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桜雲  作者: QP
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第三話

突然の出来事ではなかった。

ねじを回したオルゴールが、その回転分の旋律を歌い終え、力なく緩やかに音を無くすように徐々に徐々に僕は光を失った。




きっかけは父を失った事故。


車に乗り二人で出かけていたときに飲酒運転の車と衝突。


まさかニュースで流れるようなことが自分に起こるとは思わなかった。


父と相手の運転手は即死にもかかわらず、僕は奇跡的に目に見える大きな外傷は足を折っただけだった。


だけど足が完全に治るころには、ほとんど目が見えなくなっているだろうと医者に宣告された。


頭を強くうった後遺症らしい。





夫を失い、息子は失明。恨むべき相手も亡くなった。

あのときの母の気持ちは想像しか出来ないが、そんな中でそれでも母は懸命に僕を支えようとしてくれた。

僕は大学を辞め、骨折もありほとんどの時間を家で過ごす様になった。

そんな僕に母はずっとついていてくれた。母は僕のために点字の本を借りてきてくれ、一緒に勉強をした。

難しいと思っていたけど、覚えるのは意外と早かった。だけど、指で読めるようになるのは時間がかかり、慣れるまではただのぷつぷつにしか感じれなかった。

完全に見えなくなってからも、母はしばらく僕と極力一緒に過ごすようにしてくれていた。

母は新しく仕事を始めなければならなくて、それまでに母がいない間僕が一人で家の中で暮らせるように色々と付き合ってくれた。せめて家の中では普通の人と同じように暮らせるようにと。


そのおかげで僕は日常生活にさほど苦労していない。掃除も洗濯も料理も一人で出来る。

料理はもともと頻繁にやっていたのだが、見えなくなってからは視覚以外の感覚をフルに使わなくてはならない。下手なことをすると怪我をするのでかなり気を遣う。そのせいで最初のころは、時間がかかるし必要以上に疲れるしで大変だった。今ではかなり慣れ、凝ったものは無理だが簡単なものなら普通の人とそれほど変わらないと思う。少なくとも大地よりは旨い。


母と二人の生活は穏やかだった。

母と一緒に食事を作り、食べ、たわいの無い話をよくした。

母の仕事が休みのときは、母の腕につかまり、よく外に出かけた。時には大地と大地の家族を加えて、僕と母は緩やかに時を過ごした。その穏やかさは、まるで自分の目が見えないなんて現実が嘘みたいに思えるほどに心地よかった。だけどこれは、母が僕に与えてくれたものだった。母は僕の唯一の拠り所だったのだ。


今だからこそそれがすごく実感できる。






その母も去年の6月に亡くなった。








父と同じく、事故だった。





どうやら父と母は神様にすごく愛されていて、神様は早く自分のそばに来てほしかったようだ。


そして僕は神様にすごく嫌われているらしい。僕の光をことごとく奪っていくのだから。


僕はこれから、どうやって生きていけばいいのかわからなくなってしまった。


ただ残された時間を消化していくしかなかった。





****************





「―――か、おい春華!」


「っ!」



呼びかけられる声に意識が戻った。

車の心地よい振動と、いつもより少し早く起きたせいで気付かないうちに寝てしまったみたいだ。


「やっと起きたか。着いたぞ」

大地に言われて、ようやく心地よい振動が止まっていることに気付く。


「ごめん。ありがとう」

「とりあえず荷物置きにいくぞ」


大地の車で出掛け、日用品や食材などの買い物を終えた僕らは、荷物を置きに一度家に帰ってきた。

買い物はいつも大地に付き合ってもらっている。


大地に手伝ってもらい、買ってきたものを確認しながら収納し、補充していく。


「よし、これで終わりだな」

「うん、ありがとう」

「よっしゃ、じゃあ行くか」


玄関を出て、車まで大地に掴まって先導してもらい、後部座席に乗り込む。

大地も運転席に乗り込み、シートベルトをつけたのを確認してから、緩やかに発進する。


二人とも特にしゃべらず、車内にはラジオの音だけが響いていた。

心地よい振動と、あまり聞いたことのないゆったりとした洋楽に、またうとうとしかける。

歌詞はよくわからないが、女性ボーカルのしっとりとした歌声が耳に心地よかった。


大地の家は車で5分とかからない。同じ小学校で学区が一緒だったから当たり前だが、けっこう近いのだ。ちょうど歌が終わるころに車は止まった。

大地に着いたことを確認して、あくびをしながら眠気を振り払うように体を伸ばす。


車を降りると、声をかけられる。


「はる君、いらっしゃい!」


女性特有に高く、でも少しだけかすれたような声。ハキハキとしたしゃべり方はその性格を表しているかのようだ。大地の母清江だ。


「こんにちは、おばさん。いや、もうこんばんはですね。今日はご馳走になります」


声の聞こえるほうに顔を向け応える。


「こんばんは。はる君また痩せた?ちゃんと食べてるかい?しっかりと食べないと駄目だよ。食べないと体壊すし、がりがりの男じゃ女の子も寄り付かないよ。男の子はやっぱり食べっぷりがよくなきゃね。美味しそうによく食べる男に女は弱いんだから。といってもうちの馬鹿息子は食欲だけで全く女の子に縁が無いけどね。うちに女の子を呼ぶ甲斐性も無いし、いつになったら彼女を連れてきてくれるのやら。こんなんじゃあ、孫の姿を見れるのは大分先かもねぇ……だいたい―――」


いきなりの話の展開に苦笑いを返すしかない。


「お、おいおふくろ!」

「なんだい、馬鹿息子!」

「ば、馬鹿って…可愛い息子に…」

「何が可愛いだよ!阿呆なこと言ってないでさっさとはる君を家に入れたげな!」

「いや、おふくろが引き止め「何か言ったかい!?」て…いえ」


あいかわらず清江さんはパワフルだな、と思いながら目の前で行われる寸劇を黙って聞いている。

大地と清江さんは仲がいいと素直に思う。前にそのことを大地に言ったらかなり嫌そうにされたが。


「はぁ~…じゃあ春華、こっち」


ため息をついて、下がったテンションのまま大地が僕を誘導する。


「愛されてるね」

「どの辺にだ!どの辺に愛を感じたんだお前は!!」


からかい半分本気半分で言ったら力強く突っ込まれて、笑ってしまう。そんな僕に、大地はまたため息を吐く。


「あっ、はる君、今日はまたご馳走作ったからね!たっくさん作ったからめいっぱい食べていきな!」


その言葉に僕は若干顔を引き攣らせ、冷や汗がにじんだ。


「あ、ありがとうございます。…ご馳走になります」


横で大地が笑いをこらえているのが判ったが、変なことを言って助けてもらえなくなったら嫌なので心の中でだけ睨み付けることにした。

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