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第4話 わがまま王女と影武者令嬢

「こんなものかしらね。ジリアン、あなたもよく似合っているわよ」


 色白の、小さな顔。

 顔の周りで金色の巻毛がふわふわと揺れている、綺麗に見開かれた瞳は、海のような青だった。


 ローデール王国のアネット王女の部屋では、ほぼ同じ背格好に、同じ色の髪、同じ色の瞳をした2人の少女が、まるで合わせ鏡のようにして向き合っていた。


 ゆるやかに巻いた髪は肩から背中に自然に広がり、額の上には、花冠を模した、華奢な金色のティアラが載せられていた。


 身に着けているのは、純白のドレス。

 ーー明日の結婚式で着る、ウエディングドレスだった。


「え? よく似合って……? ぐふぉっ……げほげほげほ!」


 突然、奇妙な音で咳き込むと、2人の少女のうち、やや背が高く、ほっそりとした少女が、体を折った。


 それを見て、若干背が低く、ふっくらとした頬の少女が、片方の眉をひゅい、と上げる。


「ジリアンったら。さすがのわたくしも、そんな音を出して咳き込んだりはしないわよ? 全くもう。心配しないでも大丈夫よ、結婚式のリハーサルなんてすぐ終わるから。それに、式を行う大聖堂までの馬車では、わたくしのフリをしてもらうけど、大聖堂に着くまでのことよ。着いたら、騎士姿に戻っていいんだから。ちょっとの辛抱じゃない」


「……げほ?」


 主君である王女殿下に励まされて、ジリアンは慌てて顔を上げる。


 ジリアンは、先ほどまでの騎士姿から一転、髪は下ろし、アネットと同じ純白のウエディングドレスに身を包んでいた。


「う……。王女殿下、お気遣いさせてしまい、申し訳ございません。大丈夫です。ドレスが似合う、というところで、驚愕してしまいまして」


 ジリアンの言葉に、アネットは優しく微笑した。

 そっとジリアンの手を取って、2人で猫脚のカウチに腰を下ろす。


「まぁ。わたくし、嘘は言っていませんけどね? さて。心配しないで。もうすぐウィルが迎えに来るわ。ほら、鏡を見て。わたくし達、そっくりに見えるわ。誰もあなたが本物のアネットではなくて、影武者だなんて、気づかないわよ」


 ジリアンが顔を上げると、大きな鏡に、同じカウチに座っている2人の少女が映っていた。


 アネットが困ったような顔をして、ジリアンを見つめる。


「大体、わたくしの影武者なんて、小さい頃から数えきれないほどやってくれているじゃないの。どうして、今回はそうナーバスになっているのよ?」


 そう言われて、ジリアンは反省した。


 ローデール王国の国王夫妻に生まれたただ1人の子ども。

 それが女の子で、アネットが女王になるのをよしとしない人々が、何度もアネットの暗殺を企てたのだ。


 ジリアンは、アネットの影武者役を務めることが決まった時に、父からそのことははっきりと知らされていた。


 * * *


『ジリアン。実際に危険があることだから、初めにはっきりと言っておく。アネット王女殿下は、何度も刺客に襲われている。お前が影武者になったら、殿下の代わりとなって殺されることもあるかもしれないのだ。それでも、この役目を引き受けると言えるか?』


 ジリアン自身、高位貴族の男性が、堂々と「王位は王家の男子が継ぐべき」と発言したのを聞いたことがある。


『ジリアン? わたくしのことはいいのよ。あなたが責任を感じることはないの。将軍閣下はああ仰ったけれど。もしあなたが影武者役を断っても、あなたは今まで通り、わたくしの大切なお友達よ』


 アネットがそう言い、ジリアンに心からの笑みを向けてくれた瞬間、ジリアンは心を決めた。


『アネット王女殿下、父上、お役目、引き受けさせていただきます』 



 王国の将軍である父に鍛えられて、アネットの影武者兼護衛騎士を務めるジリアンだったが、守るべき存在であるアネットの強さに、どんなに励まされたことだろう。


 ジリアンはアネットよりほんの少し、背が高く、ほんの少し……(と言っておこう)胸が薄く、ほんの少し、顔の表情が乏しい。


 貴族令嬢の、張り付いたような微笑みとも、アネットのいきいきとした、表情豊かな顔とも違う。

 強いて言えば、喜怒哀楽を出すな、と言われ続けて訓練を受けてきた、騎士の顔、とも言えるかもしれない。


 それはいつだっただろうか?


