないのだから、挑発してからかうしかない。それに、子ども扱いされるのが大嫌いな剣姫はこの切り口が一番だ。いつもは巫女が抑えるが、今日はその役もいない。


「こん……の黒ずみ野郎が! 挑発か? それで挑発のつもりなのか!?」


 案の定、剣姫は激昂した。まだ復活しない愚者に代わって仮面が抑える。甘いな。


「こらこら麻奈ちゃん熱くならない熱くならない。分かりやす過ぎる挑発だよこれ。落ち着きなさいってば」


「虹色ライダーはいい歳なんだからそろそろその格好を何とかしろ。お前もう二十歳超えただろ」


「うるさい××××が! 乙女の年齢公開するなチクショー!」


 形容しがたい発言に思わず眉をひそめる。


「おいこら根暗野郎! さっさと降りて来い! 叩っ切ってやる!」


「誰が降りるかじゃじゃ馬姫。もうちょっと頭を使え」


「あーそうかいそうかい、使ってやるよ!」


 いうが早いか、剣姫が脚に光を纏わせ一気に飛び上がり、左右の光剣をめちゃくちゃに振り回しながら突っ込んできた。速いことには速いのだが、やはりキレがない。サイドステップで小さくかわし、闇を足場にして回し蹴りを背中に叩き込んだ。光剣でガードされるのを見込んだ距離を取るためだけの一撃だ。右手の十字剣で防ぐが力技で押し飛ばす。


 体勢を崩した剣姫は空中で翻り、俺の見様見真似で光を押し固め、足場を作ろうとして――見事に突き破った。綺麗に落下する。悔しそうに叫ぶ剣姫。思わずため息が出る。


「あーくっそ! マズッた。なんで上手くいかないかなー」


 心底不思議そうに首を傾げながら剣姫は立ち上がると、光を操り足場、というか壁を作ろうとする。両手の光剣が作れるのだから出来そうなものだが、まあ今すぐには出来ないだろう。剣姫はどうやら、俺に出来て自分に出来ないのが悔しいらしい。感覚的に俺の闇と自分の光が同質のものだと気がついているのか? にしてもなんの対抗意識なのだそれは。


 背後から無音の気配を感じ、身体を回転させ上昇した。銀の槍が足元を通過し、それとほぼ同時のタイミングで剣姫が光を発しながら飛び上がってくる。が、今度は意識のし過ぎで狙いがバレバレだ。コートに纏った闇から球を創り剣姫の眼前に放り投げた。剣姫の視線が闇に集中し、注意の逸れた瞬間に闇を蹴って背後に回り右の掌底を背中に向けて振り下ろすように叩き込む。ぐへ、と潰れたカエルの鳴き声みたいな声を出して、剣姫は地面に落ちていく。今度は綺麗に着地した。


「ナナ、ブルーで行くぞ」


「了解リーダー!」


 愚者も仮面も、いつの間にか本気モードになり掛けていた。不味い。かなり不味い。スティーのカウントはまだ時間をかなり残していて、剣姫もエンジンが掛かって来ている。もう少し時間を稼ぐにはどうすればいい? なんの話をする? 焦るな俺、考えろ、考えるんだ。


 そして、つい、いってしまった。


「剣姫、お前はなんでそうまで俺に固執するんだ?」


 その言葉に、弾かれたように三人は固まった。


 それは長年の疑問だった。初めて会った時から剣姫は俺に突っかかって来た。その頃はまだ英雄ですらなかったのに、剣姫は迷わず俺を狙ってきた。それはそれで上の思惑と一致していたので問題はなかったのだが、俺にはどうしても理解出来ない事だった。


 漫然と聞いた剣姫はなぜか一瞬表情が消え、そして複雑な、怒りや悲しみや喜びや興奮やその他様々な汲み取れきれない感情をごちゃ混ぜにした複雑としか形容できない表情になり、数秒開いたり閉じたりと口をまごつかせ、それらを飲み込み、全て吐き、深く息を吸い、意を決し、そして――


