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稼業や生業というではないけれど

掲載日:2026/03/31

 此処いら辺り(ここいらあたり)のひとは皆んな親切だ。

 親切の各々(しんせつのおのおの)を肩書きにしてるくらいだから、生業(なりわい)と呼んでもいいのだけれど、稼業(かぎょう)よりもやって呉れてる人の方が前に立ってるから、わたしもその度に「いつもいつもありがとうございます」とか「こんなにまでしてもらってすみませんねぇ」のお礼を前にぶら下げるより仕方がない。

 それも一度や二度のことじゃなく、毎度毎度(まいどまいど)三度三度(さんどさんど)のことだから、月や時候(つきやじこう)の始末じゃないが納まったり仕上がったりの按配を見とどけた今朝こそはと、そのひとが親切を片付けるのを確かめ、それではと(のり)のきいた袖口からでも覗けるくらいわざとらしく卓袱台(ちゃぶだい)に置いたがま口(がまぐち)を手元に引き寄せ、いかほどでしょうかと下口(しもくち)らしく、そっと囁く。


 すると・・・・、

 あんなにも親切だったどの人も、わたしがする遠慮深さや気恥ずかしなんぞはお構いなくぞんざいににして、「いつもどおりの来月の21日に、まとめてで」と、決まりきった符丁(ふちょう)を丸めたようにすっと置いて、すたすた帰っていく。

 

 此んなところだから、親切が売りの人たち同様に古典落語に出てくるような世話好きのご隠居はやっぱり横丁に住んでるもんで、親切とは別に新参者のわたしに世話を焼いてくれる。

 そんなんで気を病むなんて、まぁー・・・・

 きっと・・・・には、「若いねぇ」とか「初々しい(ういういしい)ねぇ」とかのしみじみが続くのだ。でも、あんな風に年相応の(としそうおうの)年寄り臭い(としよりくさい)格好(なり)はしているけど、根は生粋の江戸っ子だから、せっかちだから、万事万端(ばんじばんたん)の胸を叩き、あとはご隠居の言われるままの着せ替え人形(きせかえにんぎょう)のように右往左往(うおうさおう)させられ、今月の21日を迎えることになる。


 肩に慣れない羽織を掛けたわたしは其々(それぞれ)にあつらえたお礼の品を桐箱の(きりばこ)の風呂敷包みに拵えて(こさえて)、先月の親切のお礼に各々(おのおの)一軒一軒を回っていく。

袴姿(はかますがた)まではいらないが、まぁーお前様は新参者だから。羽織くらい掛けていかないとな」と、世話好きのご隠居は自身の新しい羽織を貸してくれる。あとは、親切を受けながら、ろくすっぽ其の人たちの名前さえおぼつかいわたしを責め立てることもなく、大工の竹(でぇくのたけ)のカミさんは○○屋と店は決めてるし、賄いのおよね婆ぁ(およねばばぁ)なら決まった店はないから現金(ナマ)でいい、でもあんな団子っ鼻(だんごっぱな)なくせして若い時分(わけぇじぶん)にお屋敷奉公したってのが自慢で鼻っ柱(ぷらいど)は高ぇんだ、包む紙は△△じゃなきゃ機嫌そこねて受け取らないよ。


 肩に羽織の風呂敷包みを抱えたわたしは、おろしたて柾目の桐下駄まで履かせてもらい、慣れないカランコロンを引きずりながら、一軒一軒を訪れる。

 何一つ板についてないわたしに、どの家も、月行(つきぎょう)に来た役僧(やくそう)を迎えるように、小さな土間を掃き清め、焚いたのがつい今しがたではない香のたよやかさが満ちている。わたしは初めての務めでも先月も同じようにしていたように、ご隠居に言い含められた長口上(ながこうじょう)を、弁慶の勧進帳よろしく真っ白なままで読み上げる。


 先月如月(せんげつきさらぎ)に、ぬるい水ばかりに親しんで参りました右も左も分からぬ田舎者(いなかぁもん)に、御不浄(ごふじょう)手水(ちょうず)から始まり井戸脇での汚れ物(よごれもの)荷下ろしする大八車まで、ご親切ご忠告の数々恐縮至極に存じます。先だっては到来ものの甘鯛の片身までいただき、さっそくに片身を七輪で炙り、飯の菜ばかりにするにはもったいなく、なけなしはたいて、喉からお迎えがくるような良い酒(いいさけ)で、極楽浄土を拝ませてもらいました・・・・

 昨晩も夜風がひゅるひゅると唸っておりましたなぁ。先だっての凍って(こごって)戸口も開かない夜半に、(あわせ)のない単衣重ね(ひとえがさね)で瘦せ我慢してる身を、「江戸っ子みたいに粋がってないで。そんな瘦せ我慢してるとほんとうに風邪ひいちまうよ、出てった亭主のお古で悪いけどこっちも(くる)まっておくれ」と、綿のはいった袷まで授けてくださり、ほんに肌温かな一夜でございました・・・・・

 ・・・・兄ぃ、いつも大八車の向こうを張ってくれてありがとよ。この間のかまいたちみテぃなつむじ風で材木の下敷きになってから、片足いざるようになってから、どうもこうも格好がつかねぇ。後ろに回ったって積んだ積荷と一緒で積まれるばっかしで、てんで強力の役になっちゃいねえ。刺青(もんもん)だって締め込みだって、兄ぃみていにいなせな格好(まね)はできねぇんだ。もう二人連れ立って、(いろまち)を冷やかすなんてまねはできねんだ。それでな、兄い、こんな無様な(ぶざま)のオレなんか放ったらかしにしといてくれ、新しい相棒みつけてくれよ、オレっ根っからのソレもんじゃねえし、ノンケだしさぁ・・・・・


 余所者が世間様にかかわりたけれれば、義理と情けが間に割り込む。ぬるい田舎でもそうなのだから、まして天下様(おかみ)と同じ手水(ちょうず)都人(みやこびと)ならなおのこと。余所者でない実をみせなければ一日だって過ごせやしない。

 現金(なま)だろうが電子(かそう)だろうが、他人様(ひとさま)の親切骨折りに見合うかたちが拵え(こさえ)られてたのは、真っ暗な巣穴に何千と犇めく(ひしめく)蟻たちが互いをぶつからず素通り出来る匂い袋(においぶくろ)同んなじ(おんなじ)で、生き物の理屈に見合ったことだったのだ。いまはもう実の世間からは遠ざかり絵物語の中にしか登場しなくなるまでに成り下がったマネーが、無性に恋しい。

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