 影武者として、同じドレスを着たりすると、アネットの持つ、『本物の輝き』をつい、羨んでしまう自分に気づいたのは。


(しかも、今日は……)


 ジリアンは困惑したような表情で、視線を落とした。


 今日のドレスは……ウエディングドレスだ。

 明日、ついに幼なじみのウィリアムと結婚式を迎えるアネットは、まるで輝くばかりに美しく、ジリアンは影武者として、アネット王女と同じように装いながら、心の中で「お前は偽者だ」とささやく心の痛みと闘っている。


 そう、ジリアンの頭の上に載せられた金色のティアラが、精巧なイミテーションであるように。


 アネットと同じように装う自分は、偽者でしかない。


 明日の結婚式を前に、市中の大聖堂で行われるリハーサル。

 安全のため、移動の馬車の中では、ジリアンが王女に扮して、ウィリアムと同乗する。

 アネットは密かに別の馬車で移動する手筈になっている。


 大聖堂で入れ替わり、実際のリハーサルはアネットが行う。

 その間、ジリアンは騎士として護衛を務める。


 その時、コンコン、とドアがノックされて、王女付きの女官が顔を出した。


「アネット王女殿下。ご婚約者のウィリアム・ディーン様がおいででございます」


 これから行われる結婚式のリハーサルのために、公爵令息で婚約者のウィリアム・ディーンが、アネットを迎えにやって来たのだった。


「アネット!」


 アネットが立ち上がってウィリアムを迎えると、ウィリアムは優しく微笑んで、王女の手にキスをした。


 すると、ウィリアムは、アネットの後ろに控えるドレス姿のジリアンに気づいた。

 思わず、ずいっ! という感じでジリアンに近寄ると、ジリアンの両手を掴んだ。


 アネットは思わず苦笑して、横を向いたが、そんなウィリアムの態度に動揺したジリアンは全く気づいていない。


「綺麗だね、ジル。ドレスがよく似合っている。そうだ、今度ドレスに似合うアクセサリーでも一緒に買いに……」


 ジリアンは真っ赤になり、わたわたとして、ウィリアムの手を振り解いた。


「ウィル、何を言っているのだ! お前のそれは、王女殿下に向ける言葉だろう」

「う。そ、そうだな? いや、そのとおりだ」


 ウィリアムは困ったような顔に一瞬なるが、ジリアンに改めて手を差し出した。

 大聖堂まで、ジリアンが王女の影武者を務めるためだ。


 静かに見守るアネットは、残念なものを見る目で、ウィリアムとジリアンを見つめ、気づかれないように扇の下でため息をつく。


「参りましょうか、王女殿下」


 ウィリアムが「王女殿下」と言った言葉に、ジリアンの心臓が、ズキリと痛んだ。

 どことなくぎこちないジリアンとウィリアムに、アネットが声を掛ける。


「気をつけてね、ジル。ウィル、ジルをお願いね」

「王女殿下、ありがとうございます。行って参ります」

「王女殿下、では、後ほど」


 ジリアンはアネットにカーテシーをして、部屋を出る。

 この後、警護の騎士が、アネットを別の馬車に誘導する予定だ。


 優しい王女。世間では、はっきりと物を言う彼女を、『わがまま王女』なんて言うけれど、アネットがとても優しく、思いやりのある人であることを、幼い頃から一緒に過ごしているジリアンは誰よりもよく知っていた。


ウィリアムはすっかり落ち着いて、貴公子の顔で、ジリアンをエスコートしていく。


(私は、偽者だなーー) 


 ウィリアムの優しい微笑みにきゅん、とする心を隠すように、ジリアンは心の中で呟く。

 ウイリアムの優しい言葉も、優しい微笑みも、アネットのもの。

 自分はただ、王女殿下の影武者を演じているだけ。


(勘違いをしては、いけない)


 ジリアンは、改めて、すっと背筋を伸ばして、前方を真っ直ぐ見つめるのだった。


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