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05_帰還と噂

 


 討伐部隊が出陣してから一ヶ月経った。

 十五年と少ししか生きてないけど、あたしの人生で一番、気が遠くなるくらい長い一ヶ月だった。

 ライカはどうしてるんだろう……そう思う度に、居ても立ってもいられない心地になる。

 でも、あたしには何の力もない。しがないパン屋勤めの自分に出来るのは、彼の無事を祈る事だけ。


 そして、もう一つの心配事といえば、イヴァンの事だ。

 時々顔を見に来るイヴァンは、ライカに求婚の返事を止められた事を伝えると「まあいいんじゃない?」と笑って了承したのだった。


「その方がフェアだしね」

「フェア?」

「うん。でもライカが帰ってくるまでの間、ルーナは僕の事を考えてくれるんでしょう?別に悪い気はしないよ」

「なんかゴメン……」

「別にいいってば。それより君、少し痩せたんじゃないの。そんなにライカが心配?」


 イヴァンは少し細くなったあたしを見て、冗談めかして笑った。でもその声は優しい。


「アイツ、結構しぶといだろ。帰ってくるって言ったんなら、絶対帰ってくるよ。それとも何、そんなにライカが好きだった?」

「そっそんなんじゃないよ……!そりゃ心配だけど……腐れ縁の喧嘩相手に何かあったら後味悪いじゃないの!」

「うんうん、でもご飯はちゃんと食べた方がいいと思うよ。今度食事に行こうね」

「別に……ちょっとダイエットしてるだけだし!」


 それとなく気遣ってくれるイヴァンの軽口に強がってみせたけれど、何となく食欲がわかなくて、ご飯が喉を通らないのも事実だった。


 そうこうしているうちに、ようやく部隊が魔獣を倒して、王都に帰還を果たした。

 部隊に死者はいないらしい。つまりライカは無事帰ってきた。それが素直に嬉しかった。


 預かった石は大事に抽斗にしまってある。

 あたしは、それを返せる日をひたすら心待ちにしていた。



 ◇◇◇



「どうぞ、サリナさん」

「ありがとう。あ、ルーナちゃん、あの噂聞いた?」


 包んだパンを受け取った初老のご婦人はサリナさん。ご主人は元王国騎士だ。そのせいか、町で起こった事件や、王宮の事情にやたらと詳しい。「討伐部隊は全員無事に帰ってきたらしいわよ~!」と教えてくれたのもサリナさんだった。

 彼女はとっても話好きで、パンを買うついでに、こんな風に気安く話しかけてくれる。


「噂、ですか?」


 何の事かわからなくて首を傾げると、サリナさんが興奮気味に教えてくれた。


「あのね、平民出身の魔法学院の学生さんが、凱旋の祝賀会で、王女様に見初められたんですって!」


 その時点でちょっと嫌な予感がした。

 わずかに頬を強ばらせたあたしに気づかず、彼女はうっとりと話し続ける。


「なんでもその彼、ずば抜けた魔法の才能があって、さらに顔もいいらしくってね、"深月の聖魔導師"の再来だってみんな噂してるわ。名前はたしか、ライカ、だったかしら。一度見てみたいわね~!」


 ロイヤル逆玉の輿!と楽しそうなサリナさんとは対照的に、あたしの目の前はなぜか真っ暗になった。


「そんなすごい事が起こるんですね」


 何とか笑顔を浮かべ、サリナさんに相づちを打つ。ひどく動揺して、知り合いだなんてとても言えなかった。


「本当よね~。じゃあまたね、ルーナちゃん!」

「はい、ご利用ありがとうございました」


 店を出ていくサリナさんを見送って、店内に一人残されたあたしは、そっとため息をついた。


「王女様、かぁ…………」


 魔法学院の学生で、討伐に行ったライカなんて、一人しかいないだろう。

 王女様に見初められたなんて信じられない、と思う一方で、冷静な自分が、当然の成り行きかもしれないな、と考えてもいた。


 ライカは貴族の後見人がつくくらいに魔力が豊富で、その上、十人中十人が認めるくらいの美形だ。昔はチビだったけど、今ではすっかり縦に伸びて、同年代の男の子でも背が高い方。

