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僕の仕事は悪役です。  作者: 朝丘ひよこ
第二章 日常と異常のコントラスト
13/26

個性の強きゼミ仲間たち(前編)

 大学の中なので戦闘ありません。申し訳ない。


 労働法が終わって昼休みになったと思ったら、瞬く間にその時間も過ぎてしまっていた。パンを食べながら軽く復習でもしておこうと思っていたのに、気がついたら研究室の前に立っていたのである。時間は十二時四十分。早い。早すぎるぞ。


「んじゃ、入りますか」


 横に立つ秋良が軽く伸びをしていう。散々スティーに興奮してなんだか気が済んだらしい。というか、さっき聞いたんだけど秋良も松永先生のゼミみたいだ。安心やら不安やらでなんだかドキドキしてくる。こんな天才ばっかり集まってたらどうしよう。インテリジェンスギャップだよ。僕だけ凡人だよ。


 もやもやと気を揉む僕とは対称的に、秋良はすごく気楽そうに研究室のドアをノックした。気を引き締める。中から松永先生の声がして、失礼しまーす、と秋良がドアを開けて入った。続いて僕も入る。


 中には七人の男女がいた。視線を走らせ一瞬で確認する。一人はもちろん松永先生だ。四つ並べた長テーブルの奥に座っていて、今日もハリスツイードを着て穏やかな微笑みを浮かべている。僕を見て、目に笑いシワが寄った。少しホッとする。


 後の六人はもちろん新しいゼミ生だ。左右で男女に別れて座っているようで、向かって右側は女子が四人、左側は男子二人、一見するとまだぎこちないが和やかな雰囲気である。僕らが入ると、さっと顔が向いた。


 一番奥に座っている男子は、冷めてツンツンした表情をしている。そしてやけに小さい。七人の中で断トツに小さい。本当に大学生なのか。全体的に幼げだけど無理矢理恐い顔を作ってるような、ちょっとちぐはぐな感じがして、なんというか眠っている父性が突然目覚めそうな気がしてくる。服もなんだかしっかりとし過ぎていて、逆に子供っぽい装いになっていた。薄い紫のチェックが入った半袖シャツを濃い青の長ティーシャツの上に重ね着していて、賢しげに手を組んでいた。男子というより男の子って感じだ。


 その子の手前には、綺麗な長めの茶髪をスプレーで纏めた、緩い表情の優男が座っている。なんか、雰囲気からチャラい。僅かに覗く石のついたピアスとか、すらりと鋭角な顎とか、どことはいえないけど全体的にチャラい。佇まいも少しだけ崩れていて、適度に弛んだ装いだ。身体の線が出るピンクのシャツにカジュアルなジャケットを羽織っていて、胸元には細いチェーンのネックレスが見える。取っつき易そうな優しい感じもするし、人当たりもよさそう。同性からも好かれる軟派な人っぽい。


 右側、女子の列の一番奥には、フリルたっぷりのかなりグラマラスな(死語?)人が座っている。目線に困るほど張り出た胸だ。布の量も少なすぎるし、可愛いけど見たこともないような奇妙な、一言でいえばアニメのキャラっぽい服を着ている。童顔でやけにキラキラした朱色の瞳で……って朱色? カラコン入れてるの? なんでゼミにカラコン? ポニーテールにした黒髪にもショッキングピンクやエメラルドグリーンなんかのエクステが混じってるし、結ってるのも黄色のリボンだ。なんか色々混ざってる。詳しく知らないけどアニメが好きなのは分かる。そして視線が恐い。対面に座ってる男の子が険しい顔してるのもなんとなく分かる気がするよ。


 アニメチックな女子の手前には、背筋がぴんと張った姿勢の綺麗な生徒会長が座ってる。……生徒会長? あ、いやそれは目の錯覚だ。どことなく真面目な雰囲気からそう感じただけだ。自然な微笑を浮かべていて、両手も膝の上に重ねている。ふんわりとした縦ロールの髪はどちらかといえばお嬢様系で、淡いイエローの和柄が入ったロングスカートとかも飾りすぎてなくて穏やかな温かみがある。けど、なんかちょっと取っつき難い。言い換えれば高嶺の花って感じ。人を引き寄せる魅力を持ちながら、他人を寄せつけない孤高の空気を漂わせている。人に命令するのとか上手そう。強気な大和撫子っぽい。


