表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

09_完全に嫌われた

 


 ──この三年間、俺はちょくちょくルーナの様子を見に行っては、危険探知の魔法をかけ直していた。

 一歩間違えればヤバいストーカーだ。いや、一歩間違えなくてもストーカーだろう。その自覚はある。

 だが、ルーナの安全には代えられない。


 十五歳になったルーナは、孤児院を出てパン屋で働きはじめた。

 パン屋のお仕着せを着たルーナは、ものすごくかわいかった。これは確かに危険だ。

 かわいすぎて、もはや特級危険物だ。

 イヴァンの「ルーナはモテる」というセリフが何度もよぎった。何なら反復横跳びしながら頭の中に居座っている。かわいい=モテる=変な奴に絡まれやすい、っつーことだよな。ヤバいじゃん。


 だから、俺は毎回念には念を入れて、彼女に危険探知の魔法をかけたんだ。

 イヴァンには、「"変な奴"の筆頭は君だよね」と言われたが、聞こえない振りをして。



 ──そんな、ある日のことだった。

 探知魔法が、俺にルーナの身の危険を知らせたのは。



 耳のピアスがチリチリと鳴った。授業中だったが構ってられるか。俺は派手に椅子を蹴倒して立ち上がった。転移の魔法を発動させたら、教師が何か叫んでた。でもそんなん無視一択だ。

 そして移動した先。

 ルーナに絡む三人組を見た瞬間、全身の血が沸騰した。

 気がついたら俺は、そいつらを風の魔法で吹き飛ばしていた。殺さなかっただけありがたいと思え。


 クソバカ三人組が慌てて逃げていくのを目で追って、ルーナに向き直る。彼女は怪我もなく無事なように見えたが、怒りはまだ収まらなかった。


「……お前、あのゴミどもに何もされてねぇだろうな。万一されてたら、今からでも追いかけてブッコロしてやる」

「え?えーと、大丈夫だよ……何かされる前にライカが助けてくれたから……」

「ならいーけどよ」

「うん、ありがとね」


 ルーナはホッとしたように俺を見上げて微笑む。

 うっ……危うく心臓が止まるかと思ったぞ。てめー俺を殺す気か。かわいすぎるだろ。

 直視出来ず、俺は無意味に腕をワタワタさせ、顔を背けてしまう。


「ぐっ、ベベ別に、たまたま通りがかったら、お前が絡まれてるのが見えたっつーか!つまり、偶然だ偶然ッ!!!」

「わかった、わかったから!!」


 断じて偶然ではない。でも本当のことは言えない。苦しい言い訳を捲し立てると、ルーナが慌てて遮った。

 声が大きかったからだろう。周囲の注目を浴びている。

 俺はそいつらの視線からさりげなくルーナを庇った。見せもんじゃねえんだよ。

 誰だろうと、ルーナをじろじろ見られたくない。狭量だと言われようが、ムカつくもんはムカつくんだ。


 とりあえず俺は、ルーナを仕事場のパン屋まで送ることにした。

 授業を放り出してここに来たから、教師はキレてるだろうが、ルーナの安全が第一だ。


 ……後日、後見人に、授業を堂々とサボった理由を尋ねられ、渋々白状したら爆笑された。



 ◇◇◇



 そんな出来事の後、俺は「一人前になるまでルーナに会わない」という決意をあっさり反古にして、ルーナが働くパン屋に通いつめた。

 一回会ったら今さらだし、またバカどもに絡まれないか心配でもあったからだ。だってコイツ、どこからどう見てもかわいいだろ。


 俺はパン屋の売上に貢献するために、毎回小遣いをはたいて大量のパンを買った。ルーナの給料が少しでも良くなればいい、と祈りながら。

 買ったパンは半分は自分で食べて、残り半分はこっそり王都の幾つかの孤児院に寄付した。

 俺はいつしか、孤児院のガキどもから「パン屋の兄ちゃん」と呼ばれるようになった。ちげえわ。


 通いつめる傍ら、さりげなさを装って、だが内心は心臓バクバクで、ルーナにアプローチをかけてみた。ルーナとデートに行けるかも……そう思うと居てもたってもいられず、俺は毎晩ベッドの上をゴロゴロ転がりまくって、寮の同室の友人に呆れられた。


