9.叔父ワンコ来襲
母がわたしの質問に答える前に、執事から来客の訪問が告げられてしまった。
こんな夕方に? 間が悪いわ。
でも、とりあえず兄とわたしもご挨拶――
「姉上! お久しぶりです、姉上! ようやく離婚出来ると伺いました! 良かったです姉上ぇ!!」
――する前に、母に抱き着いて来たハイテンション青年に、つい後退ったわ。
「まあまあ、久しぶりねぇウィリアム! そしてちょっと落ち着きなさい」
えーと、母の弟なの? つまり、あのムカつく母の実家の伯爵家子息か。
「姉上、ようやく両親を追い出しました! 今は僕が当主です。いつでも帰ってきて来てください!」
あらぁ、こちらの威は借りるけれど、自分たちは何の援助もしませんよ、的な祖父母はいなくなったのか。で、このワンコのような人が伯爵様? 大丈夫?
というか、わたしたち、挨拶する隙がないのだけれど。
「ええ!? 詳しく聞きたいけれど、とにかく落ち着いて座って頂戴。それに子供たちも紹介するわ」
「あ……」
ワンコ君、やっと大好きなお姉さん以外の人間がいた事に気づいてくれたね?
母に面差しの似たワンコは、母と同じ青灰色の瞳を瞬かせた。
この人の髪、白っぽい銀髪だわ。色彩だけなら、わたしの父でーす、と言っても通じそう。
「バルド、ベティ、こちらは私の弟なの」
母に水を向けられ、今更ながら表情を取り繕ったワンコは、居住まいを正して紳士の微笑みを浮かべた。
「初めまして。君たちの母エリザベスの弟、ウィリアム・ニノ・エルガドです。どうぞお見知りおきを」
「初めまして、叔父上。嫡男のバルディオス・リーン・ヴァルモアです」
「妹のベアトリス・ラナ・ヴァルモアです」
「ああ、バルディオス君は姉上似だね。ベアトリス嬢は……色合いがウチ寄りだなぁ。
僕にも二人子供がいて、六歳と四歳なんだけど、どっちも男なんだよ。妻は女の子を欲しがっていたから、我が家に来たらきっと喜んで可愛がると思うなぁ」
それは遊びに行ったらっていう話かな? それとも、もしやこのワンコの中では、離婚したお姉さんが実家に子供連れで帰ってくる予定を組んでいるとか?
でも、兄はヴァルモア家の後継ぎだから行けないよ? わたしに関しても……うん、無理だろうな。第一王子の婚約者候補になってしまったからね。
これはわたしたち自身が今日聞いたばかりの案件だから、このワンコが知らないのも無理はない。
「ウィリアム、そう先走らないで。とにかく落ち着いて座って」
母に優しく窘められて嬉しそうなワンコ。どんだけ懐いているんだ。
「あなた、晩餐はどうするつもり? こちらで頂くなら用意させるけれど」
「あ! ああ~、オズワルド卿より連絡を頂いて、何も考えずに飛び出して来てしまいました。よろしければこちらでご相伴に預かります」
オズワルド? あ、おじいちゃんの名前だわ。
フルネーム、おじいちゃんは『オズワルド・ルディ・ヴァルモア』、おばあちゃんが『レイリア・ローズ・ヴァルモア』というのよ。
母が執事に指示を出す側ら、ワンコは再び立ち上がって、魔導通信機子機で連絡を取り始めた。
奥様に、「晩ご飯はいらないよー」とでも言ってるんだろうか。
うん、連絡は大事だ。電話もメールもないのに遅く帰って来て、「食べてきたから」とそっけない言葉で晩ご飯を無駄にされるのって腹立つよね!
それからようやく落ち着いてお茶を飲みつつ、ワンコからの話を聞いた。
「父上に任せていたら、エルガド伯爵家が没落してしまう危険がありまして、分家当主たちにもその危険を説いて回って、ようやく退陣に追い込みました。
姉上の結婚の時もそうでしたが、簡単に物事を判断し過ぎです!
明らかに詐欺だと分かる様な投資話にも飛びついて、損失を取り返すのにどれほど苦労した事か!
