第一話
夢を見ていた。色のついた夢だ。
小学生のころよく遊んでいた公園で友達と走り回っている。はしゃぎすぎて躓き、砂まみれになりながら転んでしまった。知った顔、でもどこか幼く懐かしい顔が近付き、馬鹿だなぁとでも言うように笑いながら手を差し出してくれる。まだ小さく、男のくせに過保護のような面倒見のよさを持つ彼を、僕はよく知っている。笑いながらその手を借りて立ち上がり、また走り出す。
暗くなり家に帰り、母が出迎えてくれる。砂まみれで汚れた僕を見て、困ったように笑いながら風呂場に連れて行く。風呂に入り、汚れを落とし、母が用意してくれた服に着替えリビングに入ると、母は台所で夕飯を作っていた。台所に入り、僕は慣れた手つきで母を手伝い、母は微笑みながら僕の頭を一度撫で料理の続きを行う。時々つまみ食いをしては母に強烈でこピンを食らい涙目になりながらも、料理は進む。料理が完成し、テーブルに並べていると父が帰ってきた。玄関まで行き父を出迎え急かすようにリビングに連れて行き穏やかな空気の中食卓を囲む。傍から見たらこれぞ幸せというような家庭のワンシーンである。だが、いざ食事をしようとしたときに目が覚めた。
目が覚めたとき、目の前は暗闇だった。慣れた世界だ。だが直前まで見ていた夢とのギャップに、気持ちは素直である。気持ちを切り替えるように起き上がり、手探りでカーテンを開ける。少しだけ闇が明るくなった気がする。窓を開け外の少し冷たい空気を入れ、新鮮な空気を力いっぱい吸い込む。
今が何時なのかわからない。すずめの鳴き声を聞き、鳥が活動を始めている時間だということはわかった。枕元に置いてある置時計に手を伸ばし、機械的な音声で時刻を確認する。思ったより早く目が覚めたことに気付き、もう少し惰眠を貪ってもよかったかと少しだけ後悔しかけた。だがもう一度布団に入る気にはならなかった。二度寝をしてきちんと起きる自信が無かったのもある。ため息をつく。せっかく吸い込んだ朝の新鮮な空気を、ため息で吐き出してしまった事に苦笑した。顔にかかる髪を無造作にかきあげ、頭を掻きながら洗面所へ向かう。
顔を洗い、髭を剃る日常活動を行いながら、顔にかかる髪の毛を煩わしく感じた。そろそろ切らなければならない。正直面倒だ。見た目などほとんど気にしないが、以前自分で適当に切った時に友人に爆笑されたことがあるので、仕方なく馴染みの店に切りに行くことにしている。
こういうことにお金を使うのは勿体無い気がしないでもない。友人が聞いたらまた呆れられそうなことを思った。
(お前、もう少し格好とか気にしろよ。顔はそんなに悪くないんだから)
昔から洋服や髪型に関心が無く、よく言われていたことだ。3日前に会ったときにも言われた。
(お前らしいといえばらしいけど)
苦笑しながら続けられた言葉は、小学校からの付き合いの長さを感じさせる。よく理解されていることに恥ずかしいやら悔しいやら複雑だった。自分でも、もう少し気にした方がいいとは思う。だが興味が持てないことに関してはどうしようもない。動きやすくて清潔ならいいじゃないか、と思ってしまう。これが僕の性質であると、半ば諦めている。
(でもな…)
苦笑から急に真剣な顔に変わった彼の雰囲気にただならぬものを感じ、視線を向けると
(見栄えがよくなきゃ可愛い女の子にモテないぞ!)
力強く言い切られた。
まあ予想はしていたが、なんだか脱力してしまう。
その後、女の子と仲良くなるためにいかに努力が必要かや、彼の恋愛に対する熱い(暑苦しい)想いや妄想について、彼の悲しい経験(愚痴)を交えながら延々と語られた。まあ、いつものやりとりではある。それを毎回きちんと聞いている僕は自分でも偉いと思う。なんだかんだで彼の話は面白い。知らない間に悲しい体験談が増えているというのもあるかもしれないが…。よくまあそんなに新たな経験談がポンポン出来るもんだと思うと、厭味ではなく感心してしまう。
本当に良いやつだ。僕の世界は狭く限られてしまった。話す内容はアレだが、それでも今まで浮いた話がなく、社交的ではない僕を心配してくれているのだ。家にこもってほとんどの時間を過ごしている僕を心配してくれているのだ。
僕は一人では外に出られなくなってしまったから。
ため息をまた吐き、朝食の準備をしに台所に向かった。