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幼馴染の魔法学院エリート様が、喧嘩売りにパンを買いに来る件  作者: es
本編

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3/10

03_本気の喧嘩

 


「あんた、また来たの?」

「あ?悪りぃかよ」

「いや悪くはないけどさ……」


 口をへの字に曲げたライカが、またパンを買いにやってきた。三日前に来たばかりなのに、毎回、一人で食べるとは思えない量のパンを買っていく。


 今日もたくさんのパンを抱えて会計に並んだライカに、あたしはジト目になった。


「……ねえ、そんなに買ってどうするの?」

「うっせぇ。お前には関係ねぇだろ」

「それはそうだけど。魔法学院って全寮制だし、あんたには貴族の後見人も付いたっていうじゃない」

「……何が言いてぇんだ」


 ライカが不機嫌そうに眉間に皺を刻む。

 あたしも負けじと軽く睨んだ。


「いっちゃなんだけど、うちは町の普通のパン屋さんだもん。いいもの食べさせてもらってるだろうに、なんでわざわざここに来るの?」

「ゴチャゴチャうっせーな、俺はここのが気に入ってるから買ってんだよ!!なんか文句あっか!?」

「ふーーーーん、あっそ。……ご利用ありがとーございましたー」


 パンを包み、お礼は棒読みで袋を手渡す。

 すると受け取ったライカが、「おい、来月の星誕祭だけどよ……」とモゴモゴしながら切り出した。


「そん時、お前休みか?」

「え?普通に仕事だよ。店は閉めるけど、屋台出すんだって。あたしは朝から売り子!」

「そ、そうか……大変だな!」

「まあね。でも屋台って初めてだからちょっとワクワクするなぁ。で、星誕祭がどうかした?」

「…………ぐっ、どうもしねーよ!」


 なぜか、今度はあたしがジト目で睨まれた。そしてライカは「じゃあな!」と踵を返し、ドスドスと店を出ていった。



 ライカはそれからもよくパンを買いに来た。

 その度に軽く話をするが、あたしの部屋が狭い屋根裏だと聞けば、「魔法学院の寮は広いぜ、何なら見せてやってもいいぞ」とか、あたしが卵好きなのを思い出したのか、「流行りのオムレツ屋がすげえ美味かった。お前は行かねぇの?」とか、謎の自慢や嫌味を言うのだ。


 そんなライカの言動に、あたしの内心はささくれだっていた。一応客だから……と適当な相づちを打つものの、イライラは少しずつ心の中に降り積もり、あたし自身も気づかない内に、真っ黒な感情へと変容していたらしい。


 そんな時、学院の友人達と連れだって歩くライカを偶然見かけたのだった。



 ◇◇◇



 その日は、少し遠出の配達だった。

 籠を腕に下げて、配達に向かう途中。

 見覚えのあるローブの集団が、道の向こう側を歩いていた。


 あのローブは、ライカがいつも着ているものだ。そういえば魔法学院ってこの近くだっけ……と思いながら何となく彼らを眺めていると、見知った顔を発見して、あたしはつい足を止めた。