 ご令嬢の生徒会長の手前には、刺々しい空気の女子がイスの背もたれに寄りかかって座ってる。苛ついた無表情がちょっと恐い。アッシュカラーっていうのかな、首下まである濃い灰色の髪をワックスで無造作に固めていて、なにが気に入らないのか、眉間には深いシワが寄っている。粗暴な野良猫みたいで、始めて会った時の秋葉さんを十倍ぐらい行儀悪くしたらこんな感じになると思う。ダメージ加工の入った黒のシャツで、ボタンの代わりに安全ピンで留めてあった。緩く結んだネクタイもドクロがプリントしてあるし、手首には革のベルトが巻いてある。不良だ……。お嬢様の隣だからなおさら強調される。彼女の周りだけ空気が冷たく、カツアゲされたらすぐに財布出しそう。


 不良少女の横、一番手前の席には大人しそうな女の子が座ってる。物静かで、少し強張った笑みを浮かべていた。なんだか肩肘張って緊張しているみたいだ。このメンバーの中では珍しい少し野暮ったいボブで、前髪を黄色のピンで留めている。クリッというかパッチリとした目で、小動物みたいな子だ。白いニットのカーディガンに、なぜだか既視感を覚えた。どっかで見たことあるかな? 化粧っ気のない幼げな顔は一度見たら忘れなさそうなんだけど。女の子は僕を見て、あ、という形に口を開いてやや緊張をほぐしたみたいだ。やばい。どこだっけかな。んーと……あ。思い出した。英雄法の講義の時、隣に座ってた女の子だ。ちょっと恥ずかしい。


 全体を確認し終えるまでこの間一秒と半分。悪役で鍛えた認識力と判断力が冴え渡った。座っていた六人も僕と秋良を探るように見ていて、それぞれ評価をしているに違いない。これも通過儀礼みたいなものである。秋良はそんなことも気にせずさっさと空いている席に積めて座ってしまい、残った一番端の席に僕も慌てて座る。向かいの英雄法の女の子はちょっと恥ずかしそうに頭を下げ、僕も釣られて会釈した。


「今年のゼミ生が全員集まったみたいですね。まだゼミの時間ではないですが……先にこのゼミについて説明しておきましょうか」


 相変わらず渋くて甘い声の松永先生が、手の内を明かすような素振りで両手のひらを見せ、ゆっくりと頷き話し始めた。


「必要ないかも知れませんが、良い機会なので改めてしておきます。私の名前は松永和平。専門は英雄法です。なので、という訳ではありませんが、このゼミでも主に英雄法についてやっていきたいと思います。英雄法の条文は少ないですが難解な表現や複雑な適用方法などがありますので、講義では触れられない部分や、深く進んだ内容などを扱いたい、と思っています。といっても、大変なレポート課題などは出しませんので安心して下さい。せいぜい、読書課題ぐらいですからね」


 いつもと変わらぬ口調だが、染み入るような、つい聞き入ってしまう松中先生の言葉を僕たち八人は静かに聞いていた。柔らかな微笑みを浮かべてで僕らを見回すと、ゆっくりと頷いてまた口を開いた。


「それでは、まず各々おのおのの自己紹介をしてもらいましょうか。面識のある人ばかりではないようですし、これから一年間一緒に学んでいく仲間達ですからね。軽くで良いので、そうですね、このゼミを選んだ理由なんて添えてもらえば」


 ピシッ、と顔にヒビが入った気がした。思わず頬を押さえる。ヒビは入ってなかったけど強ばってた。口の中が乾いていくのが分かる。松永先生を見ると、にっこりと笑って僕を見ていた。


