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第1話 シンプソン夫人著『影武者令息と公爵令息の秘密の恋〜わがまま王女に婚約破棄されて〜』

「『エイドリアン・タリー。よく聞け。今日この瞬間をもって、そなたとの婚約は破棄する!』


 晩餐会のテーブルに並んだ王国重鎮の人々は、その瞬間、凍りついた。

 一斉に、声の主に視線が集まる。


 明るい金髪の巻毛に、海のように青い瞳をした、愛らしい少女が、立ち上がった。

 陶磁器のように滑らかな肌。

 少しばかり、つんと尖らせた、ピンク色の唇。


 濃いピンク色のふわりとしたドレスを身に付けた少女は、まさに1輪のバラの花そのものの美しさだった。


 しかし……少女はただの少女ではない。

 王国唯一の王女、そして将来は、女王として立とうかという、高貴な存在だったのである。


『アンジェリナ王女殿下、全ては仰せの通りに従います』


 落ち着いた声がして、王女の向かい側の席に座っていた、1人の貴公子が立ち上がった。


 美しい王女と、爽やかな公爵令息が、見つめ合う。


 こんな、お互いにこれ以上相応しいものはない縁組に、どんな問題があったと言うのであろうか?

 テーブルに同席している大人達は、王女の両親である国王夫妻を含め、声を出すこともできないでいた。


 そんな場に響いたのは、まだ少年特有の甘やかさを残す声だった。

 しかし、動転しているのか、語尾がかすかに震えるのを、必死に抑えている。


『殿下。エイドリアンの気持ちを……、それに恐れながら、こんな間際になっての婚約破棄による殿下自身への評判もお考えください』


 アンジェリナ王女と同じ、金髪の巻毛に、青い瞳をした、天使のような面差しの少年が、王女に歩み寄った。

 少年は、そのほっそりとした体を、凛々しい騎士服で包んでいる。


 彼の名前は、ジルベルト。


 王家の命を受けてアンジェリナ王女の影武者を務める、王国将軍のただ1人の息子だったーー」


 * * *


 ローデール王国随一の人気を誇る、宮廷恋愛小説家、シンプソン夫人の新作は、実際にあった、アネット王女殿下の婚約破棄騒動を元にして執筆された、との評判だった。


 王家から抗議があるかもしれないと思われたが、王女自ら「王女を愛らしく、かつ知的で行動的な女性に描いてくれて嬉しいわ」と述べられたそうで、お咎めなし。


「登場人物の名前も、性別も実際とは異なるし、よく作られた小説よ」


 アネット王女はそう言って、理解のあるところを示されたとか。


『影武者令息と公爵令息の秘密の恋〜わがまま王女に婚約破棄されて〜』は、その年最大のベストセラーとなったのだった。


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