母上は舞台俳優にうつつを抜かし、高価な物を貢ぎまくるし! もう散々ですよ」
やべっ。いつだったか母に推しの後援を勧めたなぁ。『心の恋人』を作ってみませんか~て。
ファンも行き過ぎはよろしくないわ。
「自分たちは『ヴァルモア侯爵家と姻戚関係にある』事を鼻に掛けて強引な商談とかもしているというのに、姉上の窮状を見て見ぬふりだし、孫が連絡して来たっていうのに会いもせず……ベアトリス嬢がウチに連絡を入れてくれた時、僕は留守にしててね、そんな事があったとつい最近知ったんだよ。
本当にごめんね! あんな祖父母で失望しただろう?」
一気にまくしたてられて、わたしの話題が出たとはすぐ気が付かなかったわ。
「ベティ、あなたそんな事をしていたの!?」
母に驚かれ、ハッとした。
「……ええ、あの父の態度から、お兄様と私の未来は暗いのではないかと思いまして。
父方の祖父母には後見して頂けるとお話があったのですが、味方は多い方が良いと思い、駄目で元々、とりあえず連絡を取ってみたのです。
ご当人たちとは話も出来ず、執事を通して『力にはなれない』と断られてしまいましたけど」
「いや、会った事もないのに、いきなり連絡はまずいだろう」
お兄ちゃんに呆れられてしまったわ。
確かにいきなり幼い子供が連絡して来てもちょっと困るよね。でもさ、母に頼むのも気が引けたんだよ。
「だって、お母様からご実家のお話を聞いた事がありませんでしたから、あまり仲が宜しくないのだと思いましたし、案の定冷たい対応でしたから、連絡を取ったなんて打ち明けられませんでしたわ」
「ベティ」
悲しそうな、申し訳なさそうな母の顔を見たくなくて内緒にしたのに、今見てるわー。
「こんなに小さいのに、なんて家族思いなんだろう! 父上も母上もこんな可愛い孫に会えず終いだとは勿体ない。いや、君たちは会わなくて正解だったと思うよ。
今は領地の田舎の別荘に慇懃な執事と一緒に押し込めたから、今後も会う事はないと思うけどね」
“慇懃な執事”とは何ぞや? と思ったら、わたしと話したあの執事だったよ。確かに態度が慇懃無礼だったね!
この後は、わたし達の今日の出来事をかいつまんで話している途中で、晩餐のお時間になってしまった。
そういえば家令と執事長、まだ姿が見えないな。
食事中は重い話題を避けるので、兄やわたしがどんな事に興味を持っているかとか、勉強はどうかなど当たり障りのない話をしてた。
ワンコ本人が良く喋るので、いつになく明るく楽しい食卓となったわ。
そして食後、居間に場所を移してお話の続きを聞いて、ワンコが頭を抱えてしまったわ。
「あの男……」
これまでとは違う低い恨みの籠った声で唸っているワンコ。
さながら、ゴールデンレトリーバーがドーベルマンに替わったかのよう。
「姉上が好き好んで嫁いだ訳でもないのに、自分ばかりが被害者かのように吹聴していたあの男が、ふっ、ふふふ、平民! 罰が当たったんだな!」
ざまぁ!――とか聞こえた気がしたわぁ。
「あの男が姉上と一緒に社交場に顔を出すのは、年始の王宮大舞踏会だけ。下級貴族の夜会には、恥知らずにも内縁の妻を同伴させて出席していたそうで、そういう場で悲劇の主人公を気取って、ありもしない妄想を披露していたらしいんですよ!
“真実の愛”で結ばれた身分違いの内縁の妻は、高慢で冷たい伯爵家出身の正妻に邸を追い出され、郊外の小さな家で暮らしている――とかね。
郊外の別宅を宛がったのはオズワルド卿なのに、さも姉上が傲慢に振舞ったかのように話をすり替えて……そんな噂話を聞く度に、あの男を殴ってやりたくて仕方なかったです」
あのクソ親父、母の気持ちを考えた事もなかったのかな。
そういえば、離婚届に署名させた時、ぼけーと母の顔を見つめていたよね。あの時初めて母の本心を知ったとか? はぁ。
「あなたが殴っていたら大変な事になっていたわよ。でも、私を心配してくれてありがとう」
「姉上ぇ、ようやく解放されたんです。これから幸せを掴みましょう!
キリアン卿が王都に戻ってきています。会いに行かれますか?」
ん? 新たな登場人物! 誰ですかそれ。母がフリーズしているわよ。
兄とわたしがきょとんとしているのに気が付いて、ワンコが説明してくれた。
「あ、キリアン卿という方はね、元々姉上が結婚する予定だった人なんだよ。ただ身分が低くて……男爵家の三男だったから両親が反対してね。
でも彼は、騎士団に入団して騎士爵を得たら結婚を許してほしいと直談判して、更に遠縁の第二騎士団副団長も後見に就いたから、両親は渋々承諾したんだよ。
それなのに、ヴァルモア家からの縁談に舞い上がって、姉上の承諾も得ずに勝手に婚約破棄してしまったんだ。
モーガン伯爵である副団長の顔に泥を塗ったっていうのに、あの恥知らずな両親は『武門のヴァルモア侯爵家から強く望まれたので』と平気な顔でいるし、キリアン卿を門前払いにするしで……本来、会わせる顔がないんだよ」
母には相愛の相手がいたのねー!
恋人と引き離され、身分が上の侯爵家令息と無理やり結婚させられたとか、ホント、母こそ悲劇のヒロインじゃない!
「ウィリアム……私……無理よ」
「姉上、彼は独身のままです。ずっと王都を離れ、国境の砦に勤務していました。
通常は三年もいれば王都勤務に返り咲くはずなんですが、彼は砦勤務を希望し続け、付いたあだ名が『砦ラウンダー』とか『砦専任隊長』だって言うんですよ。
今回、陞爵されるので王都に戻ってきているんです。今を逃せば、次はいつ会えるか分かりません」
母はすごく迷っているみたいだけど、その顔が乙女なんだなぁ。
“心の恋人”は、ずっと母の中に居たんだね。
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