 やられた……。


 この質問は的確に僕を狙い撃ちしたイジメだ。他の七人は数あるゼミからここを選んで、面接とちゃんと受けて、少なくない倍率を競って入った人達ばかりだけど、僕は違う。僕だけは違う。何故って、僕だけはめられてここに来たのだ。選んだ理由なんてあるわけない。微塵もない。強いていえば「松永先生に買収された事務局の人に脅迫されたからです」となる。うん。それもいいかな。事実だし。


 っていえるか!! そんなのいえるか!! もしいったらドン引きの上嘘つき呼ばわりだよ絶対!! 自己紹介も去年なかったからまったく考えてないし、なんなのこれ予想外なんだけど。しかもなにこの想定内だぜみたいな空気。え? 自己紹介って普通するの? 初耳だよ? どうすれば良いの?


 一番最後、とは言わなくても男子の列の最後ぐらいにはしてほしい、と松永先生に熱烈な視線で合図すると、松永先生もそこは察したのか、微笑んだまま頷く。よかった。さすがにそこまで酷い仕打ちは――


「それでは明日輝君からお願いします」


 鬼だ!! ここに鬼がいる!! ここに面接来なかったのそんなに根に持ってるんですか!? 酷すぎませんか先生!!


 口を開けたり、また閉じたりを何度かしていると、なにを思ったのか、秋良がこちらを見てニヤリとした。え。嘘。お前もか。


「ほら明日公。自己紹介なんだからさっさと立ちゃあ」


 裏切り!?


 動けないでいると、秋良が半ば強引にイスから立たせて、更には拍手なんか始めだした。おかしいよねそれ。なんで先に拍手? チャラい人とアニメチックな人も乗らなくて良いから。拍手いらないから!


 三人の熱烈な拍手を受けて、僕は殆ど呆然と立ち尽くしていた。どうしよう、こういうの結構苦手なんだけど。浅く頭を下げると拍手すらもなくなり、研究室にかなり嫌な静寂が立ち込めた。本当にまずい。悪役の時でも一番目立つ立ち回りとか避けてきたから経験ないよ。どうすれば――いや、悪役だ。こんな時こそ悪役で培ったスキルを発揮するんだ。そうさ。こんなの英雄五人に囲まれるよりずっとマシさ。考えるんだ僕。考えてなにか当たり障りのない自己紹介を作りあげるんだ!


「えー、っと。初めまして。僕は七緒明日輝っていいます。漢数字の七に鼻緒の緒、明日に輝けで七緒明日輝です」


 明日に輝け、の部分で向かいに座ってる女の子がクスッと笑ってくれた。おお。斯道さんにウケる名前の言い方聞いといてよかった。初めて斯道さんを尊敬したかも。


「サークルは特に所属してませんけど、アルバイトはずっとやってます。内容はちょっと守秘義務があるんでいえません。でもヤバイバイトじゃないですよ。まあ、大学が許可を出してくれるぐらいのレベルです」


 何人かはあまり関心がなさそうに聞いてたけど、他の人はちゃんと聞いていてくれて、なんとか緊張が解れてきた。悪役で鍛えた根性と度胸がいまさらやる気を出してきたみたい。遅いよ薄情もの。よし、この調子で。


「それで明日輝君。このゼミへ入ろうと思った理由は?」


――この調子で行けたらよかったのに。なんでそういう水を差すようなことを松永先生はいってしまうのだろうか。せっかく頭が冴えて来たのに。口が開いたまま一瞬止まってしまって、だけど、このまま止まってしまったらせっかくの流れが途切れる。なにかいわなきゃ。


「松永先生のゼミに入った理由は、です、ね。」


 なにか捻り出すんだ。ここでなにもいえなかったら一年間気まずい思いをしてしまう。嘘じゃなくてもいい。本当のことを織り混ぜながら随所随所に嘘を放り込めばいいんだ。なにか、なにか言わなくちゃ。