「なんでだろう」


最後に不思議そうな顔でそういった。ガクリと宙で力が抜ける俺。


 自分でもかなりマヌケな返答だと気がついたらしく、剣姫はオーバーな身振りと合わせて慌てて弁明し始めた。


「いや、わたしにもほんと分かんないんだって。いつからか、気がついたらっていうか、一目見た時からっていうか、むしろ初めて剣を合わせた時ってか、そんな感じ? なんでっていわれても正直なんでだろうって返すしかないし。そもそもこれって固執してるの? 固執っていうの? じゃあなにっていわれても分かんないし。分かんないっていうか、色々ごちゃごちゃしてて分かりづらいっていうか、基本は戦いたいなんだよ。うん。それは分かる。けど他にもあってさ、倒したいとか潰したいってよりも剣を合わせたい? 本気でぶつかりたい? むしろぶつかって欲しい? ぶつけ合いたい? やりたいしやられたい? 一方的なのは嫌、っていうかヤダ。わたしだけじゃヤダなんだよ」


「こうなんていうか、熱くなって欲しい。わたしだけ熱くなるのはヤダよ。わたし普段はもっと冷めてるんだけど、お前と戦ってる時だけは熱くなれるていうか、戦えると思うと熱くなっちゃうっていうか、生きてるって実感できるんだ。お前と戦ってる時だけ、こう心臓が熱くて平常心じゃいられなくなって、甘ったるいのに苦しい気持ちになるんだ。そう、甘ったるいのに苦しいんだよ、心臓が。戦ってると、頭ん中でもっとしたいって声がすんだ。いや、戦ってない時こそはやくしたいって声が強くなる。離れてる時は近づきたいって思って、近くにいる時はもっと近づきたいって思って。なんていうか、満たされないんだ。もっと感じたい。もっと知りたい。もっと戦いたい! ……でも、お前にももっと感じて欲しい。もっと知って欲しい。もっと戦って欲しいって求める声もするんだよ。よく分かんないけど、一人はヤダ。苦しくて切ないのに、なんか楽しくて気持ちいい。熱くて、甘ったるくて、だけど苦くて、寂しい。そう、寂しいんだ。はやく戦いたい。もっと戦いたい、って心が求めるんだよ! お前の闇を、わたしの光で染めたいんだ!!」


 剣姫の長台詞の終わりと共に、戦場は静寂に包まれた。遠くの方で微かに戦闘の音がする。俺は愕然となりながら、マフラーの上から口を押さえ、震える口を開く。


「お前……、そんなに俺のことが……」


 半ば呆然としながらも声が溢れた。剣姫が荒れた息を吸いながらじっと俺を見る。


 なんとなく気がついていた。予測とはいえない予感のようなものが、ずっと俺の中にあった気がした。


 やはり、そうなのか。そうだったのか。剣姫、お前はそれほどに俺を。


「……そんなに俺が、嫌いだったのか」


 なぜか、愚者と仮面が同時にこけた。


 剣姫は一瞬悲しそうにうつむき、すぐに泣き出しそうな顔を上げた。


「……そうなのかな。わたしってそんなにお前のことがきら」


「ちっがーーーーーーう!!!!」


 仮面の雄叫びのような声にビクッと震える。なぜか仮面は顔を赤らめながら怒っていた。ってか、ちがう? 仮面が手をわきわきさせながら言葉を繋げる。


「違うでしょ二人とも! なんであんな告白さられて嫌いだなんて思えるのさ! アブソリュートは鈍感過ぎるよ! バカだよ! ていうか麻奈ちゃんももういってるよね? かなり核心突いてるよね? それでまだ気がついてないの? え? いっていいの? もうお姉さんいっちゃうよ? 我慢できないよ? ズバリいっちゃうよ?」


 仮面はやけに荒い息で、その言葉を叫んだ。


「それは、コイでしょ!!」


故意コイ?」

コイ?」


 剣姫と言葉が重なる。


 仮面が首をこれでもかと振りまた叫ぶ。


「なんか違ーーう!! 恋ったら恋だよ! 恋愛の恋だよ! むしろ愛だよ! ラブだよ! ラブゲッチュだよ!! 大好きなんだよ!!」


 レンアイのレン、と耳に伝わり、頭の中で恋と変換された。


 恋。


 愛。


 ラブゲッチュ。


…………大好き。


「…………はあ?」


 心の声が口から漏れた。一瞬誰の言葉か分からず、ついで理解する。


 仮面の言葉を。


 剣姫の発言を。


 その真意を。


「そっか……恋か」


 ぼそり、と力なく呟いた言葉が不思議なほど響き、驚いて発言の主の方を振り向いた。


 やや茫然としている彼女はその単語を何度も呟き、囁き、噛みしめ、そして俺を見上げていった。取り返しのつかない、核心を突くその言葉を。


「わたしは、ダーク・アブソリュートの事が好きなんだ」


 それは自問に対する自答のような弱さでありながら、しっかりと胸に染み込ませるかのような力強さをも持ち合わせており、深い感動も、身を切る切なさもない、ただただ優しげな儚さに溢れていた。


