第二話 嫌いなあいつにうんこ踏ませたい
俺の名前は土井那珂。東京都檜原村にある、土井那珂神社の神だ。月に最低でも一度、神通力を使って人間の幸福指数を上げるのが、俺の仕事だ。
その日はよく晴れた寒い日で、たぬきの親子がうろうろしているほか、神社の境内には人っ子ひとりいなかった。紅梅と白梅が咲く、ナイスな神社だってえのに、見物客の一人もいねえってのはどういうことだ。SNSに写真、アップしてくれよ。「令和のガチでエモいJINJA☆☆☆」とかカッコよく宣伝してくれよ。バズッてくれよ。
俺はヒマして境内をほっつき歩いた。たまには人間以外に神通力を使いたい。たとえば、こんなふうに。
俺は梅の木の根っこの上に片方ずつ、足を乗せた。右足が紅梅、左足が白梅だ。足裏を意識しながら、両手で宙を掻く。すい、すい、すい。平泳ぎの要領だ。そうすると梅の根っこも先っぽを出す。地面を歩くように伸びていく。そこらの雑草もみんなどいて、根っこに道をあける。根っこがいっそう逞しく、土から栄養を吸い上げる。
紅梅の枝のつぼみがふくらんで、ポン、ポン、ポンッて花開いた。白梅も続いた。三分咲きが五分咲き、七分咲き、満開になる。ついでに水仙も咲かせよか。そっちの菜の花も。すい、すい、すいの、ポン、ポン、ポンだ。はっはっはっ。愉快愉快。花咲かじじいより、俺はよほど小粋だ。ポケットから安酒「いいちょこ」を出して、ラッパ飲みしながら宙を掻く。
「何、やってんですか」
俺はぎょっとして振り返る。小僧が不審な目をして立ってる。
「ん? お前知らんのか。最近流行りの根っこダンスだ」
小僧は学ランを着てる。中学生らしい。
「根っこダンスー? 何それ」
小僧はくすくす笑う。なんとなく陰気な雰囲気だったのに、なんだよ。笑うと健全な子どもらしく、可愛いじゃねえか。
「神主さんなんですか」
「違う。俺は…ダンススクールの講師だ」
「へえー。変な講師」
「お前は」
「俺、お参りに来ました。この神社、好きだから」
小僧は真っ白な歯をみせて、手水場で行儀よく手を洗う。それから財布から千円札を二枚取り出して、拝殿前に歩いていって、賽銭箱にそれを入れた。鈴を鳴らして、手をあわせた。
最近のガキは金持ちなんだな。あれが、神格の高い神だと、何を願ったか分かるんだけどな。俺には分からん。
小僧が拝殿から戻ってきて、鳥居の前の階段に座り込んだ。俺も隣に座った。
「お前、名前は?」
「亜保壮大です」
「何をお願いした」
「嫌いな奴が、うんこ踏みますようにって」
「んあ?」
俺は顎が外れかけた。
「すげえヤな奴なんです。グループLIMEに招待されたから入ったのに、俺が喋るとみんな黙る。めっちゃムカつく」
壮大は空をパンチする。
「ンなもん、殺っちまいなあ」
俺はビクッとした。話に割り込んできたのは狛狐の孤太郎だ。
「どうしました?」
さいわい、壮大に孤太郎の声は聞こえない。
「いや。別に。それよりなんだ。イジメじゃねえのか?」
「俺。別にいじめられてるわけじゃないです」
「いーや、いじめられてる」
「違う」
「じゃあ、なんで二千円も投げて、神に祈る」
俺が正論をつくと、壮大は黙り込んだ。あーあ、目に涙なんか溜めちまって。しょうがねえなあ。
「いいか、よく聞け。そんなしょうもねえ願い事は、この偉大なる土井那珂神が聞き入れてくださるわけがねえだろ。お前、夢とかないのか」
「ないです」
「将来なりたいものは」
「ないです」
「とにかくしっかり勉強しろ」
「してます」
「今日のテストは何点だった」
「二点」
「何点満点?」
「百点」
どこまでもしょうもねえ奴だ。だけど俺はほっとけなかった。アホだが悪い奴じゃない。いじめられっ子の力になりたい。
「そいつはなんて名前なんだ」
「今城真雅理って奴。そこのT字路んとこの家に住んでます」
壮大が赤い屋根の家を指さした。
すると、その家から子どもが二人出てきた。壮大と同じくらいのガキだ。
「おい、亜保!」
ガキが叫んだ。ひしゃげた大福みたいな、見るからに根性曲がりな顔をした奴がニヤニヤしてる。
「ちょっと金貸せよ」
「金、持ってない」
「あんだろ?」
「ないよ、真雅理」
どうやらこいつが今城真雅理らしい。
「そういえば誰? このじーさん」
「俺は壮大のダンススクール仲間だ」
真雅理とその連れは爆笑した。勝ち目がないと思ったのか、壮大は走って逃げ出した。
「じーさんならダンスとか無理すんなよ。骨折れんぞ」
「無理じゃねえ。お前もスクールに入るか?」