 そうして思い出したのは、この前会ったばかりの秋葉さんの生真面目な顔と、なぜか輝きの剣姫の楽しそうな顔だった。


「……亜悪と英雄について興味があったからです」


 その一言が口から出たら、不思議と流れるように言葉が溢れてきた。


「亜悪を取り締まる法律は英雄法しかない、ということが元々の始まりで、公法と私法の鎖から外れる亜悪は法的にどのような存在として扱われるのか、と興味が沸いたんです。そしたら、英雄についても知りたくなって、英雄は公法と私法に縛られているのになぜ英雄法で更に特別視されているのかが気になって来たんです。去年は最中先生のゼミで英雄と市民との関係やそれに連なる哲学を学んだので、今年は法的な部分を知りたいと思いこのゼミに来ました」


 初めて会った時の秋葉さんの悔しそうな顔と、輝きの剣姫の時折見せる苦痛の表情が脳裏に浮かんでいて、気がついたら締めの言葉をいっていて慌てて頭を下げた。松永先生と秋良以外の六人はいきなり饒舌になった僕に驚いていたけど、席に座って少ししたら、先程より温かみのある拍手を皆でしてくれた。少し恥ずかしくなりうつむく。


「立派な理由でしたね。明日輝君。ありがとう。それでは質問がある人はいますか?」


 遅れて来た安堵感にやっと身体から力が抜けていった。ふう。助かった。一安心だ。松永先生の言葉におずおずと手を上げた目の前の女の子が僕を見ながら口を開いても、もう緊張はしなかった。どんとこいだ。


「七緒くんの髪は何色ですか?」


「ぶっ!!」


 前言撤回。なんていう質問するんだこの子は。天然? 天然なの? 吹き出して口を押さえる横で秋良が腹を抱えて笑ってる。女の子は隣に座ってる不良少女に頭を小突かれ、やっと変な質問をしたことに気がついたみたいだ。


「ご、ごめんなさい! 馬鹿な質問ですよね。でも、一年の時からずっと気になってて、いつ見てもその、赤錆? みたいな髪の色だし、もしかしたら地毛なのかなーって思って、それにしてはかなり独特っていうか、変わってるっていうか、見たことない髪の色だから、こまめに染めてるのかもしれないなーって思って……って、七緒くんどうしたの?」


 見た目通りちょっと幼くて細い声を聞きながら、僕は頭(というか髪)を押さえて項垂れていた。この子意外に毒舌だ。自覚がないだけにかなり刺さってくるし。ボディーにものすごい連打を食らったような脱力感がしてきた。爆笑してた秋良が笑い過ぎて引きったような音をさせながら、かわりに話し出した。


「あ、明日公が、答えらんね、っから、俺が答えるとよ」


 未だに笑いが収まってないみたいだ。後で秋良をぶちのめす。


「明日公の髪は想像通り地毛なんだけどよ、明日公そのことかなり気にしてんのよ。特に赤錆っていわれっとかなり傷つくから気ぃつけてくりゃあ」


 ちょっと遅かったけどよ、と秋良がつけ足すと、女の子は茹で上がったように顔を赤くさせて僕を見た。乾いた笑いを返すと、慌てたように口を押さえる。


「ごめんなさい!! わたし知らなくて、その、本当にごめんなさい!!」


「いや、いいですよ別に。気にしてないですから」


 まだダメージの残る心で頭を上げるよう促す。そうさ。気になんてしてないよ。別にナンテコトナイサ。


 研究室はまた気まずいような張り詰めた空気になっていく。でも、今度のはなんだかさっきとは違う空気だ。その証拠に、皆ちらちらと僕の髪を見たり、目の前に座る未だ顔の赤い女の子を見たりしていて、様子を伺ってるというよりかは興味が出て近づいてきてるという感じだ。向かいの左から二番目に座るご令嬢みたいな人が、ふと思いついたような自然さで口を開いた。


「……まあ、いわれてみれば確かに赤錆色よね」


「…………と、止め?」


 その一言に、研究室にいた全ての人が笑った(もちろん僕は作り笑いだけど)。少し納得は出来ないけど、理由はどうあれ僕らは打ち解け始めている。その切っ掛けが僕の髪というのは、やっぱり、ちょっと、なんていうか、まあ、なんとかしてほしいけど。


