稼業や生業というではないけれど
此処いら辺りのひとは皆んな親切だ。
親切の各々を肩書きにしてるくらいだから、生業と呼んでもいいのだけれど、稼業よりもやって呉れてる人の方が前に立ってるから、わたしもその度に「いつもいつもありがとうございます」とか「こんなにまでしてもらってすみませんねぇ」のお礼を前にぶら下げるより仕方がない。
それも一度や二度のことじゃなく、毎度毎度や三度三度のことだから、月や時候の始末じゃないが納まったり仕上がったりの按配を見とどけた今朝こそはと、そのひとが親切を片付けるのを確かめ、それではと糊のきいた袖口からでも覗けるくらいわざとらしく卓袱台に置いたがま口を手元に引き寄せ、いかほどでしょうかと下口らしく、そっと囁く。
すると・・・・、
あんなにも親切だったどの人も、わたしがする遠慮深さや気恥ずかしなんぞはお構いなくぞんざいににして、「いつもどおりの来月の21日に、まとめてで」と、決まりきった符丁を丸めたようにすっと置いて、すたすた帰っていく。
此んなところだから、親切が売りの人たち同様に古典落語に出てくるような世話好きのご隠居はやっぱり横丁に住んでるもんで、親切とは別に新参者のわたしに世話を焼いてくれる。
そんなんで気を病むなんて、まぁー・・・・
きっと・・・・には、「若いねぇ」とか「初々しいねぇ」とかのしみじみが続くのだ。でも、あんな風に年相応の年寄り臭い格好はしているけど、根は生粋の江戸っ子だから、せっかちだから、万事万端の胸を叩き、あとはご隠居の言われるままの着せ替え人形のように右往左往させられ、今月の21日を迎えることになる。
肩に慣れない羽織を掛けたわたしは其々にあつらえたお礼の品を桐箱のの風呂敷包みに拵えて、先月の親切のお礼に各々一軒一軒を回っていく。
「袴姿まではいらないが、まぁーお前様は新参者だから。羽織くらい掛けていかないとな」と、世話好きのご隠居は自身の新しい羽織を貸してくれる。あとは、親切を受けながら、ろくすっぽ其の人たちの名前さえおぼつかいわたしを責め立てることもなく、大工の竹のカミさんは○○屋と店は決めてるし、賄いのおよね婆ぁなら決まった店はないから現金でいい、でもあんな団子っ鼻なくせして若い時分にお屋敷奉公したってのが自慢で鼻っ柱は高ぇんだ、包む紙は△△じゃなきゃ機嫌そこねて受け取らないよ。
肩に羽織の風呂敷包みを抱えたわたしは、おろしたて柾目の桐下駄まで履かせてもらい、慣れないカランコロンを引きずりながら、一軒一軒を訪れる。
何一つ板についてないわたしに、どの家も、月行に来た役僧を迎えるように、小さな土間を掃き清め、焚いたのがつい今しがたではない香のたよやかさが満ちている。わたしは初めての務めでも先月も同じようにしていたように、ご隠居に言い含められた長口上を、弁慶の勧進帳よろしく真っ白なままで読み上げる。
先月如月に、ぬるい水ばかりに親しんで参りました右も左も分からぬ田舎者に、御不浄の手水から始まり井戸脇での汚れ物荷下ろしする大八車まで、ご親切ご忠告の数々恐縮至極に存じます。先だっては到来ものの甘鯛の片身までいただき、さっそくに片身を七輪で炙り、飯の菜ばかりにするにはもったいなく、なけなしはたいて、喉からお迎えがくるような良い酒で、極楽浄土を拝ませてもらいました・・・・
昨晩も夜風がひゅるひゅると唸っておりましたなぁ。先だっての凍って戸口も開かない夜半に、袷のない単衣重ねで瘦せ我慢してる身を、「江戸っ子みたいに粋がってないで。そんな瘦せ我慢してるとほんとうに風邪ひいちまうよ、出てった亭主のお古で悪いけどこっちも包まっておくれ」と、綿のはいった袷まで授けてくださり、ほんに肌温かな一夜でございました・・・・・
・・・・兄ぃ、いつも大八車の向こうを張ってくれてありがとよ。この間のかまいたちみテぃなつむじ風で材木の下敷きになってから、片足いざるようになってから、どうもこうも格好がつかねぇ。後ろに回ったって積んだ積荷と一緒で積まれるばっかしで、てんで強力の役になっちゃいねえ。刺青だって締め込みだって、兄ぃみていにいなせな格好はできねぇんだ。もう二人連れ立って、廓を冷やかすなんてまねはできねんだ。それでな、兄い、こんな無様なのオレなんか放ったらかしにしといてくれ、新しい相棒みつけてくれよ、オレっ根っからのソレもんじゃねえし、ノンケだしさぁ・・・・・
余所者が世間様にかかわりたけれれば、義理と情けが間に割り込む。ぬるい田舎でもそうなのだから、まして天下様と同じ手水の都人ならなおのこと。余所者でない実をみせなければ一日だって過ごせやしない。
現金だろうが電子だろうが、他人様の親切骨折りに見合うかたちが拵えられてたのは、真っ暗な巣穴に何千と犇めく蟻たちが互いをぶつからず素通り出来る匂い袋と同んなじで、生き物の理屈に見合ったことだったのだ。いまはもう実の世間からは遠ざかり絵物語の中にしか登場しなくなるまでに成り下がったマネーが、無性に恋しい。




