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有磯の海~とるかとられるか~  作者: 逢七


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④子不知トンネル

「ねえねえ、一太(いった)くん、グミ食べる?」

いつの間にか、女子二人の間にちょこんと座った少年に、江梨花(えりか)は持っていた小袋をぱかっと開けた。

「いいの?」

「いいよぉ。遠慮しないで。」

「じゃあ、食べる。」


ふふっと笑って、江梨花は身を乗り出した。

蒼空(そら)大河(たいが)は? いる?」

「・・・・・。」

「あ、じゃあ、俺、もらうかな。」


ずっと黙ったままの蒼空を横目に、江梨花がくれた一粒のグミを口に放り込むと、葡萄味のそれは、ずっと残る胃のむかつきを少し和らげてくれるようだ。


「なあ、蒼空。そろそろ切り替えようぜ。」

カーブに合わせてハンドルを緩やかに切りながら、蒼空をちらと見るが、相変わらず険しい顔だな。

「俺は、切り替えられねぇよ。だって、こんなの、おかしいだろう、絶対に。ありえねぇよ。お前は、そう思わないのか?」

「まあ、怪しいは怪しいけどさ。」


バックミラー越しに後部座席を見れば、もぐもぐと口を動かす一太の手を取り、甲斐甲斐しく世話を焼くまゆこが映る。その姿は、今日初めて会ったばかりの子に接するには、異常なのはたしかだ。

いや、そもそも、すんなりと俺らについてくる一太が異常なのか?

それとも、いつのまにか警戒心の薄れた俺が異常なのか・・・、

あれ、よく分かんなくなってきたぞ。


リズムよく動くワイパーと、それにつれてはっきりしたりぼやけたりする雨の世界に、ともするとスピード感が失われそうで、俺は運転席のメーターにこまめに目を落としながら、一太に聞いた。


「なあ、一太。お前のお父さんがいるって工場、青海(おうみ)の化学工場か?」

「おうみ?・・・ぼく分からない。」

一太は申し訳なさそうに、ふるふると首を振る。


「・・・そうか。う~~ん、あれだよ。夜でもぴかぴか光ってる、おっきい工場。」

「・・・おっきくて、かっこいいの・・・?」

「まあな。」

「うわあ! じゃあ、僕もそこについてく!!」


はあ、まあ子どもに聞いても、わかんねぇか。それにしても・・・。

バックミラー越し、ぱあっと目を輝かす一太を見ていると、思い出す光景がある。




あれはいつだったろうか。

母さんと二人、家に帰る途中の車窓、あたりは暗く、眠くてうつらうつらとしていた俺の眼に飛び込んできた、突如として現れた明るい場所。

銀色いぴかぴかの建物が建ち並び、たくさんの高い煙突がそびえていて、夜なのに煌煌と明るい中を縦横無尽に走る配管、それらを支える鉄枠には赤や白、金色の光が点滅していた。

テレビでも見たことのないような近未来的な夜景と、ガラスに映る、星屑を撒き散らしたような俺の瞳――――。


もう一度バックミラ-を見れば、一太は何が嬉しいのか、にこにこと微笑んでいた。





「大河、おい信号青だぞ。」

「あ、ごめん。」


横からの不機嫌な声に、俺はワイパーを最速で動かして、信号横の青い案内標識『糸魚川・青海』を確認する。

『隣町の工場』といったら、大きなものは、その化学工場か発電所くらいしかないし、夜も人がいるとなれば、前者が濃厚だろう。


「トンネルに入るぞ。」


入口すぐの一撫ででワイパーを止めると、トンネル内部の全貌が見えた。

丸い半弧の天井、反射板もないコンクリートそのままの仕上げに、高速道路と違ってぽつぽつとしかない照明。俺たちの前にも、反対車線にも通る車はいない。


想像してた以上に、暗いな。


俺はふっと息を吐いて、ハンドルを強く握った。


「一太くん、怖くない? お姉ちゃんの手、もっとちゃんと、握ってていいよ。」

「うん、ありがとう、お姉ちゃん。」

「あ、一太くん、うちのも、握るぅ?」

「うん、江梨花ちゃんも、ありがとう。」


はあ、馴染んでやがる。


ちらりと見たバックミラーには、そんな一太の頭越しに、小さくなったトンネルの入り口が映っていた。


よかった、なんとかここまで来たな。

このトンネルを抜ければ、海に出て、それからすぐに青海の工場が見えるはずだ。


――――と一息ついたそのとき、鏡に映った半月にぴかっと目映い光が走った!!

そして次の瞬間、ばりばりばりぃっという轟音が、筒状のトンネルへとこだまする!!


「え、なになになに? 雷!? ちょっと! 怖いんだけど!? もぅ、い・・・・きゃあっ!!」


江梨花の叫び声の後か先か、ただでさえ数少ないトンネルの照明が一斉に消えた。


「えっ、なに? なんなのっ? 停電っ!?」


車のライトのみが頼りのトンネルはまるで深海の底だ。

息苦しさと共に、俺は、自然と強くアクセルを踏んでいた。


なんとか、早く、抜けないと・・・!

