お前は間違えた
何もない真っ白な状態から、意識がつくと、森の中……視界が滲む。もう一度目を閉じる。そして今度こそ開ける。
光景はクリアになった。黒髪の美しい少女が、顔をのぞきこんでいた。
「……!!」
女の前で情けない声を上げて驚くなど俺のプライドが許さなかった。
「ようやく、目が、覚められましたか……?」
ぎこちない敬語、顔ばかりに意識をとられていたが、ボロボロの衣服の貧相なメイドだ。
しかし、衣服と似つかわしくない華やかな容姿の彼女。
「王様……今、お城が大変です」
「王?」
それは、俺のことだと思いだす。
1週間ほど戦場に出て、信頼する家臣から敵が暗殺部隊を拠点に送り込んだ情報を持ってきた。
護衛を伴うよりも変装し、夜の間に1人で逃げるほうが確実だと判断して……
「それよりも城で何があった?」
「あなた様が戦に出られてから、3日ほどで、お城は貴方の叔父上によって乗っ取られてしまいました」
ようやく記憶が蘇ってきた。
「ならば取り戻すしかあるまい……」
「お供させてください!」
間髪入れずに、頭を下げて懇願する。
「……何か企んでいるのか?」
初対面でなんの力もなさそうな女が、城を追われた元王についてくるはずがない。
考えられる可能性は叔父の手先……あるいは相当の馬鹿だ。
「王様は一介のメイドなどお忘れでしょう……ですが親に捨てられた私めを城で雇ってくださり……あと、お顔がタイプです!」
とってつけたような建前の後に、反応に困る本音。
……これが演技なら騙されても本望だろう。
「馬鹿が……まあいい」
メイドのおかげか、冷静になった。
あのまま一人でいれば怒りに任せ、1人で真正面から城に殴り込みなどの無謀な真似をしていたはずだ。
「ああ、名はなんという?」
「ティアといいます」
まずは城に入って現状を確認する。ただの兵士として甲冑をつけて見張りの交代を申し出る。
「そろそろ交代しないか」
「まだ1時間もしてないが、いいのか?」
あっさり門番になりすませた。後はもう一人が消えてくれれば……仕方ないな。
「腹がいてぇ……」
「おいおい便所行ってこい」
「けどよ……」
「ま~暇すぎておれ一人で十分だ」
(城を奪ったばかりだというのに油断しすぎではないか?)
城に入り、ティアの案内で人目を避けながら使用人の服を拝借することができた。
とんとんすぎて怖いくらいに事が早く済む。
「あれは……」
「しー……かくれてください」
金髪の令嬢が侍女を伴って歩く。物陰にかくれててやり過ごした。
「今のは王様の婚約者カシェ様です。ソウツティ家は隣国の伯爵家で……新たな王である叔父上……サイクとの婚姻が決まりました」
「……」
俺は会ったこともないはずの令嬢だが、本来は妻になることが決まっていた女、ならば向こうが一方的に俺の顔を把握している可能性もあり、顔を見られるとまずいということか……
いや、令嬢よりも城内のあらゆる人間にバレるほうがまずそうだが?
「ワインをお持ちいたしました」
「ほほう……しかしまだ昼だぞ……」
俺は男の首元にナイフを当てる。
「サイク陛下、わたくしに何か……」
タイミングの悪いところにカシェがやってきた。
「城を返してもらおう」
「こ、これはどういうことですの!?」
カシェが悲鳴をあげそうになるので、ティアが後ろから彼女の口をふさぐ。
「ななな!?」
「王はこのタスク様だ。城と婚約者を返してもらうぞ叔父上」
「カシェ!助けを呼ぶのだ!」
「……」
彼女は目をそらす。年の離れた中年男との望まない婚姻から解放されたのだ。妥当な反応とも言えよう。
ティアが部屋の外へカシェを連れて出る。すぐにサイクの断末魔が響く。
「……ティア、お前の助力のおかげで城を取り返せた。感謝する」
やることは山積みだが、これから王家の血縁は全て始末しなければな。
城を落とされないように……
「王様……城の配下達を説き伏せたら、カシェ様とご結婚なさるのですか?」
「ああ……そういう決まりだからな……」
「調子に乗るなよ小僧」
ティアが綺麗な微笑みを浮かべた。……が、その目は笑っていなかった。彼女の姿が忽然と消える。
「城を手に入れる事が、こんなに都合よく上手くいくと思うのか?」
背後から、頭上から、姿は視えないのに声がする。
「お前は間違えた」
黒い翼を生やしたティアが頭上から冷たく、見下ろしている。
「昔々、異界からやってきた若者が、お城を奪いました。王家は根絶やしになりました。若者は邪悪な神様を従えて……」
いいえ、従えられたのは……