キッカケを作りに
朝の衆議院第一議員会館である。
カラスがハトを追いかけ回してるいる。
十一階の廊下・・・。
女事務員(一般職員)が、小冊子を台車に乗せて押して行く。
各議員事務所のポストに小冊子を投函して行く。
『金井博康事務所』のドアーが開き、松永さんが投函書類(ハガキ・封書)を持って出て来る。
「ちょっと投函して来ます。電話、よろしくお願いしま~す」
結城の声。
「アイヨー」
応接室。
結城が日経新聞を読み終えてテーブルに置く。
両手を大きく上げて、欠伸をする。
「ア~~ア」
私は熱いお茶に息を吹きかけて啜っている。
コーヒーを一口飲んで結城が、
「 ・・・良かったな」
「はあ?」
「戸倉の心臓が治って」
「・・・はい」
「あのカアチャン、何か言ってたか」
「あらためて『お礼』に伺いますと」
「お礼に?」
鋭い目で私を見る結城。
「何か?」
「いや、何でもねえ。ちゃんと報告しろよ」
「えッ?」
私は少し考えて、
「・・・はい」
「さ~て、残りった券でも売りに行くか」
「えッ! 本当に売りに?」
「うん? 何かおかしいか?」
「終わった勉強会のチケットなんて売れるのですか?」
「分かんねえ。・・・ただ」
「ただ?」
「きっかけには成る」
「キッカケ?」
結城が奇妙な話しを持ち出す。
「おい、そこの新聞掛けに掛かっている日経を持って来い」
「え? はい」
私は束ねられた日経新聞をテーブルに置く。
「株式欄だけを一週間前から見るんだ」
「はい。・・・」
「建設株!」
「はい」
「その中で上がり下がりの激しいモノ」
「・・・あ~あ、コレかな?」
「それから自動車株」
「はい・・・」
「それからIC関連、精密機器!」
「・・・」
「今日は土建屋から廻ってみようか」
「ドケンヤですか」
結城はニヤけた笑いで私を見た。
「何かおかしいですか」
「なんでもない。愛いなヤツよのう。じゃッ、今日はその土建屋サンを揺さぶってみよう」
「揺さぶる?」
「民間への挨拶廻り(営業)だ」
「 ああ、そう云う事ですか。そうだッ! それから地元で運転中、本人(金井代議士)から『こんな名刺』を渡されました」
「こんなメイシ? どんな名刺だ・・・」
私は背広のポケットから名刺入れを取り出し、中から先生から預かった名刺を結城に渡す。
結城はその名刺を見て、
「枝野耀蔵? 後援会長の名刺だな」
結城は名刺の裏を見る。
裏書きがしてある。
「・・・」
「そんな事出来るんですか?」
「うん? ・・・うん。ここに来た陳情は総てやらなくっちゃな。ああ見えてもオヤジは副大臣だ。出来ないものはないと信じている。それに、この名刺の依頼者は博康会の後援会長だ。息子の『裏口入学』ぐらい何とかしてやらねえとな」
「早稲田大学って文豪(金井文豪・先生の息子)さんも早稲田卒だそうですね」
「オメー誰から聞いた」
「博子さんからです」
「ヒロコ? ふ~ん・・・まあ良い。コレは後で作戦を考えよう。いずれにしても、バッチリ放り込んでやる」
松永さんが事務所に戻って来る。
「すいません。投函口の所で柿坂先生のミッちゃんと会っちゃって。何か電話有りました?」
応接室から結城が、
「無いよー。あ、俺達ちょっと出かけて来る。後で電話入れるから」
「分かりました」
「おい、行くぞ!」
「えッ、もうですか?」
「バカ野郎、釣りと行商は早く行った方が大物をゲット出来るんだ」
「ギョウショウですか?」
「そうだ。偉い奴らはスケジュールが詰ってるからな」
「あ~あ。そう云う事ですか。勉強に成ります」
「おい、券を忘れるなよ。終わっても、三ヶ月は撒き続けるんだ。券がホットな内にな。ついでに顔売を売るん
松永さんがいつの間にか応接室に券を一束(五十枚)持って来る。
テーブルに置きながら、
「そのキッカケで、結構売れるんですよ」
私はテーブルの上の券を見詰めていると、
「おい! 何、見惚れてるんだ。早くカバンに入れろ。今日はそれを全部置いて来るからな」
「はい」
「俺は先に行くぞ」
「あッ、ちょっと!」
私は急いでチケットをカバンに押し込んだ。
事務所のドアーが閉まる音が。
振り向くと結城が居ない。
私は急いで結城の後を追って事務所のドアーを開ける。
松永さんが私の背中に、
「頑張って下さいね。土屋さんが頼りなんだから」
「え? 野上くんは?」
「野上さんは糖尿の検査入院ですって」
「え~え! 嘘でしょう・・・」
ドアーがゆっくり閉まる。
つづく