このトンネルは、そんなに長くないはずだから。




カーナビのテレビも、トンネル内のせいか県境のせいか、映像が止まってしまってる。

車内は不自然に無言で、ちらりと横を見れば、ナビのライトを浴びた蒼空の青白く緊張した顔、バックミラーには、恐怖に飲まれたままの江梨花と、一太を守るように抱き付くまゆこ――――。

そして、一太と、目が合った!!



瞬間ぞくぞくぞくと、全身に悪寒が走る。なんだ・・!?


「・・・は・・」

息がもつれそうだ。


喉仏がごくと大きく動いて、ひとすじの汗が毛羽だった首筋を流れ落ちた。

一太の微動だにしない眼球が、俺を捉えている。



『気を付けろ 始まるぞ』



頭の中にがんと直接響くような声がして、俺は大きく眼を見開いた。


・・・は、いったい、なにが・・・・!


すると次の瞬間、車のライトがすーっと消えていく。

俺は咄嗟にブレーキを踏んで、ききぃっという音とともに、車が停止した。


「た、大河あっ!! 何、やってんだよ!? 早く、行けよ!!」

「ごめん、でも、ライトがっ!」


ぱっぱっぱっ・・・。車内灯が規則正しく点滅を始める。

ジ・ジジ・ジ・・。カーナビの画面にノイズが走る。


いったい、何が、始まる、って言うんだ・・・!?





「・・・・・蒼空、くん。」

『始まり』は、その声だった。


地の底から響くような、声。

ぎくしゃくと振り向くと、下を向いていたまゆこの顔がゆっくりと上を向いてくる。点滅する車内灯の下の、真っ赤に充血した目と、血の気のない白い肌。


これは・・・誰だ?


「―――あなたは、またわたしに、我慢しろって、そう言うの?」

「まゆ、こ?」

「―――わたし、は、ずっとあなたを待って、いたのに。」


まゆこの視線を浴びた蒼空は顔をひきつらせ、そして、甲高い不機嫌な声で喚いた。

「は、あっ? 急に、何、なんだよ!? こんなときに、いったい、何の話だよ!?」


「―――あなた、のために、子を失くしたわたしを、あなたは捨てるというの?」

まゆこの、心を搔きむしるような声。

がっと目を見開く蒼空に、室内灯で橙に染まった涙が、ぼろりぼろりとこぼれた。


これ、は、ほんとうに、まゆこなのか?

子を失くしたって、いったい・・・。


「ね、ねぇ、まゆ、こ? ねぇ!蒼空っ!? いったい、どういうこと!?」

まゆこの腕に縋りついた江梨花を、まゆこは見向きもしないで、ぱんと払う。


「う、嘘を言うな! 俺は、知らないぞ!! お、お前が勝手にしたことじゃないか!」

激高した蒼空が叫ぶ。まゆこの手が蒼空に向かって大きく真っ直ぐに伸びた。

「勝手に!? わたしが、どんな気持ちで・・・・・っ」


「おい、まゆこっ!」

「ね、ねぇ、まゆこ・・!? もう止めてっ!!」


蒼空の首へと伸びたまゆこの腕に、俺も江梨花も必死で手をかけるが、まゆこの腕は固くびくとも動かない。それどころか、そのままの体勢で、まゆこは江梨花に顔を向け、にこりと微笑んだ。


「―――ねぇ、江梨花、こんな男に媚びるなんて、あなたもはしたないわよね。」

まゆこは蒼空の首からゆっくり手を放すと、その手で自らの髪に触れる。そして大切そうに、手櫛で髪を梳かし始めた。


ごほごほと蒼空が咳き込み、江梨花の息を飲む音がした。


「わたし、は、何も知らなかった、わ。」

「―――ええ、そうよね、あなたは。」

沈黙した車内に、くすくすと笑うまゆこの声が燻っていく。




ひゅーひゅーと浅い呼吸を繰り返す蒼空の背を撫でながら、俺は唇を噛んだ。


ああ、頭ががんがんする。

いったい、どうしてこんなことになってるんだろう。

海岸で、俺はまゆこに『言いたいことは言え』たしかにそう言ったけど、こんなこと望んではなかった・・・。まゆこには、何かおかしな力が働いてる。でも、彼女自身の口で言ってしまったことを思うと、無性に悲しかった。


「・・・しっかり、しろよ! まゆ、こ。 お前の望みは、こんなこと、なのか?」

「――――・・・? たい、が。」


機械のような発音をして、まゆこの、髪を梳いていた手がぴたと止まる。

白い胸ポケットできらり、と緑色の何かが光った気がした。


これは、まゆこ、か?