 だが──俺からの誘いは、ひどく遠回しな上に、言葉選びが最悪だったらしく、全く伝わっていなかった。

 誤解され、俺は彼女をひどく傷つけてしまった。


「あんたの顔なんか、二度と見たくない……!」


 ルーナが泣いてる。

 あの、気が強いルーナが。

 慰めようとした手も振り払われた。


 好きな子を泣かせてしまった。その上、完全に嫌われた。

 深い谷底に突き落とされたような、最悪の気分でフラフラと向かったのは、友人イヴァンの所だった。


「ライカ、君なんて顔してんだよ。真っ青じゃないか」


 俺を心配したイヴァンは、仕事を終えてから食事に連れていってくれた。

 食べ物は何も喉を通らなかったが、ポツポツとこれまでのあらましを伝えると、彼は呆れと少しの軽蔑が混じった顔で、ため息をついた。


「言い方悪すぎ。それじゃあ好意が伝わるどころか、嫌味にしか聞こえないよ。それでルーナを泣かせたってわけ?本当、君はさぁ……」

「…………うっせえ」


 弱々しく意気がってみたが、返す言葉はない。


「で、どうするの?」

「顔も見たくねえって言われた……」

「……なら、会いに行くのやめる?」

「そりゃ仕方ねえだろ……これ以上嫌われたくねえしよ……」

「まあ、元気出しなよ。女の子は何もルーナだけじゃないんだし」


 イヴァンが肩を叩いて励ましてくれたが、俺は暫く立ち直れなかった。



 そうして時間が過ぎていく。

 俺は、ルーナを泣かせた罪悪感から目を背けるように、いっそう魔法の勉強に打ち込んだ。

 ほどなく、王国の北方で魔獣が暴れている、という一報が入った。学院の成績優秀者だった俺は、その魔獣討伐部隊に選ばれたのだった。


 その時、頭に浮かんだのは、やっぱりルーナのことだった。



 ◇◇◇



 北方で暴れていたのは、シュヴァナと呼ばれる魔犬だった。

 牛三頭分ほどの大きさで、力が強く、猛毒の霧を吐く。その上魔法も使う。過去の討伐では死者も出ていた。


 将来有望な俺は、経験を積ませるという理由で召集がかかった。

 今回は万全の体制で臨むと聞いているが、油断はできない。かなり危険な魔獣だからだ。

 万一、ルーナに会えないまま──傷つけて泣かせたまま死んだらと思うと辛かった。

 だから俺は、恥をしのんで、ルーナに謝りに行くことにした。



 出陣が数日後に迫った、ある夜。

 パン屋の裏手で、俺はルーナが出てくるのを待つ。ルーナにまた拒絶されたらと思うと心臓の辺りが軋むように痛い。


 暫く待って、ようやく出てきたルーナを捕まえた。ひとまず拒絶されなかったので、ほっとした。


「悪りぃな……顔も見たくねぇって言われたのに、ノコノコ来ちまって」

「どうしたの、珍しく謙虚だね……」


 殊勝に謝罪すると、ルーナがびっくりして瞬きした。直視できないくらいかわいい。天使か。

 その天使がぴょこんと頭を下げた。


「あの時は、あたしも言いすぎた!ゴメン!」


 ルーナが謝ることなんて何一つねえよ。そう言いたいのに、「おう」と返すので精一杯。

 こういう時は、口が上手くて素直な奴が本気で羨ましいわ……


「これでおあいこだね。でも、こんな時間に何の用?」


 不思議そうに尋ねる彼女に、地面に視線を落としたまま答える。


「俺……北の国境に行くことになったんだ。魔獣討伐の部隊に選ばれちまってよ」

「え、実力で選ばれたの?すごいじゃない!」

「俺様は優秀だからな、別に意外でもねえよ。けど……もしかしたら、帰ってこれないかもしんねぇから……お前に謝っておきたくて」


 そう伝えると、ルーナの顔から血の気が引いた。


「ねえ、それって、死んじゃうかもってこと……?」


 少し泣きそうなルーナにちょっと焦る。

 いや、これはあくまで万一なんだ。ただ、その万一があったら嫌だから、と拙い言葉で説明する。

 そして俺は、懐から小さな石を取り出した。


「あと、これ、お前に預かっててほしくて」


 魔法の授業で、最初に作った石だ。

 まるで、虹のように色を変えて光るそれは、ルーナを思い浮かべて作ったものだった。

 だからいつかあげようと思ってて、それは今しかないだろう、と持参したわけだが。


「やだよ、やめてこんなの。縁起でもないわ!」

「ピーピーうっせぇ!黙って受け取っとけ!!」

「いーやーだーー!!」


 結局、強引に押し付けた。ルーナは非常に不満そうな顔をしている。

 一方俺は晴れやかな気分だった。ルーナに謝ることができたし、元の関係に戻れたのが何より嬉しかったんだ。

 だがここで、ルーナが爆弾を落としやがった。いや、ルーナというより、イヴァンかもしれねえが。


「実は、イヴァンに結婚しようって言われたの」

「はァァァァァ!!!????」


 俺は目を剥いた。

 寝耳に水とはこのことだ。


「お前、あいつと結婚、する……のか……?」

「まだ返事はしてないけど……どうしたらいいと思う?」


 ルーナはまだ返事を迷ってる。

 なら、俺にもチャンスはあるはずだ。

 俺はルーナに、自分が魔獣討伐から帰ってくるまで、返事を保留にするように約束させた。

 くそっ、イヴァンのやつ何考えてんだ。


 俺の圧に押されたのか、ルーナが思わずといった感じで頷く。


「取りあえず!!俺はぜってぇ生きて帰って来るからな!!早まるなよ!!!??」


 そう言いおいて、俺は叫びながら走って学院まで戻った。途中「うるせえ!」と誰かに怒鳴られた気がするが、そうせずにはいられなかった。

 魔獣討伐なんかで死んでたまるか。死ぬとしても、ルーナにきちんとプロポーズしてからだ。たとえフラれようとも。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