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07_これもう天使だろ

【ライカ視点】



 か、かっわいいいぃぃぃ……!


 それが、アイツの第一印象だった。

 ……なのに、俺の口をついて出た言葉は、「うぜえ近寄んなブス」だった。



 ◇◇◇



 俺の父は、物心ついた頃にはすでに酒浸りだった。

 借金まみれで、毎日家で呑んだくれてるくせに、働きに出ていた母に暴力を振るうような、本物のクソ野郎だった。

 俺はそんな母を庇って、何度か父に殴られた。壁まで吹っ飛んで、頭を打って気絶したことさえある。


 そんな地獄のような日々に疲れたのだろう。ある日、母はとうとう父を見限って出ていった。気がついたら母は家のどこにもいなくて、俺は必死に母を探した。

 だが、母の服も靴もない。「家を出ます」という書き置きだけが残されていた。


 以来、母とは一度も会ってない。

 俺はクズな父の元に捨て置かれたのだ。母は、父との間に出来た子どもの顔も、もう見たくなかったのだろう。

 子どもなりに母に寄り添ってきたつもりだった。でも、捨てられた。

 この事実は、父に殴られるよりずっと堪えた。

 世界が音を立てて崩壊していくような──そんな錯覚に陥るくらいに。


 母に捨てられた父はますます酒浸りになった。

 俺はほったらかしにされ、餓死しかけてた所を、すんでのところで近所の人に救い出された。

 その後は、父方の親戚をたらい回しにされた。


 その頃の俺はどうしようもなく荒んでいた。

 口を開けば罵倒。癇癪で暴れるのもしょちゅう。でも、誰にどう思われようがどうでも良かった。

 引き取られた先で問題を起こし、手に負えないとばかりに放り出される。その繰り返し。


 今から行く孤児院も、きっと同じだ。

 俺が好き勝手に暴れて、邪険にされて、捨てられる。

 そう思ってたのに。

 俺は、"天使"と出会ってしまったのだった。



 ◇◇◇



「はじめまして。あたし、ルーナっていうの」


 そう言って、輝くような笑顔で話しかけてきたルーナは、とてつもなくかわいかった。宝石のように輝く大きな瞳が、嬉しそうに俺を見つめている。

 その第一印象は──マジ天使。

 俺の頭のなかで、リンゴーーーンと教会の鐘が鳴り響いた。世界が虹色に塗り替えられていくような、不思議な感覚。

 恋とは実におそろしい。


 だが、悲しいかな。ルーナがあまりにかわいくて、そのキラキラした笑顔が眩しかったから──

 ひねくれたバカなガキの俺は、激しく動揺した。

 そしてあろうことか、気持ちとは真逆の言葉をルーナに投げつけてしまったのだ。


「うぜえ近寄んなブス」と。


 最悪だ……

 俺はその瞬間、とてつもなく後悔した。だが一度吐き出してしまった言葉は、もう取り消せない。

 慌てて相手を見ると、天使は怒れる鬼になっていた。怒ったルーナはかなり迫力がある。

 俺は咄嗟に謝ろうとした。

 しかしルーナは気が強い上に、手が早かった。俺はのちに、彼女のあだ名が「瞬間湯沸かしケトル」だと知る。


「……なんですってえ!?」


 怒り心頭のルーナは、俺の頬をぐいっとつまんで引っ張った。

 いででで……結構力あるなコイツ……!

 反射的に足を蹴る。育ちが悪く、喧嘩を吹っ掛けられることも多かった俺は、思わずやり返していた。

 そこからはポカスカ殴り合いに発展し、年長のイヴァンが「はいストーーーップ」と止めに入るまで喧嘩は続いた。


「まあまあ、落ち着いて二人とも」


 イヴァンに引き離されて、ゼイゼイしながら視線で火花を散らす。すっかり頭に血が上っていた俺は、口だけ動かして「ブス」と言ってやった。

 ルーナの目に「コロス」と言わんばかりの殺気が宿る。

 けど──そんな表情からも目が離せなかった。

 自分でも相当なバカだと思った。




 そして気がついたら、俺たちはことあるごとに優劣を競う関係になっていた。いわば、宿命のライバルのような存在。

 おかしい。こんなはずじゃなかった。一体どこで道を間違えたんだよ俺は。

 ……いや全部か。全部だな、うん。


 顔を合わせれば罵倒の応酬。なのに、彼女を目で追ってしまう。

 よせばいいのに、毎度突っかかっては喧嘩して、その度に深く落ち込んだ。

 救いようのないループに嵌まった俺に、イヴァンは「素直になればいいのにね」と苦笑いを浮かべた。

 イヴァンは観察力のある鋭い奴だ。俺の気持ちなんかお見通しだったんだろう。


 そんな毎日だったが、時々奇跡的に、ルーナに優しく接することができた。

 好物の卵焼きを譲ってやったり、とか。

 いなくなった猫を一緒に探したり、とか。

 そんな時、ルーナは決まって驚いた顔をする。その後で、小さく「ありがとう」と言ってかすかに笑ってくれるのだ。

 それだけで俺は胸がいっぱいになって、メシを食わなくても五十年は生きていける……と思った。

 ……一時間後には普通に腹が減ってんだけどな。



 そうして俺は、ルーナが絡むと途端にポンコツになる、別の意味で救えないガキに育った。

 元の性格がひねくれてるせいか、素直になろうにもなかなかなれない。自分にもどうしようもなかった。

 だがそれ以外の場面は、いい子になろうと真剣に努力した。

 なんでかって?

 ……孤児院を放り出されたら、ルーナの側にいられなくなるだろ。だから小さな子の面倒を見て、大人の言うことも頑張って聞いた。


 粗暴な性格はなかなか直らず、時々やらかすこともあったが、孤児院の大人たちは辛抱強く俺を見守ってくれた。

 おかげで俺は、いつの間にか、小さな子たちから慕われるようになり、イヴァンの他にも仲間が出来た。


 自分が変われば、周りも変わっていく。

 言葉にすると簡単なようにも聞こえるが、実感として理解できるまで相当時間がかかったし、そこに至るまで結構大変だった。それでも、いつの間にか、孤児院は俺の居場所になっていた。


 それもこれもルーナのおかげだ。

 マジで天使すぎる……


 ──その頃は、こんな何でもない日々がずっと続くんだと俺は信じて疑わなかった。

 まさか、たったの12歳でルーナと離れて暮らすことになるなんて、全然予想もしてなかったんだよな。



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