 剣姫は安堵のような深く細い息を吐いて、目を瞑り空を仰いだ。大袈裟な感情は一切出さないが、紛れもなく彼女は幸せを感じていた。


 戦場を静けさが支配する。身を突くような静寂に言葉が出ない。身動みじろぎすら出来ない。それほどまでに剣姫の言葉は衝撃だった。言葉に込められた意味は衝撃だった。そして、


「ダーク・アブソリュート……お前はなんて返答する?」


地の底から響くような声で、愚弄する愚者が俺に聞いた事も。


「あ、へ、返答? うわ!」


 焦り過ぎて闇が崩れかけていたのも気づかなかった。慌てて闇を補強し宙で立ち直る。愚者を見ると、全身から怒りとも取れないなにかを発しながら、銀の両手を握りしめていた。


「アブソリュート! なにかいうことはあるか! あるなら……」


 愚者はフードに覆われた顔を上げて、噛みしめ過ぎて震える歯を開いて、吼えるように叫んだ。


「俺に切り裂かれる前にいえ!!」


「お、おお!?」


 愚者が両手を広げながら飛び上がり、狼狽えながら闇を足に集めた。後ろに飛び、無名を創ろうとするが集中力が足りなすぎて形を留められない。銀の槍と錨が迫ってきて、ただ逃げることしか出来なかった。三人に背を向け闇を蹴って宙を走る。剣姫の顔は見ることが出来なかった。見れなかった。生まれて初めての感情だった。


 結局、一分三十秒前の逃亡で、混乱を引き連れて走ることになった。



―――――――



「お疲れさん色男」


「お疲れ様でーすイロオトコサン」


 膝から崩れ落ちてコンクリの駐車場に四つん這いになる。愚者につけられた全身の痣が鈍く痛んで、涙が出そうになった。


「僕はもうダメだ……」


 悲壮感たっぷりの言葉に我ながら情けなくなる。ダメージの相乗効果である。ううう。


「そう落ち込むなよ明日輝。女から告白なんて生まれて初めてだろ? モテモテじゃん」


「こんなに嬉しくない告白聞きたくなかったよ……」


 太刀風さんが豪快に笑って背中を叩いた。労いの欠片もないただただ面白がってるだけのイジメだ。ヒドイ。


 太刀風さんが投げてきた上着と自前の靴を受け取り、ボロボロのグローブと底の裂けたブーツを脱いだ。今日は一段とヒドイ。また修復行きだ。合わせれば給料三ヶ月分はするインカムとマイクは丁寧に外して太刀風さんに渡し、汚れるのも構わず駐車場に寝転んだ。深いため息が自然と吐き出る。


 今は作戦終了から二十分ほどたって、やっとコンビニに戻って来た所だ。まだ飲み会を抜けてから一時間もたってない。これから戻れば三十分は参加出来るけど、あのテンションがまだ持続してるのだろうか。もしかしたらもう終わりの空気になってたらどうしよう。場違いかも。


「はぁー……どうしよう」


「なんだよ、まだ気にしてんのか? 忘れろ忘れろ、あんなの。せいぜい始末書程度の問題だ」


「なんて始末書書けば良いのさ。惚れられてすいませんでしたって書くの? やだよそんなの。また御手洗さんにぶつぶついわれるよー」


「忘れろ。これから飲み会だろ? 変なこと口走んなよ」


 太刀風さんはニヤニヤと笑いながらインカムとマイクが入った箱をシートの下にしまい、給料何十ヵ月分のスティーを放り投げた。慌てて手を伸ばし掴み取る。ネコのアニメーションが震えながら中空の握り革を掴んでいて、泣きそうな顔をしていた。


