②ヒスイ海岸
間もなく到着したキャンプ場の駐車場から、俺らは砂浜へと歩み出た。
8月下旬の夕方となると海水浴客ももうほとんどなく、キャンプ泊の数組がいるのみの広い海岸だ。
砂浜というよりは砂利浜といった感じのそこを、スニーカーでざぐざぐと歩く。
ところどころに、どこからか流れ着いた折れ曲がった木の枝やごろごろとした玉石が転がっていた。
海が目に入ったとたんに駆けだした江梨花とそれを追った蒼空が、波打ち際ではしゃいでいる。それを見ながら、俺は誰かが持ってきたのか元からあったのか分からない、大きな石群を見つけ、座った。
「まゆこも座れば?」
そう声をかければ、きょろきょろと辺りを見回していた彼女は1mほど離れたところにある石を手で払って、下腹部を気にしながらゆっくりと腰を下ろした。
「まゆこも一緒に行けば、よかったのに。」
そんなに焦がれた目で見てるくらいならさ。
「そんなに行きたそうに見えるかな?」
「ああ、見えるね。・・・てか、あれ、ほんとに放っておいていいの?」
波を避けようとバランスを崩した江梨花が、蒼空の胸元に抱き着いている。
安っぽい青春映画のような光景に、ああ、と俺は呻いて足元の砂を掬って投げた。
まゆこは、何を考えてるのか、へらと笑って、俺と同じように砂を掬いあげる。
「放っとくもなにも、わたしは蒼空くんとは、もうそんな関係でもないし。」
「ふうん?」
去年の夏、たしかに二人はお互いに好意を持っているように見えた。そのあと、付き合ったとか別れたとか、そんなことは二人とも何も言わないから、たしかに公には変わらない関係なんだが。けどなぁ。
何て言っていいかも分からずじいっと見ていたからか、まゆこはにっと笑って、掌の砂を俺に向かって撒き上げた。
「あっ、ちょっ、まゆこ、てめ。」
「あははっ。大河のその顔!! てか、メガネがあるから、セーフじゃない?」
「メガネがあるから、じゃねぇよ。・・・まったく。」
ぱらぱらと頭を振って、メガネを外して傷を確認するが、どうやら大丈夫みたいだ。
ほっとして掛け直すと、クリアな視界に微笑むまゆこがいた。
「はあ、ほんとにもう・・・。てか、言いたいことがあるなら、ちゃんと言った方がいいと思うぞ。」
「・・・・・大河ってさ・・・、なにげに優しいよね?」
「はあ、そんなことを言ってるんじゃなくてさ。いつまでもそんなんじゃあ、俺が、むかつくんだよ。」
さっきの廃墟でだってそうだし、今もさ・・・。
蒼空たちを見ると、もう完全なる二人の世界か? ハグしたままに何かを囁き合っている。
ちっと思って、また砂を投げた。
「・・・・・ありがとね。大河くん。」
その言葉には返事をせず、俺はもう一度足元の砂を掬う。
「・・・なあ、そういえば、まゆこ、さ。知ってる? この砂、翡翠が混じってんだよ。」
「・・・ん、まじで? ヒスイ海岸だけに?」
「そうそう、まじで。ほんとかは知らないけど、大昔はごろごろ転がってたんだって。今はこう掬った中にあるかないか、らしいけど。」
さっき掬った掌の砂山をゆらゆら揺らすと、指の間からざあざあと表層の砂が、地面へと落ちて行く。掌が見えるほどになったその中に、目当てのものがあった。
「あ、ほら、見つけた。」
「え? どれ? ええ~~、分かんない。」
「これだよ。このなんとなく緑ぃの。」
「え、これ? ちっちゃくない?」
「だよなー。こんなもんなんだよ。生きてるうちの奇跡なんてさ。」
「あはっ、やだ、大河ってば、哲学的。」
くすくすと笑いながらも、まゆこ自身、両手いっぱいに砂を掬って、翡翠を探し始めている。
BwBww BwBww
「あ、ごめん、電話。」
ちょうどそのときポケットの中が振動して、取り出してみると『母 真弓』の表示だった。
「ごめん、ちょっと出てくる。」
俺は、LINEの通話を押しながら場を離れ、声が聞こえないほどの距離まで行って、スマホに耳を当てると、慣れた大声が鼓膜に響いた。
「ああ、大河。やっと、出た。」
「ごめんごめん。」
「今日来るゆうとったが、まだ来んが?」
「今、ヒスイ海岸とこにおる。夕飯、食べてから、行くから。」
「たしかにそう言うとったけどな。こっちの準備いうもんもあるやろ、ちゃんと連絡しなさい。」
「はいはい。ちょっと遅なるけど、悪いな。」
「よう分かっとるが。ほんとに、あんたはいっつも・・・。」
はあ、始まったか。
耳から画面を離してしばらく聞いていたが、小言はなかなか終わりそうにないな。
「うん、じゃあ、分かったから。もういい? とにかく、そっち向かうとき、また連絡すっからよ。」
「はいはい。ほんと頼むちゃ。(ジ・ジジ・・)」
「ん? 音おかしいな。」
「・・・ああ。ここ県境だし、周波数の影響かも。いつものことや。(ジ・ジジ・・)ところで、3人来るって話だったけど、恋人はいないだろうね?」
「・・・は?」
「だから、恋人同士は、いるのかって。」
「・・・はぁ、いったい、何だよ。変なとこ気ぃ回してさ。おらんよ、そんなん。」
「(ジ・ジジ・・)ほうか? それならいいけど。あ、あと、大河。」
「・・・はぁ、まだ何かある?」
「天気悪うなってくるみたいだし、気ぃつけて来るんよ。それから、万が一土砂降りにでもなったら、絶対に下道で来たらあかん。」
「はいはい。気を付けます。じゃあな。」
ぷちっ。返事を待たずにLINE通話をOFFにした。
はあ、疲れた。
ほんとに、いつまで経っても、子ども扱いで困る。
心配してくれてるのは分かるけど。
スマホをパンツの後ろポケットにぐいと差し込んで、俺はまゆこの元へと急ぎ戻った。
「まゆこ、ごめん、・・・・・??」
「大河! 遅かったね。」
「何? この子?」
俺が席を外してる間に、俺が座ってた石の上には、今なぜか見知らぬ男の子が座っている。
8歳くらいの生意気そうな眼をした少年が、俺をじいっと見て、まゆこの白いパフスリーブを引いた。
「お姉ちゃん、このおじさん、誰?」
これは明らかに俺に喧嘩を売っているだろう!!
