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第一話 鳥居の前の石ころどけたい

俺の名前は土井那珂どいなか。東京都檜原村(ひのはらむら)にある、土井那珂神社の神だ。月に最低でも一度、神通力を使って人間の幸福指数を上げるのが、俺の仕事だ。


とある大晦日の朝だった。俺は本殿の中のこたつに入って、テレビを流し見しながら、安酒「下町のナオポレン・いいちょこ」を飲んで舌打ちしていた。


数日前、サンタに頼まれてクリスマスの配達を手伝った。なのに、サンタが用意したのは全部欠陥商品で、回収する事態になって、幸福指数がだだ下がった。追放された天上界に戻れるチャンスだったのに。話は白紙になって、指数を稼ぎなおす羽目になってやがる。


ピンポーン


インターホンが鳴った。このインターホンが見えるのも鳴らせるのも他の神と物怪(もののけ)、それとサンタだけだ。しぶしぶコタツからでて、扉を開ける。


「誰だ」

「土井那珂さん、クリスマスぶりー。うわ、酒くっさー」

そう言うのは白髪に顎髭、青い目のサンタだ。世界中にある「サンタ・カンパニー」の社長で、社員を搾取する生粋のワルだが、本人は好々爺然としてる。クリスマスが終わって、いつものダサいピンクのセーターにスラックス姿だ。

「うるせえ。お前のせいで…」

「僕さー、これから世界一周バカンスに出かけんの。一緒に行く?」

俺は言葉に詰まった。世界一周バカンス? 甘美な響きに震えた。


が、我に返る。そうだ。うっかり目的を見失うところだった。俺は天上界に帰りたい。いつまでもこんなしょっぺえ神社にしがみついてる場合じゃねえ。


「俺は行かねえ」

「えー。初日は『イケイケオキナワイツツボシホテル』予約したのに?」

イケイケオキナワイツツボシホテルだと…。俺はテレビを見た。ちょうど「年末リゾートめし特集」として、そのホテルが紹介されてる。宮古牛の素敵なステーキ☆ビュッフェ。アグー豚の丸々焼き焼き☆フェスタ。特級泡盛☆噴水バー。食いたい。飲みたい。騒ぎたい。ぐぬぬぬ。俺はいいちょこの瓶を握りしめる。


「社員を搾取した金で豪遊か」

「頑張った自分へのご褒美だよ」

「社員がヘマするとニシン漁やらせるくせに」

「あのね。だって、僕たちが運んでるのはプレゼントだけじゃないよ?」

急にサンタの目つきが変わった。

「んあ?」

「僕たちは夢を運んでる。その夢をぶち壊す奴なんか、しーらない」


おっかねえ奴だ。俺はふと、サンタの持ってるサンタ服を見た。俺のとサンタのがあるが、こうやって見るとツヤツヤしてなかなか上等だ。俺が見てると、サンタがニコニコした。

「皆のはポリエステルだけどね。僕のだけ特注。丹後(たんご)ちりめんって知ってる? 京都の芸者ガールに勧められて…」

「あー、もう。帰れ」

サンタを追い出し、やれやれとこたつに戻ると、今度は外から悲鳴が上がった。神主と、バイトの巫女(みこ)達の声だ。


「大変だ。神社の前が石の山だ」

「何でしょう? 悪霊の仕業?」

悪霊だと。この俺がいてンなもん出てくる訳あんめえ。俺は扉ごしに聞き耳を立てる。

「土井那珂神、助けてくれ。今年一年、ためた賽銭、全部やるから」

何だと。いつもビタ一文、よこさないくせに。

「金額を気にしてるのか? じゃあ、数えてみようか」

神主は何やら、ジャラジャラと音を立て始めた。

「百円玉…三枚。五十円玉…一枚。十円玉…二十一枚。五円玉…七十五枚。一円玉…六十五枚」

俺は頭んなかで計算した。もしかして…。

「千円! なあ、頼むよ神。除夜祭(じょやさい)までになんとか」

一年も貯めてソレか? 俺は時計を見た。年越しイベント、除夜祭まであと十時間。ってことは何か。また時給百円か。

「ごめん。ちょっとみんなで焼肉行ったから…てへ」

てへ、じゃねえ!

「じゃあ、ここに置いとくから。なんとか除夜祭までに頼む」

神主はそう言って、本殿前から遠ざかった。


俺はこっそり本殿を出て、鳥居に向かった。確かにデカい石が山積みになってて、このままだと初詣客が入れそうにない。

俺はそばの狛狐(こまきつね)を見た。二匹いるが、巻物をくわえてるはずの方がアカンベーしてる。すると、稲穂をくわえてる方が生身の狐に変身した。

「おい、狐太郎(こたろう)妖狐(ようこ)はどうした」

「家出です」

孤太郎はあくびをする。

「何?」

「妖狐先輩の前掛けが古くなって、新しいの買ってって、ずっと言ってたのにい。神様が自分のふんどしに、雑魚(ざこ)狸の変化(へんげ)術なんか使って、偽の前掛け、渡すからあ。怒って出ていきましたよお」

孤太郎は自分の首につけた前掛けを前足で指す。

俺は焦った。妖狐は大事な狛狐だ。神主は分かってないが、この神社の「コンコンおみくじ」は妖狐の妖力が込められていて、当たると評判だ。そりゃそうだ。狐の格付けでいうと奴はまだ修行中の身分だが、すでに千里眼を持つ天才だ。だからこんな辺ぴな神社でもぼちぼち参拝客がくる。