「まあ、そんな深く考えるな。なんとかなることなんかないんだからよ、気軽に考えろ。送ってやろうか?」


 ヘルメットを両手に構えた太刀風さんの誘惑はひどく引かれるもので、少し悩んで、力なく頷いた。また豪快に笑い、ヘルメットを放り投げる。


 靴を履き、上着は少し悩んで手に持った。少し風に当たりたい気分だ。あまりに衝撃的過ぎてちょっと冷静になりたい。剣姫が、あの、じゃじゃ馬姫が僕の事を好き? 考えた事もなかった。というか、そんな発想自体しなかった。未だに信じられない。


 スティーをポケットに押し込み、すっかり忘れていた煙草を一本、抜き取った。途端に太刀風さんが嫌な顔をする。口にくわえ、火を点けた。真ん中辺りから折れていて、煙が横から漏れていた。更に落ち込む。


 立ち上がって、薄い煙を細く吐き出した。街の灯りに染められ赤や青などに照らされた夜の空は、星も見えないただ微かに黒いだけの空間で、吐いた分だけ白く霞んでいく。


 どうしてか分からないけど、無性に星空が見たくなった。故郷の目映い夜空が恋しくなって、これが恋なのかな、なんてバカみたいな事を思いまた落ち込む。囚われすぎだよ。色々と。


 ギリギリまで吸った吸い殻を踏み消して、ヘルメットを被り太刀風さんの後ろに跨がる。静かなモーター音を響かせてバイクは発進し、法定速度守りながら車道に飛び出した。


「……まあ、いっか。今日も生きてる」


 ヘルメットの中で、誰に聞かせるでもない言葉を、一人静かに呟いた。




―――――――




 最初から気がついていた。


 彼が、ただの亜悪ではないということに。


「駄目だわ……また間違えた」


 秋葉杏音は手に持った資料を床に落として、空調の音が鳴り響く狭い部屋で項垂れた。思わずといった様子で顔を覆い、深くため息を吐く。


 悪役本部にある明日輝の秘密の部屋で、秋葉は集めた資料を広げていた。予定では今日の作戦を見学に行くはずだったが、訓練とは名ばかりの講習が終わってからずっとここで過去の作戦資料や表には出ない文献、その他悪役に関わる過去の情報を集められるだけ集めて、秋葉は時間も忘れて読んでいた。途中騒がしくなったが、秋葉は気づきもしなかった。


 秋葉は間違いなく才女だ。確かに若干天然は入っているとはいわれていたが、日本一の大学で首席を張った歴代有数の女性だ。莫大なノイズの混じった情報から真実を掬い取る事も、逆にたった一つの真実から多くの仮説を打ち立てる事も、彼女には容易い事だ。例えそれが今までの常識を崩壊させるメガトンクラスのものでも、秋葉は自身の感情に蓋をして思考することが出来た。


 しかし、これはあまりにも衝撃だった。


「どうして……? 調べれば調べるほどおかしい……矛盾してる。まるで彼が……」


 と、そこまで秋葉はいって、あまりの奇想天外な発想に顔を振って打ち消した。手を伸ばして持ってきたマグカップを掴み、すっかり温くなったコーヒーを啜る。そして狭い部屋を見渡した。案外いいところね、と秋葉は呟き、年下でバイトの上司の顔を思い出した。二歳も年下なのに、キャリアは四年も積んでいる。


「でも、その四年がおかしいのよ」


 打ち消したはずの仮説がまた飛来して、秋葉は思わず笑った。馬鹿な話だ、彼自身も否定していたというのに。


 秋葉は床に散らばった資料の中から、七緒明日輝の経歴を持ち上げた。赤錆色としか見えない髪の青年の写真が張ってある。四年前、というと七緒明日輝は十六歳だ。他に類を見ない若さ。それに経歴から十二歳以前の情報が消されている。出身地も不明だ。それなのに比衣呂高校入学と同時にニューセンスが発症し、悪役として働き始めている。あまりに出来すぎの経歴。


 なにかを隠しているかのようだ、と秋葉は思う。だがなにを隠しているのか、という仮説があまりに馬鹿らしいのだ。


 悪役の幹部。ダーク・アブソリュート。その彼が。


「先天的ニューセンス保持者……英雄になる存在だった……なんて」


 あり得ないわよね、と秋葉は囁いた。


 

第二章『日常と非日常のコントラスト』、終了です。

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