 ……ライカ本人じゃん。


 キラキラした集団の中にいるライカは、孤児院の頃とはすっかり見違えて、すっかりそこに馴染んでいるように見えた。

 集団の中には女の子もいて、ライカに親しげに話しかけている。

 ライカはやや仏頂面だが、きちんと受け答えしていた。女の子は楽しそうにクスクス笑っている。


 急速に指先が冷えていく。

 あたしは集団から目を背け、早足でその場を歩き去った。今まで一度もそんな風に思った事はなかったのに、パン屋のお仕着せが何だかとても恥ずかしかった。

 ほんの一瞬、驚いたライカと目が合った気がした。その視線を振り切るように、早足で配達先へ向かう。

 心の中の黒い感情は、最早自分でもどうしようもないくらいに膨れ上がっていた。



 偶然見かけてから二日後、ライカはまた店にやって来た。大量のパンを抱えて会計に並んだ彼は、いつもより不機嫌な表情で話しかけてきた。


「なあお前、こないだ学院の近くにいたろ。なんで無視したんだよ」

「……仕事中だったし、そんなのあたしの勝手でしょ」

「あーそうかよ」


 店内にはあたしとライカだけ。彼は大抵、お客さんがいない時間を見計らったようにやってくる。

 誰も見てないせいか、自分の感情に歯止めが効かない。ライカの責めるような口調に、気がつけば怒りが爆発していた。


「ねえ、もうここに来ないで。あんたには自分にふさわしい場所があるでしょ」

「あぁ?何だよそれ」


 ライカの紫の瞳が鋭くなる。あたしは怯まず、彼を睨み返した。


「あんたの自慢話にはうんざりなの。エリートになったのをあたしに見せつけるのがそんなに楽しい?ホントあんたって悪趣味だよね」

「あ?そんなつもりは微塵もねぇよ。お前が卑屈すぎんだろ」


 ……後から思えば、それはただの売り言葉に買い言葉にすぎなかった。でもその時は、ライカの台詞に無性に腹が立って仕方なかった。

 あたしはますます頭に血を上らせた。涙が滲んで、視界がぼやける。


「……うっさい!もう出てって!!あんたの顔なんかもう二度と見たくない!!」

「おい、お前泣いてんのか……」

「さわんなバカ!出てけつってんのよ!!」


 驚いたライカが手を伸ばそうとしたのをピシャリとはねのけ、後ろを向いて拒絶する。

 暫くして、無言のライカが、カランとドアベルを鳴らして出ていく気配がした。あたしはドアに背を向けたまま必死に涙を拭っていた。



 ◇◇◇



「やあ、ルーナ」


 翌日、なぜかイヴァンがやってきた。

 二つ年上のイヴァンは、あたしより一足先に孤児院を卒業した。今は靴職人に弟子入りして、一人前になるまで面倒を見て貰っている。


 彼はライカと違って、卒業した後もちょくちょく孤児院に顔を出していた。あたしが働きはじめてからは、ひと月に一度はうちのパン屋に来て、パンを買っていってくれる。


 イヴァンはキリンのように背の高い、柔和な雰囲気の青年に成長していた。麦色の髪と明るい茶色の瞳が、柔らかい印象を引き立てている。

 そんなイヴァンが、珍しく「晩ごはんを食べに行こう」と誘ってくれた。

 昨日の暗い気分を引きずっていたあたしは、一も二もなく頷いた。


「行く!でも、少し遅くなるよ」

「大丈夫。外で待ってるから」

「やった、誘ってくれてありがと」


 嬉しくて笑うと、なぜかイヴァンは嘆息した。


「……ライカも『一緒に行こう』のひと言が言えたらよかったのにねえ」

「なんか言った?」

「ううん、こっちの話」


 ボソッと呟いたイヴァンに首をかしげて、あたしは仕事に戻った。



「上がりまーす」

「おう、お疲れ」


 ダンさんに挨拶して、屋根裏の部屋に戻り、パン屋のお仕着せから普段着のワンピースに着替える。

 お店の外に出ると、イヴァンが壁に凭れて待っていた。外はもう真っ暗だ。


「お待たせー!お腹すいたねー」

「お疲れさま。じゃあ行こうか」


 あたし達は連れだって、遅くまで開いている近所の食堂に移動した。


「カンパーイ!」


 まずは葡萄の果汁を蜂蜜と冷たい水で割った、カランという飲み物で乾杯する。

 運ばれてきた料理に舌鼓を打っていると、イヴァンが「あのさぁ、ルーナ」と切り出した。


「ライカと何かあった?昨日、いきなり僕んとこに来たかと思ったら、顔真っ青だったんだけど」

「………うん、まあちょっと、色々」


 お肉を食べるのに集中するふりをして誤魔化そうとしたけれど、イヴァンの追求は昔から鋭い。

 気がついたら、今までの出来事を洗いざらい話してしまっていた。


「…………というわけなの」

「なるほどねえ……本当にアホだな、ライカは」

「だよねーーー!?」

「ライカの自業自得だと思う。だけど、ルーナもものすごく鈍感だからなぁ……」

「あたしは悪くないわよ!」


 矛先がこっちに向いた。解せない。

 しかしイヴァンは「ま、これ以上敵に塩を送る事もないか」とよくわからない事を呟いて、「それはそうと」と話題を変えた。


「君、来年十六歳だっけ」

「そうだけど」

「いつか言おうと思ってたけど、良かったら、僕と結婚しない?」

「は?」


 突然の求婚に目が点になった。いや、確かに庶民は十六になったら結婚できるけど。

 できるけれども。


「僕はずっとルーナが好きだったんだけど。君、全然気づいてなかったよね」


 イヴァンがニッコリと笑った。それは彼が時々見せる、どこか食えない感じの笑みだった。



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