第四話
これでもか、と言うほどの料理をお腹に突っ込み、僕は動けないでいる。
(苦しい…)
ぐったりしている僕に、大地が座布団を渡してくれる。
「ほら、少し横になれ」
喋る力も出ず、無言でうなずき座布団を枕に横になることにする。食べたすぐ後に寝ると牛になるらしいが、そんなことはかまっていられない。むしろ胃が4つある牛が羨ましい。
昼のカレーライスもあり、大地に助けてもらいながら食べていたが、やはりきつかった。
それに清江さんから直接勧められたらやっぱり断れない。そして美味しいから箸が進んでしまうのも確かだった。しかし箸が進んでしまうと清江さんが喜んで違う料理を勧めてくれる。断れない。食べる。勧められる。断れない。食べる。勧められる。断れない。食べる。勧められる…
この流れを大地が切ってくれなかったら、今頃泡を吹いて倒れていたかもしれない…。
今清江さんは台所で食事の後片付けをしている。大地の父幸弘さんは食事が終わるぐらいのいい感じに酔っ払ってきたときに、知り合いから飲みに誘われたらしく、今はいない。多分今日はもう帰ってこないのだろう。
苦しそうな僕の肩をポンっと優しく無言で叩いて、幸弘さんは出掛けていった。無口な幸弘さんの挨拶みたいなものだ。
「はるちゃんって本当に小食だよね~。お兄の半分くらいしか食べて無いじゃん」
台所で水が流れる音と、食器のあたる音、テレビのバラエティ番組の音を聞きながらボーっと時間が過ぎるのを待っていると、大地の妹、志穂にしみじみと言われる。
「昔はお兄と同じくらい食べてたのにね~」
「こいつは今引きこもりだからな。動いてない分入らん」
「自宅警備員ってやつ?でも太らないだけマシかな」
「ヒョロヒョロだけどな」
幼馴染兄妹に好き勝手言われているのを聞きながら、ひたすら消化されるのを待つ。
反論する気力も無い。というか今口を開けば出てきちゃうかもしれない。何がとは言わないが。
「ヒョロヒョロか…はるちゃん、男子はある程度鍛えてないと駄目だよ。女子は細マッチョに惹かれるから」
「そうだぞ。オレみたいに鍛えなきゃな」
「お兄はゴリラじゃん。それにチャラく見えるからモテ無いよ」
「なっ」
「あと暑苦しいし、汗臭いし」
「なっおまっ」
「下品だし、イビキうるさいし」
「おい」
「足臭いし」
「お…」
「部屋汚いし、臭いし」
(臭い項目が3つ出たぞ・・・)
「…ぐす」
(あっ、泣き出した)
「エロ本マニアックで、変態だし」
「って!いつ見た!」
「は?」
「いつ見たんだって聞いたんだよ!」
大地が怖いくらいの勢いで声を張り上げ問いただそうとしている。
「ああ、この前CD借りに部屋入ったときとか」
「何勝手に漁ってんだよ!」
「漁ってなんかいないよ!散らかしてるのが悪いんじゃんっ!臭いし!」
(また臭い言われてる…)
大地の声に負けじと、声を張り上げ対抗する女子高生の辛辣な言葉に、苦笑いが浮かんでしまう。
「ぐっ…しかしそう簡単に見つかるような場所には…」
「まず隠せてると思ってるのが可笑しいよ。あれを隠している?はっ。笑っちゃうわ。整理ついでにあたしがもっと上手いところに隠しといたから」
「なっ!?…どっどこだ!?どこにやった!?」
「頑張って探してみなよ。部屋をきちんと掃除すれば出てくるよ」
「くっそ、俺のお宝本がーーーー」
いきなり叫びながら走り出す大地。ドタドタうるさいと清江さんの怒鳴り声。
おそらく自分の部屋で必死にお宝本を探しているだろう大地を想像する。
(大地…面白すぎるぞ)
「お宝なのに言われるまで気付かないなんて…バッカじゃない?はるちゃんも思うでしょ?」
同意を求められるが苦笑いしか返すことが出来ない。
同じ男としてそういった類の物を家族、しかも高校生の妹に見つかる大地に同情してしまう。趣味やらプライバシーが顕著に出るものだし…。面白いとは思ったが、同意はしかねた。
「だいたいお兄のエロ本の場所なんて昔っから変わってないし!成長してなさすぎるっての!」
…本気で大地が憐れに思えてきた。
「そういえば…はるちゃんもそういう本とか結構持ってるの?」
「…えっ?」
「お兄みたいにエッチな本とかDVDとか隠してたり」
突然の被爆に動揺する。
「お、俺はほら…その…見えないし?…だからその…無いよ?」
自分でも分かるくらいしどろもどろだ。
「なんで疑問系なの?…まあでも確かにそうだよねぇ~」
「う、うん。そうだよ」
「そっかぁ」
これ以上突っ込まれたくない話題過ぎる。
冷や汗を流しながら、違う話題を必死に考えるが浮かんでこない。
(何か別の話!えっと…何かあるだろ!出て来い!)
