③海の見える道の駅
「みんな、ごめん。高速の通行止め、目処が立ちそうにないって。」
俺たちは海を出た後、高速で山越えをしようと親不知ICに向かったが、入り口にはゲートが閉まり、赤い棒ランプを持った職員に国道へと誘導された。
工事中か事故なのか、ネットの高速道路情報を調べてもなぜか『現在調整中』の表示だ。
しょうがなく、俺らは、そこからすぐ近くの道の駅に車を停めた。
「ちょっと情報収集してくる。」
「うん、ありがと、大河。うちらはちょっとお手洗い。」
「あ、じゃあ、俺も~~。」
高速道路の橋脚の間に小さな建物が分かれて建っている。
そのひとつ、案内所に行くと、俺らのほかにも新潟へと向かうドライバーや家族連れなどが何組かいて、掲示されたデジタルボードを不安そうに見上げていた。
「事故らしいっす。」
宅配業者の制服を着た男性が、スマホを片手に、隣の年配の男性に話しかけていた。
「事故ぉ? だいぶひどいんか?」
「近くの営業所に問い合わせたんですけど、この先のトンネルで大型トラックが横転してるんだそうで、新潟方面が全面通行止めらしいっすね。」
「ほんとか! そいつぁ、参ったなぁ。」
「トンネルの中の事故ってことで、重機が来るまで何もできんから、ひとまず下道に車を回してる間に、上りのトンネルを片側通行にするとか、なんとか。」
そこまで言ったところで、携帯電話に着信のあった男性は、場を離れていった。
「はい。○○運輸のイトウです。はい、あ、すいません。道路が通行止めになってまして・・・」
そんな声が聞こえてくる。
それを機に、集まっていた人々も、ざわざわと駐車場の各自の車へと散っていった。
はあ、まじかぁ。
そんなわけで、俺は、ちょうどトイレから戻ってきた蒼空たち3人と合流し、今し方聞いたことを報告したのだった。
「とりあえず、下道から行くしかないかな。」
「どのくらいかかんの? お前ん家、糸魚川ってとこだったな、たしか。」
「高速で15分、下道だと倍の30分くらいかな。」
「じゃあ、たいして変わんなくねぇ?」
「まあ、そうなんだけど・・・。」
言葉を濁した俺の様子に何かを感じ取ったのか、蒼空が肩に腕を回してくる。
「なになに、大河くん? いつもと様子が違うじゃん。」
「あ~~~、あんまりいい思い出がないんだよな。トンネル暗いしさぁ、海が近いから。」
「ん~~? それだけかぁ?」
「うっせぇ。それだけだって! ただ、なんつぅか、何かに追われてるような気分になるってゆうか・・・。」
「・・・こっえぇ事、言うなよ。お前って、そんなに霊感強かったっけ?」
「や。俺だって初めて聞いた単語だよ、それ。」
でも、現に、なんか胸がむかむかするというか、背筋がぞくぞくするというか・・、おかしいな。
ざらざらと二の腕を撫でていたところで、ぐいと蒼空が俺の背を押した。
「じゃあ、運転手くんもびびってるし? なんか食べて、身体あっためてから、行きますか!!」
「おい、蒼空。」
「お、ちょうどあっちに、ドライブインが!!」
「ごはん♪ ごはん♪」
江梨花が軽い足取りで俺らを追い抜かしていく。
「田舎のドライブインだぞ? 麺類くらいしかないって。」
「いいんじゃない? それって、逆にエモいかも。」
「まゆこも!? ・・・はあ、しょうがないなぁ。」
なんだかんだ言って、俺のことも気遣ってくれる、優しい奴らなんだ。
俺は蒼空に押されるままに、女子二人の後を追った。
古びた窓際のカウンターテーブル、食券と引き換えに渡された丼の載る朱色のトレイを、俺たちは並べて置いて、黒い丸椅子に座る。
店は閉店間際で、客は運送のドライバー数人と俺らだけ。花柄の三角巾を付けた小柄なおばちゃんが、「食べ終わったらそっちに運んでな。」と無愛想に言っていた。
「ねえ、蒼空のそれ、美味しそうやん? ちょっと分けてぇ。えい。」
「あ、こら、江梨花。」
「ふふん。あ、うま。」
「しょうがねえなぁ。まゆこも、食うか?」
「ううん。私は大丈夫。」
もう勝手にしろ、という感じの会話が繰り広げられている隣で、俺はひとり、ずるずると麺をすすった。
