プロローグ
目を瞑り、聞こえてくる音に耳をすまして、何をするでも考えるでもなくそこにいた。
「春華」
突然名前を呼ばれ、驚いて声が聞こえたほうに顔を向ける。
「あ、悪い、驚かせたか?」
驚いた雰囲気に気付いたのか、男が詫びる。
「大丈夫、少しびっくりしただけ」
声の主に見当がつき明るい調子で返すと、彼はほっと息をつき静かに隣に腰をおろした。
「雨の音…聞いてた」
「雨?」
「そう、雨。また降り出したみたいだから」
「そっか…」
それだけを返し、男はしとしとと降る雨の音を聞きながら、何かを考え込むようにじっと黙った。
そんな彼の様子を怪訝に思い尋ねた。
「どうしたの?」
「ああ、いや、その、」
彼は躊躇うように口籠り、また黙った。
名前を呼び、先を促してみるが彼は黙ったままだった。
その後しばらくお互いに黙ったまま沈黙が続き、また雨の音に耳を傾ける。
梅雨に入ったこの季節、安定しない気候が続いていた。
雨は特に嫌いでは無いが、長く続くと陰鬱な気分にさせられる。
このまま止まないのでは無いかと少し不安になる。
止まない雨に閉じ込められて、暗く沈んだ淀みの中に飲み込まれ、暗闇に溶けていって
しまうのではないか。そしてそのまま…
「あのさ」
暗鬱とした思考に浸りかけて、ようやく発した男の声に我に返る。
「えっと、」
また黙りそうになる男を、静かに待つ。
「…これからお前どうするんだ?」
少しの逡巡のあと覚悟したように男は言葉を続けた。
なんとなくこの質問は予想ができていた。男とは短くない長さで友人として付き合ってきた。彼の性格からして、これほど話すのに躊躇う内容なんて他に思いつかなかった。しかし、予想はしていたが答えられるわけではなかった。
「…どうしようか?」
苦笑しながら、反対に質問してしまった。答えを期待してるわけではない。
本当にどうすればいいのかわからなかった。
たった一人の大切な家族を失い、独りになってしまったのだ。
自分を支え助けてくれた掛け替えのない人の喪失に、僕は途方に暮れていた。