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プロポーズは突然に

「雷鳴坊はおるか!」

「この声は柴助だな」

 ため息をつきながら雷鳴坊が立ち上がる。

 そうして入り口を見ると、ずんぐりとした体型の中年男性が立っていた。ただ特徴を言うと、その顔に狸のお面を被っていたことだ。

「佐伯さん、美澄さん、すみません。ちょっと中座します」

「あれは……」

「狸の妖怪です。このホテルが欲しくてたまらないんですよ」

 そう言って雷鳴坊がラウンジを出て行って、入り口にいる柴助に対峙する。思わず美澄も父親もラウンジを出て、木の影に隠れて見ることにした。

 狸の妖怪なんて初めて見る。

 それらしい体型をして、狸の面をしているなど、隠すつもりはないのだろうか。

「柴助、雷鳴坊はここにおるぞ」

「どうじゃ、このホテルを手放す気になったかのう?」

「狸に大切なホテルを渡してたまるかい」

「天狗風情が、我が狸一族が本気を出したらこんなホテルただではすまさんぞ」

「狸風情が我がホテルに手を出せると思うとるとは笑止千万」

 2人のやりとりはどちらも一歩も引かないものだ。

 どうやら狸の柴助はこのホテルが欲しくて交渉しているようだが、そういうものには手順というものが存在するのではないだろうかと美澄は思った。

「狸といい、狐といい、うちのホテルは誰にもやらん」

「なに!? 胡左衛門にやる気ではあるまいな」「狸にも狐にもやるもんかい。ここ数年毎月のように現れて暇なのか?」

「そんなわけなかろう。それよりもこのホテルよ。狐なんぞに奪われてたまるかいな」

 柴助の手が、狸のそれに変化する。

 初めて見る妖怪の変化に、美澄はぞわりと悪寒がするのを感じて、持っていた竹刀を握りしめた。

「少々痛い目に遭わねば、分からず屋の天狗には分からんようだな」

「それはどうかな」

 狸の姿に近づく柴助に対して、雷鳴坊は余裕そうに立っているだけだ。

 見ている方がハラハラして、美澄は竹刀を袋から出して、竹刀袋を父親に放り投げた。

「美澄!?」

「持ってて!」

 サンダルを脱いで裸足になると、走って雷鳴坊の前に躍り出た。竹刀を構えると、雷鳴坊から驚きの声がこぼれた。

「美澄さん!?」

「狼藉者なら任せてください!」

 突然出てきた美澄に、柴助がたじろぐ。その隙を美澄は見過ごさなかった。

 ふかふかの絨毯に踏み込んで、竹刀を操る。

「めーーーーーーーん」

 腹の底からかけ声をかけて、柴助のお面を叩き割る。そのまま後ろに摺り足で下がると、キッと再び竹刀を構えた。

 割られた柴助のお面が落ちる。

 そこに現れたのは、見るからに狸顔の男性だった。年の頃は父親より少し若いだろうか。

「こ、小娘が……」

「いえ、もう小娘と呼んでもらうような年齢では」

「また来るからな!」

 美澄の言葉を遮り、柴助が割られたお面を拾って玄関から出て行く。

 どうやら黒塗りの車で来ていたらしく、運転手が待っていて、割られた面に慌てているのが見えた。

「美澄さん、怪我はないですか?」

「はい」

「勇ましかったですな。柴助のお面を一瞬で割るとは。流石です」

「いえ、当然のことです」

 勝ち気で負けず嫌いの性格からか、美澄は痴漢やスリを捕まえたことが何度もある。

 竹刀を持っていれば応戦するし、傘を持っていれば代役になってもらう。それもなければ、剣道で鍛えた健脚で追いかけて羽交い締めにするのだ。

「美澄!」

 父親に名前を呼ばれて振り返れば、竹刀袋とサンダルを持っている姿が目に入った。そういえば動きやすいようにとサンダルを脱ぎ捨てたのだった。慌てて、サンダルを受け取って履くと、ワンピースの裾を直した。

「父さん」

 そのとき太郎坊がやってきて、声をかけた。

「おお、太郎、今の見ていたか? あの柴助を撃退した人間のお嬢さんを」

「はい。感動しました」

 その端正な顔は、無骨な雷鳴坊の顔とは似ても似つかず、鼻も特段大きくなかった。

 ようはイケメンがやってきたのだ。

 ド田舎にはいないような垢抜けたイケメンが。

「太郎、佐伯美澄さんだ。美澄さん。うちの息子の太郎坊です」

「佐伯美澄です」

「天堂太郎坊です」

「太郎の見合い相手だ」

「そんなものいりませんよ」

 イケメンはやはり彼女の1人2人いるものなのだろうか、と美澄が少しがっかりしていると、がしりと手を掴まれた。

「美澄さん。結婚してください」

「はい?」

「おお、これはめでたい!」

「よかったな、美澄!」

 告白もお付き合いも吹っ飛ばして、プロポーズがやってきた。しかも相手は至極真面目だし、父親たちは喜んでいる。

 太郎坊は顔もいいし、好物件だ。なによりこういうものは縁だという。飛び込んでしまってもいいかもしれない。

 こうして佐伯美澄は天堂美澄になったのだった。

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