それでも、魚介の味が利いた出汁は、空腹に染みてやけに美味かった。
早々に食べ終わって隣を見れば、さっきまで騒がしかった江梨花の、ふうふうと息を吹きかけながら、一生懸命に箸を動かしている姿が目に入る。
思わずふっと口元が緩んで、やば、と視線を戻すと、テーブルの前の窓ガラスに小さな水滴が落ちた。
「あ、雨だ。」
「え、まじで? わあ、ほんまや。」
最初は気づくかどうかだったその雨は、あっという間に本降りになっていく。
そして皆が食べ終わる頃には、店内からも、ざあざあという音が聞こえるくらい雨足が強くなっていた。
「大変だな、これ? 車まで行けそう?」
「ああ、高架沿いに走れば、なんとか。」
俺らは店を出て、高速道路の高架橋の下、ショップ(閉店済)、案内所、自販機と戻り、次の観光案内看板の前から、ざあざあ降りの中、車へと走った。
「はい、大河、蒼空。」
「ああ、ありがとう。」
後部座席の江梨花とまゆこが、荷物から出してくれたタオルで雨に濡れたメガネをさっと拭き、頭からタオルをかぶった。その下でスマホを開く。
「高速、開通してないかな? はあ、やっぱりまだ事故処理中だな。通行止めだ。」
「そうか。じゃあ、しょうがねぇな。」
髪を拭くのも早々に、助手席の蒼空はスマホのメッセージを確認している。
だったら俺もついでにと、LINEで『母』を開くと、先の通話の後に送ったらしい『おかえり』の無料スタンプが既読に変わった。
そういえば、母さんが「土砂降りだったら下道で来たらあかん」って言ってたっけ?
でも通行止めだし、どうしようもないよな。
俺は『これから向かう』というメッセージを送って、
「よし、じゃあ、行きますか!」
そう声をかけて、車のエンジンをONにした。
グィンという起動音とともに、車のライトが、大きく雨の爆ぜるアスファルト路面を照らす。
その光は伸びて、遠く橋脚下の案内看板まで届いて―――――――!?
「「ひっ」」
――――光の先には、看板の下には、蹲る小さな人影。
同時に息を飲んだ男二人の異変に、すぐさま後部座席の江梨花が反応した。
「えっ、なになになに?・・・・・・へ? い、ひ、ひゃあぁぁぁ!!」
「た、大河・・・、大河ぁ!! お、おい、いいから、逃げようぜ、早くっ!」
「あ、・・・ああ。」
助手席の蒼空の声で、はっと我に返った俺は、急いでギアをPからDに変えて、アクセルを踏んだ。
「ま、待って、大河っ!」
まゆこ!?
その声に、また右足をブレーキペダルに戻す。
「あれ、一太くんだわ!!」
「はぁっ? 一太!?」
まゆこの指差す先、おそるおそる目を向けた光の中に立っているのは、たしかにさっきヒスイ海岸で出会った少年だった。
――――なんでこんな時間、こんなところに、あの子が?
「おい、やばいってぇ、ぜったい。 行こう、いいから、行こうぜっ?」
蒼空の言うとおりだ。
こんな状況、違和感しかない。
俺はこくと頷き、もう一度アクセルに――――。
「ダメっ、大河! ・・・わたし、降りるっ。聞いてくるからっ! お願い、待ってて!」
「まゆこ?」
「ダメだ、まゆこ! ほっとけ!!」
「蒼空くんはっ・・・、もう、黙ってて!」
雨の中、スライドドアの隙間から飛び出したまゆこは、1直線に一太の元へ走る。
俺は、慌ててギアをPに戻し、茫然とする蒼空と助手席の背凭れにしがみつく江梨花を残して、まゆこの後を追った。
「ねえ、一太くん。こんなところに、なんで一人でいるの? お母さんは?」
雨に濡れて毛先から雫を流すまま膝を落とし、少年と目線を合わせるまゆこに、一太はぱちぱちと瞬きをした。
「お姉ちゃん。」
「うん、そうだよ。」
「お姉ちゃん?」
まゆこを認識した一太は、俺にも分かるほどに安堵の顔をした。でも気丈にも一滴の涙も流さず、ぎゅうっと小さな掌で自らのTシャツの裾を握りしめる。
「一太くん。もっかい聞くよ? どうして、今一人なの? お母さんは、どうしたの?」
「・・・・・。」
「一太。」
そう声をかけた俺をちらりと見て、一太はようやく口を開いた。