 和やかになり始めた空気の中で、秋良が手を上げた。


「んじゃあ次は俺の番かな」


 ポンチョをはためかせ立ち上がった秋良は、芝居がかった動作でゆっくりと御辞儀すると、両腕を広げて伸び上がった。お礼とばかりに拍手する。


「皆様御初に御目にかかります。俺の名前は五味秋良。五つの味のある秋は良い、と書いて五味秋良。名字で呼ばれんのは好かんから気軽に秋良と呼んでくりゃあ。グータラな天才サボリ魔と事務局で聞けば罵詈雑言とともに誰だか教えてくれると思う。趣味は戦略ゲームとポンチョ収集。目立った活動はしてねえけどサークルには入ってる。かの有名な浪人学生が作った底辺に住む者どもの集まり、ドロップアウトチーム『Deep』っつうサークルだ。まあ、それで分かるとおり俺はそんな真面目な学生じゃあねえ。講義は必要最低回数しか出席しないし勉強も真剣には取り組んじゃいない。ニート一直線みたいな男だが、唯一亜悪には興味があってね。そこん所は明日公と一緒だな。純粋な興味、とはいいがたいが結構この分野は気に入ってんだ。だからここのゼミを選んだ。まあ、それぐらいだな。一年間、どうぞよろしくしてくりゃあ」


 人をからかうような軽い独特の口調とイントネーションで話しきると、また、とってつけたような御辞儀をしてイスに座った。堂々としているっていうか、もはや人目など気にもならないといったあっけらかんとした佇まいだ。少しずれたポンチョを直して、秋良は松永先生を見る。


「ありがとう秋良君。天才の君が興味を維持できるようがんばりたいと思いますよ。それでは質問は?」


「はいはい! 質問!」


 松永先生の皮肉も早々に、左端に座るアニメチックな人が手を上げた。胸が盛大に揺れ、思わず視線が泳ぐ。あれはちょっと直視できない。最早凶器だよあれは。かまわず口を開く彼女。


「秋良っちは明日輝っちとやけに仲良いけど友達なの?」


 一瞬、秋良と僕は向かい合って互いの顔を凝視しあった。浮かびあうのは、苦笑と嘲笑の中間のようなとても曖昧な表情だ。秋良は彼女に向き直り、複雑な顔で口を開く。


「まあ、高校からの唯一の友達っていうか、知り合いっていうか、仲間っていうか……」


 秋良は途中で言葉を濁して、僕を松永先生をチラッと見た。そうだな。友情とかそういうもので繋がってるわけじゃないから、一言で説明するのが非常に難しくて面倒なのだ。特に僕らの関係を話せない人に向けては。困ってしまったので、とりあえずそれっぽい言葉で適当に流す。


「腐れ縁、って感じかな」


 そういうとなにに満足したのか、彼女は「腐れ縁……」と呟いたまま顔をポーっとふやけさせてなにか自分の世界に入り込んでしまった。声がかけ辛い。質問はもういいのか。


「それじゃ、俺から一つだけ良いかな?」


 秋良の隣に座るチャラくて人当たりのよさそうな人が爽やかスマイルで秋良を見た。よく見なくても美形で軽い佇まいだ。


「前にENSでIQ180あるっていう記事を見たことがあるんだけど、それって本当かな?」


「なんちゃあ、まだそんなデマが流れてたのか」


 秋良は何でもなさそうに眉を下げ、あごの下を掻きながら口を開く。その先を僕は知ってるので、周りの反応も容易に想像できた。


「正しくは196だ。四捨五入すれば200」


 一瞬にして空気が固まった。チャラい人に隠れて見えなかった小さい童顔の子が、目を丸く見開き口を真一文字に結んで秋良に見入った。その表情は中学生独特のあどけなさというか、ぶっちゃけ妙な子供臭さに溢れていて、瞳には強力な敵愾心がギラギラと燃えていた。


 誰にも聞こえぬよう小さくため息をついて、壁にかけてあった時計を見た、時間は一時十五分。もうそんな時間なのかと驚くべきか、まだそんな時間なのかと呆れるべきか、僕には判断がつかなかった。

 

 

 

 あまりに長くなったので、次回に続く。

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