俺は真雅理に堂々と詰め寄った。
「なに、それって勧誘?」
「知らね」
「やべーやつだ。じゃーな、じーさん」
真雅理と連れは笑って立ち去った。俺はムキになって追いかけようとした。が。
べちゃ
何か踏んだ。踏んだぞ。分かる。見なくても分かる。というか見たくない。そうだ、見たくないんだ俺は。
だけど見た。俺はいつも靴を履いてない。裸足だ。裸足でアレを踏んだ。たぬきのアレだ。糞。糞ーっ! 真雅理と連れがそれに気づいて、涙を流して笑ってる。さらに連中は口パクで何か言ってやがる。く、そ、じ、じ、い、だと。
「神様、何やってんのさ」
「わあー汚あい」
鳥居の前で、狛狐達が呆れてとがめる。
「うるさい。水、もってこい」
俺は水で足を洗った。そして決めた。あいつにうんこ、踏ませてやる。それも特級の。
「うんこ集めるぞ。お前らも手伝え」
「やなこった」
狛狐の妖狐はぷいと横を向く。
「孤太郎。お前、手伝ったら油揚げ、しこたま食わせてやるぞ」
「え! 本当!?」
油揚げは狐の大好物だ。
「おう。俺は約束は守る男だ」
完全にキレた俺は、孤太郎とうんこ集めに奔走した。たぬきのだけじゃない。牧場から馬糞と牛糞。養鶏場から鶏糞。さらに鳩、猫、犬、正体不明の謎うんこ。硬いうんこに柔らかいうんこ。黄色いの、黒いの、茶色いの。ありとあらゆるウンコレクション、世紀の集大成だ。賽銭二千円分は働いてやる。だが、それだけで八時間かかった。
さらに、真雅理の家から中学までの道の真ん中に、三十センチ間隔でうんこを置いた。名付けて「うんこロード」! うんこロード形成にかかった時間は七時間だ。いかんいかん。過剰労働だ。
翌朝、俺はうんこロードの脇の茂みで待機していると、真雅理が家から出てきた。
「うわ!」
真雅理がうんこを見てびっくりしてる。俺はひそかに笑う。だが真雅理は顔をしかめて、うんこをよけて歩き出した。俺はそこで飛び出した。
「おい、ガキ。ウンをよけると、運が逃げていくぜ」
「は?」
「逃げないように運をつけてやろう」
そう言って俺はジャンプした。真雅理の両肩に乗ると、足裏を意識しながら、両手で宙を掻く。すい、すい、すい。平泳ぎのイメージだ。そうすると真雅理の足も、俺の意図する方へ歩き出す。
「何だ!? 降りろ、クソジジイ!」
道の真ん中を、真雅理の足が進む。梅の根っこよろしく、真雅理の足はうねうねしながら、確実にうんこを踏みしめる。
最初は馬糞。次は牛糞。そして最高に臭い鶏糞。真雅理は踏むたび、悲鳴をあげた。道ゆく村人はそれを見て爆笑する。真雅理は泣きながら、俺の意のままうんこロードを踏破した。中学の校門をくぐったところで、俺は木に飛び移った。
きっちり一時間。合計二十時間。時給に換算すると…。俺は舌打ちして学校を後にする。
その日の午後、俺は鳥居の前の階段に座って、短歌をしたためていた。
曲がったら
直すといいよ
根性を
うんこは続くよ
どこどこまでも
よくできた。俺が頷いてると、壮大がやってきた。
「おう。元気か」
「はい。神様に、お礼参りにきました」
「いいことがあったか」
「はい。願い事、叶ったんです! あいつ、うんこまみれで登校してきて。先生とか先輩にすっげー怒られてました」
壮大はバカ丸出しな顔で笑った。俺は指でピースして、ニヒルに笑ってやった。
「土井那珂神のおかげです」
そりゃそうだ。あんだけ手を尽くしたからな。
「俺、将来は教師になります」
急に真面目か。どうした、壮大。
「悪いことする奴は、うんこ踏むことになるぞって、教えてあげられる先生になりたいんです」
よく分からんが、そういうことだ。
「おう。応援してるぞ」
将来の夢ができた壮大を見送ってから、俺は油揚げを買いにいって、孤太郎に食わせた。
ピンポーン
本殿のこたつでうたた寝してたのに、誰だよ。俺はしぶしぶ扉を開けた。そこにいたのは妖狐だ。
「綺羅綺羅様が、おいでなすったよ」
綺羅綺羅神は天上界の女神だ。ブスだが神格が高く、旦那の生面神と俺ら地上にいる神の仕事を査定している。きっと俺をねぎらいに来たのだろう。ひょっとしたら、天上界に戻れとのお達しか。
「でも、鳥居はくぐんなかったよ」
「何?」
「うんこのせいですっ転んで、頭を打ったよ。頭にもうんこがついて、泣いて帰ったよ」
「え…」
「生面様が激怒して、鬼ヶ島から鬼、連れてくるってさ。あー、神様。何、ドア閉めてんのさ、神様」
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