「あのっ」
「じゃあ高校の時とかは?持ってたの?」
「っ!」
(うをーーっ!当然の疑問出てきた!なんとかかわせないか!?)
「え、えっと…なっなんでそんなこと聞くの?」
「え?う~ん。…なんていうかさ、はるちゃんって昔からこう、浮いた話っていうの?そういうの無いし。その…不細工でも性格が悪いわけでもないのに何でかな~?って思って…」
「…それと、質問とどう関係があるの?」
「え…?えとその…もしかしたら女の子に興味ないのかな~?とか?」
少し気まずそうに志穂が返す。
いや、確かに浮いた話はあんまり無かったけど、僕のことどういう風に見てるのか激しく気になる…。いや、やっぱり聞きたくない!なんか自尊心がすっごい傷つく気がする。
自然と溜息が出そうになるのをこらえる。そこまで必死に隠すことではないと思い至り、正直に話す覚悟を決める。だいぶ楽になった体を起こして志穂のほうに向き直る。
「はるちゃん?」
「あ~…別に、女の子に興味が無いわけじゃないよ。その、そういう本とかもそれなりに持ってたし…」
「そうなの?やっぱり男の人だし、そりゃあるよね」
「まあ、健全な一般的男子なら誰でもね」
苦笑しながら返す。とりあえず変な誤解は解けたようで安心する。
「じゃあ彼女とかは?作ろうと思わなかったの?」
「いや、作ろうと思って出来るものでもないし」
「そうかな~?そんなことないと思うけど。好きな女の子とかいなかったの?」
「ちょっといいな~って思う子はいたけど、好きかどうか聞かれると…わからない」
「はるちゃんって、もしかして初恋もまだ?」
「そんなことは無い、と思う。今思うとそうかなぁ~?っていうのならちゃんとあるよ」
「当時は気付いて無かったってこと?」
「まあ、小学生のころだしね。胸を焦がすというよりはホワンとした気持ちだし」
「ぷっ、胸を焦がすって、くふ、はるちゃん意外とメルヘンだね。くふふ…」
笑われたことで、急に恥ずかしくなって体が熱くなる。顔にまで出てるかもしれない。
高校生の女の子にメルヘン言われる僕って…
「否定はしないけど、そんなに変かな?そういうのに憧れる時期はあるでしょ?」
「確かにあるけど、今でも?」
(今…)
温度が急激に下がった気がする。
「…今は」
重くほぼ無意識に口を開くが、ドタドタと騒がしい音によってそれは妨げられた。
「おい志穂!どこにも無いぞ!」
大地が走って戻ってきたみたいだ。本当にずっと探していたらしい。
興奮しているのか声がでかすぎて少しやかましい。
「え~、なんで見つからないの?」
不機嫌そうに志穂が応える。
「知るか!マジでどこにやったんだよお前。捨てたんじゃないだろうな!?」
「捨ててないっ!なんで見つけられないかなぁ?しょうがないな~」
呆れつつも答えを教えてあげるらしく、大地と連れ立って部屋を出て行く志穂。
大地の部屋のほうから、うわっ汚っ、という声のあと、しばらくして大地の歓喜の叫びが聞こえた気がする。
(見つかったのか…お宝)
親友のお宝との再会を喜びつつ、僕はもやもやとした燻ぶったような何かを感じていた。
志穂の問いに、僕は、何て応えるつもりだったのだろう。
「はる君、あったかいお茶のおかわりどうぞ」
後片付けを終えたらしい清江に話しかけられ、思考をとめ笑顔で返す。
「ありがとうございます。いただきます」
それからは清江とお茶を飲みながら雑談し、しばらくして戻ってきた大地と志穂もあわせて、会話を楽しむ。もっぱら聞き役に徹していたが、すごく充実した時間だった。
夜も更ける前に、行きと同じく大地に車で送ってもらい、いつものようにシャワーを浴び、着替え、歯を磨き、いつものように布団に入り就寝した。
******************
胸を焦がすような想い。
確かに僕は憧れていた。
そして想いを通わす事が出来る相手。
いつかそんな人とめぐり合える時がくることを信じていた。
たとえ、メルヘンだと言われても
でもそれは事故に遭うまでのことだ。
今の僕では、胸を焦がすような想いも、ましてや心を通わすなんて…無理だ。
こんな重荷にしかならない僕を好きになってくれる人なんて…
なかなか話進まないです。
詰め込みすぎなのかな~?
待ってくれている方がいるのかわからないですが頑張ります!
10月29日
若干修正しました。
書き方が統一してなくて申し訳ないです。
ここまで読んでくれた方に感謝です。
鈍行ですが頑張って続き書きますので良ければまた読んでやってください。