俺は慎重に、彼女へと手を伸ばす。

「なあ、まゆこ・・・。正気に戻ってくれよ。俺たち友達だろ? それに、子どもの、一太の前、なんだぞ?」


さっき、一太の前で笑ってた彼女に戻ってほしい。

それに、俺たちは、なんとかして早く『ここ』を抜けださなきゃいけないのだ。

なのに――――。


「う・・・、はぁっ・・・、子、ども? 何、言ってんだ、大河。それより、お前、そのまま、まゆこを抑えとけよ?」

「うぅ・・ぐす。大河が、そんなことを言ったって、もうわたしたち、どうしようも、ないやん。」


はあ、もう、こいつら、ほんとに、頭がおかしい。

いや、おかしいのは俺、なのか?

たしかに後部座席にいたはずの一太が今はいないし、それに蒼空と江梨花は、一太を知らないみたいに言うし。

さっきまでのことは、夢だったのか? いや、そんなはずは・・・!


俺はぶんぶんと頭を振った。


ぼぅっとした頭で、ぐるぐると周りを見回すと、車内の熱気と、雨で急激に冷えた外気で、窓ガラスが曇り始めている。


「いち、太・・・。」

俺はその名を呼ぶ。


正直、俺だって怖ぇよ・・・、でも、やっぱり確信があるんだ。


すると、ぼんやりとした視界の外に、小さな子どものシルエットが浮かび上がるように見えてきた。

「一太、か?」



『気を付けろ。次、だ。』



頭の中にまた声が響いた。


黙り込んだままのまゆこを放し、俺はぐっとハンドルを握り直す。

瞬間、ぐぅん、と車が動いた。


ブレーキは踏んだままのはずなのに、オート走行のように走り出す車。

照明が照らす明るいトンネル内。

バックミラーには、黒Tを着た男と、彼にぴたりと身を寄せる女性が映っている。


なんだ、これ・・・? なんの、映像、だ?




「ねえ、ヒロユキ。あたしたちのこと、まだマユミに言ってなかったの?」

「ばか。大きな声出すなよ。」

「ふふっ、ばかねぇ。聞こえるように言ってるに決まってるでしょ?」

「おい、やめろって。危ないだろ?」

「ふふっ、か~わい❤️」


じろりとバックミラーを見れば、彼の首に手を回した彼女の好戦的な眼が『俺』の眼を捉えて、愉悦の色を浮かべた。


「ほんとうに『良い子』よねぇ、マユミは。あたしとヒロユキの仲も知らないで、こんなところまで来ちゃうんだもの。さっきの肝試しだって、あたしが怖がってるからって譲っちゃって、一人で我慢してたでしょう。ほんと健気で面白かったわよねぇ? あ、でもぉ? これでばれちゃったんだったわ、どうするのかしら?」


『俺』は、筋がきしむほどにハンドルをぎゅうっと握っている。

他人事なのに、頭の中が沸騰しているみたいだ。


「はあ、サエコはほんと、良い性格だな。」

「あら、それが好きなくせに。」

「まあな。」


にやと笑う男の口に、『俺』の頭は、真っ白になった。


「ね? マユミ。教えてあげる。あたしがヒロユキに言ったの。『あの良い子ちゃん、なんとかしてちょうだい』って。だからぁ、ねえ。ふふっ。あなたも楽しんだのでしょう? ヒロユキ。」

「・・・ああ、まあな。」

「あら?・・・まあ、なにその返事? え? まさか、本気で口説いたわけじゃあ、ないわよね?」


『俺』は、彼がくれた翡翠石のネックレスを胸元で握りしめている。


「ふ、ふふっ。まあ、いいわ、それでも。ねぇ、ヒロユキ❤️ こっち向いて。」


そして、ちゅうっと音を立てるほどの濃厚な口吻を交わす二人の姿から目を逸らして、『俺』は、オーディオからちょうど流れていた歌詞を口ずさむ。

『・・・地獄の果ては恋路の都・・・』


そうしてハンドルを握り直して――――、そして、大きく右に切った。




トンネルを抜けたばかりの路面は、今までの大量の雨を含んで、照明灯の下でてらてらと黒光っている。

急ハンドルによって横滑りをしたタイヤは、海の上に張り出した高架橋の欄干から飛び出した!!




白波の立つ黒い海面が近づいてくる。

それはすごく甘美な光景で、耳奥に届くサエコとヒロユキの悲鳴でさえも心地良くも感じる。




「抱きしめて私を」

呪文のように呟くと、波は数多の白い腕になって、『俺』たちを迎え入れた――――――――。




読んでいただき、ありがとうございます!


フィクションのため、地理的な位置関係(トンネルの位置や数など)は、事実とは異なっています。

ご了承ください。


それにしても、ホラーって、難しい!!!!

『水』の表現だけでも、及第点、もらえませんかねぇ、はあ・・・。


次話は1日空けるかもしれません。

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