 あれだけ華やかな容姿と才能の持ち主なら、王女様の目に留まったとしても、全然不思議じゃない。


 犬猿の仲とはいえ、同じ孤児院出身の人間が幸せを掴んだのだ。祝福して然るべきだ。

 自分にそう言い聞かせてみたけれど、心の中は、どうしてだかザアザアと大雨が降っていた。



 それからは以前より食が細くなって、「……大丈夫か?」と、寡黙なダンさんにも心配される始末だった。

 でも、頑張って食べようとしても、ほんの少しでお腹が苦しくなってしまう。


 しばらく仕事が忙しくて、パンを買いに来る余裕のなかったイヴァンは、久しぶりに店を訪れて、あたしを一目見た途端、あからさまに目を見張った。

 それくらい、あたしは痩せてしまっていた。


「あーあ、しばらく見ないうちにますますやつれちゃって……」

「だからこれはダイエットだって……」

「あのね、ルーナ。いい加減正直になったらどうかな。さすがに怒るよ」

「…………」

「おおかた、王女様の噂が原因だよね?」


 イヴァンのため息混じりの確認に、俯いて黙り込む。それは肯定と同じだった。

 イヴァンはあたしの頭をポンポンと撫でて、孤児院で小さな子をあやしてた時のような、とても優しい声で尋ねた。


「ねえ、ルーナ。正直に答えて」

「…………………」

「…………僕が他の女の子と仲良くしてたら、君は嫉妬する?」

「…………たぶん、しない、と思う」

「だろうね。……それが答えだと思うよ」

「…………………………………ごめん」


 必死に我慢してたのに、謝ったら、目からポロポロ涙が零れ落ちた。


「ごめん、ごめんね、イヴァン。ごめんなさい…………!」

「うん、わかったから泣かないで」

「うう………」


 自分の気持ちを偽って、求婚してくれたイヴァンを繋ぎ止めていた。自分で自分が嫌になるくらい狡い。

 そんな卑怯なあたしを、イヴァンは見捨てずに、泣き止むまで側にいてくれた。


「あーあ、僕も泣かしちゃったから、イーブンかな」


 ぐすぐす鼻をすするあたしの頭を撫でながら、イヴァンが苦笑する気配がした。



 ◇◇◇



 イヴァンと話したら吹っ切れたのか、少しだけ食欲が戻ってきた。

 イヴァンは「傷心の君を振り回す気はないよ」と言って、友人に戻ると宣言した。


「ま、諦めたわけじゃないけどね」


 彼はそう付け加えて、ニッコリと笑ってはいたが。


 イヴァンが暗に指摘したように、あたしはやっぱりライカが好きなんだろう。

 彼が王女様と結婚したら、ものすごく悲しい。でも、ライカはすでに、空に浮かぶ月のように手の届かない存在になってしまっていた。

 いっそ告白して、「気持ち悪い」と一蹴されたら諦めもつくかもしれない。でも、今のあたしに出来ることは何もなかった。

 ただ、時間が癒してくれるのを待つだけだ。


 転んで擦りむいた傷だっていつかは治る。

 胸の奥がちくちくするのも、時間が経てば、ただの思い出になるはずだ。

 ──そんな風に自分に言い聞かせていた。



 ◇◇◇



 それから一ヶ月ほど経った、ある日の配達の帰り道。

 数日続いた雨がやんで、綺麗な晴天が広がっていた。おかげで気分が上がる。

 鼻歌を歌いながら、てくてく歩いていたら、背後から「おい」と低い声がかかった。


「っ……!?」


 悲鳴を飲みこんで、おそるおそる振り返ると、そこには仁王立ちしたライカがいた。


「なぁ、……」


 ライカは仁王立ちのまま、何か言いたそうに目をそらした。

 でもあたしの方は、話すどころじゃなかった。

 彼とは二度と会えないだろうくらいに思ってたので、心の準備が全く出来てなかったのだ。

 突然の不意打ちに、心臓がバクバクして、足もプルプル震えるくらい狼狽えていた。

 夜道で幽霊に会ったとしても、こんなに動揺しないってくらいに。


「や」

「や?」

「やだぁぁぁああぁっ!!」

「あぁ!?逃げんなゴラァ!!!」


 ダッシュで逃げ出したあたしの背中に、ライカが焦ったように叫ぶ。

 あたしはそれを振り切って、シュタタタ……と全力疾走した。自分で言うのも何だけど、あたしは結構足が速い。

 それでライカを引き離したと思いきや、


「待てつってんだろクソがァ!!!」

「きゃぁぁああ!!」


 前方の地面が光り、その上にライカが一瞬で移動してきた。

 魔法だ。ずるい。いや魔法師になるために勉強してるんだから、当たり前か……!

 パニックに陥ったあたしは、ギュンと方向転換して横道に飛び込んだ。


「ちっ」


 背後で舌打ちがして、また前方の地面が光った。

 あ、捕まる。

 そう思った瞬間、再び別の路地に逃げ込もうとした。だが、


「逃がすかぁぁぁッ!!!」


 ライカの咆哮が平和な王都の路地に響く。

 同時に、あたしの周囲に光が巻き起こり、ハッと気がついた時には、()()()()()()()()にぐるりと囲まれていた。



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