そんな物言いで挑発する少年をまるっと無視する俺も大人げないかもしれないが、でも、なぜだかライバル心にも似た気持ちがふつふつと沸き上がる感じがするんだ。
「まゆこ、この子、どうしたんだ?」
だから、あえてもう一度聞くと、まゆこは俺と少年を交互に見つつ、俺へと視線を合わせた。
は、俺の勝ち、だな。
「一太くんって、言うんだって。なんか、一緒に来たお母さんとはぐれちゃったみたい。一人で歩いてたから、しばらく一緒にいようと思って。もしかして、あっちのバーベキューの集団かも?」
「ちがうよ! 僕は、お母さんと二人で来たんだ。」
「えっ、そうなの? じゃあ、お母さんは?」
心配そうに少年を覗き込むまゆこに、嬉しそうな笑顔を浮かべるこいつ、何かおかしくねぇか?
どうしても、胃のあたりがむかむかするのを抑えられそうになくて口を挟んだ。
「あのなぁ、お前」
「ねえねえ、お姉ちゃん。もっかい翡翠見せてよ~。」
なのに、少年は対抗するかのように、俺の言葉などガン無視で、まゆこの袖をぐいと引っ張る。
「えっ? うん、いいわよ。ほら。」
少年に向けて開いたまゆこの掌には、大豆大くらいの色鮮やかな翡翠石があった。
「え、すげ。これ、どうしたん?」
「一太くんと一緒に探してたら、見つけたんだ。ね~? 一太くん。」
「うん! ほんとに綺麗だね。お姉ちゃんによく似合う!」
「ほんと? やだ、もう、一太くん、てば。」
「・・・お前っ (# ゜Д゜)」
「あっれ~~~? ちっちゃい子どもがいる。なになに?どうしたん?」
二人のあまりの仲良さに、むっとして睨んだ俺の言葉を掻き消したのは、ちょうど波打ち際から戻ってきた江梨花の目立つ声だった。
水しぶきで髪や洋服がどことなく濡れてよれっとしている江梨花、そしてその後ろには、同じような姿をした蒼空が、何となく気まずそうに立っている。
「あ、江梨花! この子ね、お母さんとはぐれちゃったみたいなの。どうしよう?」
「ん~~? そうなんや・・・。そうやねえ・・・! ねえ、君、お姉ちゃんたちと一緒に来る?」
「はっ? 何言ってんだよ、江梨花!」
咄嗟に遮ったのは、蒼空だった。
「だって、もう夕方だよ? こんなところに一人で置いてけないやん。」
「そ、それは、そうだけど、さ。」
「なに~~? まさか、蒼空、子ども嫌いとか、言わないよね?」
「違うよ。ただ、大河の家の都合もあるだろうし、さ。」
は? こんなところで俺に振るなよ。
そんなことを言った蒼空を俺は睨んだのだけど、気にした様子もなく、すくりと少年は立ち上がった。
「お母さんが迎えに来たみたい。お姉ちゃんたち、どうもありがとう。」
そうして礼儀正しくお辞儀をした少年は、江梨花と蒼空の間を縫うように抜け、子供にしては早い足取りで駆けていく。
その後ろ姿は、50mほど先で立っていたひとりの女性の横に並んで手を繋ぐと、そのまま二人は、夕日に向かって消えていった。
「なんか、あっさりしてるぅ。・・・そりゃあ、ねぇ、お母さんのほうが、いいもんね。・・・なあ、みんな! そうしてるうちに、ほら、ちょうど夕日!! 綺麗やな・・・。」
江梨花が手を翳して見るその先に、陸と海の境界へと落ち行く大きな赤い太陽。
「うん、すごいね。」
「ああ、綺麗だな。」
俺らは並んで、日が完全に落ちるまでその姿を眺めていた。
そして日が沈む。
波は黒く、砂浜は白に、色彩が反転する。
ざざあ、ざざあと打ち寄せる波に、俺の心はざわめいた。
読んでいただきありがとうございます!
モデルの「ヒスイ海岸」は実在します
翡翠は今もちゃんと採れるのかな?
ぜひ知りたいところです