「なぜ引き留めない」

「だって無理でしょお? 先輩のって江戸時代に氏子(うじこ)に奉納してもらった、丹後ちりめんなんですよお」

「知らん」

そう言いながら、その単語はさっきも聞いたなと、俺は腕を組む。

狐界(きつねかい)のファッションリーダーにあの仕打ちはないですよお。僕のをどうぞって言ったけど、化繊(かせん)じゃ嫌って絶叫されてえ」

「なんてこった。お前、この石どかせるか」

「ただの石じゃないから、無理い。僕、先輩ほど狐位(きつねい)が高くないしい」

「どうすりゃいいんだ」

「前掛け、用意してあげてくださいよお」

孤太郎はまたあくびをした。


狛狐は乗り心地が悪いから好きじゃない。だが、俺は孤太郎に跨り、村の神具店にダッシュした。

「今日は休みだよ」

「いいから開けろ。丹後ちりめんとかいう素材で狛狐の前掛け、つくってくれ」

俺は店の親父の鼻に自分の鼻をくっつけて迫る。

「納期は?」

「今日の夕方五時まで」

「そりゃ無理だ。既製品ならあるけど」

「それの素材は」

「綿だよ」

「ダメだ」

「そう言われても。紅色の正絹(しょうけん)の在庫がないよ」

「正絹?」

「シルクだよ。ツヤツヤしたやつ」

俺は首を傾げた。それからすぐに思い出した。

「分かった。材料、急いで持ってくる」


俺は店を出て、待ってた孤太郎が後ろ足で耳を掻く。

「今度はどこへ行くんです」

「沖縄」

「えー?」

村を出て相模(さがみ)湾に着くと、孤太郎がマグロに変身した。


俺はぬるぬるする孤太郎にしがみつき、太平洋に飛び込んだ。

「おい。なんで手綱がないんだ」

「魚に手綱つけるアホがどこにいますかあ。もぐもぐ」

「お前、何食ってんだ」

「やー、この辺、美味いイカがいっぱい泳いでてえ」

孤太郎は好き勝手な方へいき、全然前進しない。


そのとき、俺たちはふわりと浮いた。振り返ると、後ろから何かのでっけえ背びれが見えた。

「サメだ!」

俺が叫ぶなり、孤太郎はスピードを上げた。一気に富士山が見えるとこまできた。


「よーし、サメはちぎった。いこう」

それを言うなり、今度はモーター音がした。また振り返ると、今度は小型ボートが突進してくる。乗っている人間どもが何語かわからない言葉で叫ぶ。うおお。手にモリみたいなの持ってやがる。

「マグロ漁船だ!」

俺が叫ぶと、孤太郎は爆進した。俺は海水を口にも鼻にも飲まされた。


俺はずぶ濡れで、なんとか沖縄本島の、イケイケオキナワイツツボシホテルについた。

「結局きたの、土井那珂さん」

「おお、サンタ。悪いがお前と遊んでる暇はない。俺のサンタ服、貸せ」

「いいけど、ちゃんと返してよ」

サンタはそばのサンタ服を指差した。

「おー」

俺は服を手に取り、来た道を孤太郎に乗って戻った。


沖縄からトンボがえりした俺は、神具店の親父にサンタ服を手渡した。

「え! いいの、こんな凄いやつ」

親父は目を見張った。サンタ服をねじって巻き、キュッと音を立てた。ポリエステルの何が凄えんだ。

「あまった生地も全部やる。前掛け作ってくれ」

「合点承知」

親父は妙にはりきって、裁ちバサミで裁断し始めた。


午後四時半になった頃、親父が前掛けを天に掲げた。

「できたぞ。どうだ。いい前掛けだろ」

「おお、立派だな」

できた前掛けは赤くてツヤツヤ、美しい刺繍入りだ。

「鈴もつけた。サービスするよ」

「ありがとう、親父。またな」

「こちらこそ、またのお越しを」

きた時とは違って親父はやけにバカ丁寧だ。俺は急いで神社に帰ると、そこに妖狐がいた。細い目をますます細くして、俺を見すえる。

「あたいの千里眼で、神様が前掛け持ってくんのが見えた」

「ああ、よかった。待ってたよ。ごめんな。お前がいないと困る」

俺が頭を撫でると、妖狐はふんぞり返ってみせた。

「それ。つけとくれ」

「おう」

俺が前掛けをつけてやると、妖狐はニンマリした。

「石。どけてやるかね」


神社に平和が訪れた。神主達が順調に除夜祭を執り行って、近所の寺から除夜の鐘が鳴った。

「あけましておめでとう」

初詣客の声が聞こえてきた。俺はほっとしてこたつに入って、買ってきたいいちょこで新年を祝った。今年こそ百円でバイトしない。しないぞ。


ピンポーン


誰だよ、元旦から。俺はしぶしぶ扉を開けた。そこにいたのはサンタだ。

「土井那珂さーん」

「何の用…」

「だめだよー。土井那珂さん、僕の方、持ってっちゃったでしょ。言ったよね? あれ、特注ユニフォームなんだよ」

俺は耳を疑い、唾を飲み込んだ。

「あの…その…もし。もしだぞ。あれを新たにつくりなおすと…い、いくらかかる?」

「さあ。日本円で五百万くらいじゃない? で、どこよ、ユニフォーム」

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