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糞虫の巣




首都ヤーネンドン。

ルッティンガム宮。


アウステリッシュ(アウステル風)・スーツを着た男が布告官が持っていた鐘を確かめる。


男が来ているのは、最高級の黒羅紗のフロックコート、チョッキ。

シャツのカラーにもダイヤ入りのカフスボタン。

何一つ怠りなく庶民の想像を超える贅沢品で身を包んでいる。


彼は、赤鼻の壮年男で白髪の混じった眉を指で抑えた。


「…できれば、持ち帰って欲しくなかったな。」


壮年男は、不満そうにいった。

ソファーに深く座り、鐘をテーブルの上に戻す。

身なりこそ違うが彼は、糞虫スカラベの院長、”正直者オネスト”ジョハンである。


「え?」


報告に訪れたミュラは、表情を曇らせる。

ジョハンは、いった。


「分かるよ。

 そのエルヴィーサが君から鐘を奪おうとした…。

 その理由がね。」


言い終えたジョハンは、コーヒーに口を着ける。

そしてカップを鐘の横に置くと話し続けた。


「人間を獣化させる鐘なら問題はない。

 獣は狩ればいい。


 …獣を人間に変える鐘など、隠蔽したかったのさ。

 誰が自分は、まっとうな人間だと証明できる?

 どう考えても、パニックになるからね。」


ミュラは、複雑な顔をする。

事実を闇に葬るなど、彼女としては納得できない。


だがジョハンは、いう。


「調べたところ、エルヴィーサが一連の事件と無関係なのは間違いない。

 だから証拠を奪おうとした訳じゃなさそうだ。


 しかし彼女は、生粋のアーンスローっ子だ。

 自分が家畜から作られた人間かもなどど…。


 いや、血液検査は、していないが。

 可能性でも認めたくなかっただろう。


 それは、さておき。

 やはりこの鐘は、私の権限でなかったことにする。

 巣穴デンに封印し、記録も抹消する。」


ジョハンにミュラが訊ねる。


「あの…。

 アーンスローの住民を調べますか?」


「おいおい。

 話を聞いていたのか?」


ジョハンは、眉を吊り上げる。


「今、話しただろう。

 鐘の事は、なかったことにする。

 だからアーンスローの住民を調べるようなことはしない。」


「でも、血統鑑定局ブラッドウォッチが調べれば…!」


ミュラが反論する。

しかしジョハンは、眉を指で抑えながら静かに怒鳴った。


「その血統鑑定局が30年、何の異変も報告していないッ。

 知らぬ存ぜぬということだよ、ミュラ。」


「でも!

 …そんなことって…!!」


食い下がるミュラにジョハンは、疲れた様子で応える。


「では、血統鑑定局に君から通報してみ給え。

 …連中とて、血に狂ったけだものではない。

 いや、仮に連中が陸軍の出動要請などしても私が蹴るッ。」


ジョハンは、席を立つ。

そして興奮気味に語るのだった。


「国王陛下に…ッ。

 …戦争中は、大人しくさせろと釘を刺されたのだ。

 我々に、だ!!


 血統鑑定局を刺激させるようなことをしたければ、やり給え!!

 アーンスローの住民を陸軍が取り囲み、血液検査の結果次第では、大虐殺するだろう!

 それが国益になることかね!?」


「………。」


ミュラは、黙ったまま首を左右に振る。

その目は、涙ぐんでいた。


ジョハンは、立ったまま項垂れ、左手を腰に着き、右手で眉を抑えながら話す。


「…君のいいたいことは、分かっている。

 騎士団本部には、それとなく上奏する。

 アーンスローに狩人を派遣するようにね。」


「…失礼します。」


ミュラは、ソファーから立ち上がると扉に向かう。

ジョハンは、コーヒーに手を伸ばした。


ミュラが総理執務室から出ると廊下の窓を見る。


遠く、ザルケバ川の対岸にポーシャル宮殿が見える。

灰色の空の下、白く壮麗な宮殿が屹立している。

この宮殿の主が血統鑑定局だ。


「俗物。」


ミュラは、小さく呟くと壁にもたれて眠りに着いた。


次の瞬間、彼女の身体は、この場から消えていた。

まるで最初から居なかったように。

あるいは、これまでの全てが夢だったように。




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