「・・・お母さん、は、隣町の工場に、お父さんに会いに行ったんだ。えっと、僕は、今日は行っちゃダメって、そう言ったんだけど、お母さんは、ちっとも僕の言うことを聞いてくれなくて。それで」
「それで、置いていったって言うの? こんなところに?」
「違う! そうじゃなくて。・・・僕が、勝手について来たんだ。・・たくて。」
一太はだんだんと下を向いていき、最後の方はうまく聞き取れないほどの小さな声になって、肩を竦めた。
その様子に俺とまゆこは顔を合わせる。
「ねえ、一太くん。でも、こんな時間に子供が一人で危ないの、分かるよね?」
こくん、と頷く。
「ねえ、どうしよう? 大河。」
まゆこが困ったように、眉を垂れた。
「なあ、一太。お母さんは、お前がここにいること、知ってるのか?」
ふるふると首を横に振る。
俺はもう一度まゆこと目を合わせ、あたりを見回した。
夜でも分かるくらいに厚い雨雲、当分雨は止みそうにない。
高架橋の下に取ってつけた外灯が、きれいな弧を描き、眩しく光る自販機と案内所をかろうじて結んでいるものの、その先のショップとドライブインは、いつの間にか闇の中だった。
反対側にはトイレ、そして駐車場の真ん中にぽつりとある俺らの車の奥の国道には時折車が行き交うものの、奥まった薄暗いこの場所に、この先立ち寄る車など、果たしてどれほどあるだろうか。
頭の中ではずっと警鐘が鳴ってる。
でも、こんなところに、小さな子供をひとり置いていくなど、できるわけがなかった。
「まゆこ、いったん車に戻って、警察を呼ぼう。」
「う、うん。・・・そうだね。・・・行ける? 一太くん。」
そう言ってまゆこが差し出した手の先に、一太はそうっと掴まった。
一太を連れて車に戻った俺たちに、蒼空はすっかり黙りこんでしまった。
そんな蒼空を横目に、110番をかけた先では、けれど、ツーツーツーという通話音が続くばかりだ。
「おかしいな。なんで、出ないんだよ。」
もしかすると、高速のトンネルで大きな事故やらがあったせいか? ついてないな。
「どうすんだよ、大河ぁ。」
何度か掛け直した後、蒼空がしびれを切らして言うけど、俺だって困ってるよ。
すると、ドアに身を摺り寄せ、そこから、ちらりちらりと一太の全身を観察していた江梨花がそうっと手を挙げた。
「ねえ、一太くんのお母さん、隣町の工場に行ったんでしょ? そこ行ってみるんはどう?」
どうしようかとまゆこを見れば、濡れた一太の髪をタオルで拭きながらが頷いてる。
「・・・しょうがないな、そうするか。いちお、メッセージは残しとこうぜ。」
「そうだね、待って。紙出すわ。・・・・えっと、『一太くんのお母さんへ 一太くんとお父さんの工場に向かいます。心配しないで下さい。』こんなでいい?」
バッグから取り出したフセン紙とカラーペンを手に首を傾げるまゆこに、江梨花が吹き出した。
「ぷはっ。なんか、うちら、誘拐犯みたいでない?」
「ええ~~っ!そうかなぁ。じゃあ、一太くんも、何か書いとく?」
「うん、僕も書くーー!!」
そうして書かれた2枚のフセン紙、そして念のためにと書いた俺ん家の電話番号。
それらを、まゆこの持ってたマスキングテープで案内所のドアの内側に張って、俺は「うまく解決しますように」と両手を合わせた。
「よし、じゃあ行くか!」
誰もいない道の駅、わざとらしい大声で言って、俺はまた、ざあざあと降りしきる雨の中を走った。
――――そして1台の車が去り、静まる駐車場。
雨風はいよいよ強まり、ざざんざざんという波音とごぅごぅといううねりが押し寄せる。
案内所の入口には、ピンク、水色、黄色の三色のフセン紙が、ドアからの隙間風で時折はためいていた。
長い話を読んでいただき、誠にありがとうございます
モデルの「道の駅」親不知ピアパーク に、ドライブインはありません、たぶん、おそらく?
昔行ったっきりなので、現在の状況はストリートビュー頼み
うん。こんなもんです
そう、あくまでもこれはフィクションだから、なんでもありなのです
地元の方には、ほんとごめんなさい
とりあえず、なんとか完結を目指すのみ




