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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第三章

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97 アレキサンダー・ヘイウッド

 オリビアの妊娠は順調で、今は七ヶ月に入っている。

 おなかも大きくなり、誰の目にも妊婦であることがわかる。常連客からは祝いの言葉と共に、続々と赤ちゃん用品が贈られている。

 おむつ、産着、おくるみ、手編みの靴下や帽子、手作りのおもちゃ。品物だけではなく、優しい心配もされる。


「無理は禁物だよ」

「二人分を食べているかい?」

「浮腫みはないかね。うちのかみさんは浮腫みに苦しんだものだ」

「アーサー、オリビアを頼むよ」


 五歳の頃からオリビアの成長を見てきた客たちは、我が娘のことのように声をかける。そのたびにオリビアとアーサーは笑顔で「身体はつらくないです。ありがとうございます」「ええ、俺も気をつけています。ただ、オリビアがじっとしているのが苦手で」などと返事をする。


 そんなやり取りをしている合間にも、ルーカスが甘えて「ママ」と言いながらオリビアの脚に抱きつく。体力には自信があったオリビアも、夜ベッドに入るころにはかなり疲れていることが増えた。

 そんなオリビアの様子に、ミラが気づいた。


「大丈夫かい?」

「大丈夫です。農家の奥さんは、臨月まで働いているじゃないですか」

「そうだけどさ。農家の嫁がお産の前後に命を落とすことがたまにあること、忘れちゃいけないよ。身体の声に耳を傾けるんだよ。薬師にもなれるほどなんでも知っているオリビアだけど、おめでたは初めてなんだから。せめて店の休みを週二日にしたらどうだい?」

「そうですねえ」

「常連客はそれで離れたりしないさ。安心しな」


 こうしてオリビアの店は週に二日を休むことになった。

 喜んだのはルーカスだ。オリビアも昼間になかなかかまってやれない気持ちを発散するかのように、休みのうち一日はルーカスの相手をしたり、薬草採取に行ったりして過ごした。

 今日はアーサーの護衛付きで森に来ている。


「キノコの季節は森に来ると、胸が躍るわ」

「目がランランと輝いているな」

「そう? そんなに笑うほど? どうしてそんなに笑っているの?」

「ごめん。笑いが……キノコを見つけたときのオリビアは、獲物を目にしたオオカミみたいだ」


 微妙な表情でアーサーを見ていたオリビアだったが、納得いかずにルーカスに尋ねる。


「ねえ、ルーカス。ママはオオカミみたい? 怖い?」

「ない! こわ、ない!」

「そうよね。ママは怖くないわよね。パパが意地悪よね」

「うん! パパ、る!」


 意地悪と言われて、アーサーが苦笑する。


「うちはさ、何かあると必ず二対一だ。俺はいつもが悪い」

「ママとルーカスは仲良しだものね」

「ねー」


 そんなオリビアとルーカスを見ているアーサーから、穏やかな幸福感や満足感が流れ出ている。『ああ、幸せだ』という心の声も伝わってくるのがオリビアも嬉しい。

『スープの森』は穏やかで平和だが、王都の『淑女新報』ではてんやわんやの騒ぎになっていた。なぜなら、高位貴族の家の契約と問い合わせが相次いでいるからだ。理由はオリビアの記事である。


「あの記事を書いている人の店はどこか、教えてほしい」

「あの記事に使われている薬草は、どこで手に入るのか」

「乾燥させた薬草でもいいのか、生の方が効果があるのか」


 オリビアはその手の問い合わせを想定して、記事に丁寧な解説と答えも添えていた。淑女新報の若手、アンガスがその手の問い合わせに答えているのだが、アンガスは反響の良さに驚いていた。


「次の記事が送られるまでに少しありますけど、僕が記事の回収に行ってきてもいいですか?」

「君が? なんでまた。自分の仕事はどうするつもりだい?」

「記事ならもうできてます。相も変らぬ貴族家同士のもめ事と、伯爵家の令息が二股かけている話です」

「ああ、それならいいぞ。あの店の料理は美味しいし体にも優しい。休みを使ってもいいぞ」

「仕事扱いにしてくださいよ」


 そんなじゃれ合いをしているときに、事務所に訪問客があった。窓から見えるのは上等な馬車、着ているのは上等な服。間違いなく貴族の令息だ。急いで立ち上がり、背筋を伸ばすトレバーとアンガス。金色の髪に青い瞳の少年は十五歳くらいだ。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」

「こちらの記事のことで教えてほしいことがあります。薬草の記事です」

「記事は『森の薬草と日々の暮らし』でございますね?」

「そうです。あの記事を書いている人に会いたいんだが、可能だろうか」


 トレバーとアンガスは顔を見合わせた。ここは先輩のトレバーが受け答えをする流れだ。


「あの記事がお気に召したのですね。では筆者には手紙を書いていただければ、お届けします」

「違う。会いたいんだ。顔を見て話を聞きたい。家を知っているんだろう?」


 トレバーは(早くも熱烈な読者が!)と思ったが、そこはベテラン。


「申し訳ございません。本人の希望で、家の場所はお教えできないきまりでして。なにとぞご納得いただけますよ……」

「感想の手紙を出したいのではない! 私が治療を受けたいのだ」

「治療……はしていません。彼女はレストランを営業しているだけで、薬師として働いているわけではないのです」

「それはわかっている。淑女新報を契約して読んでいるんだからね。彼女に直接話を聞きたいことがあるんだよ」


(さてさて困ったな。こういう読者にいちいち住まいを教えていたら、いずれ問題が起きる。訳のわからないいちゃもんをつけてくる人間もいるからな。ましてや貴族なら、身分を使って何をするかわかったもんじゃない)

というトレバーの心の声を聞いたかのように、少年が言葉を重ねてくる。


「教えてくれたら淑女新報の契約を十部に増やしてもいいぞ。そのくらいの小遣いは貰っているんだ。ああ、今契約書を書いてもいいよ」


 十部と聞いてトレバーが一瞬迷う。そして「いえ、やはり」と言いかけたところでアンガスが遮った。


「わかりました。住所をお教えします」

「おい! アンガス!」

「商売をしていて薬師を名乗ることを許されているんです。こちらの方が本気で調べたら、わかることです。いいじゃないですか。十件分の契約を取るのに、俺がどれだけ苦労すると思っているんです?」

「それはわかってるが……」

「わかってません。坊ちゃん、私が近々オリビアさんの店に記事を回収に行くのですが、一緒に行きますか?」

「そうか! それは助かる。馬車はうちの馬車で行こう。途中の宿代も僕が出すよ」

「こちらこそ助かります!」


 こうして少年は残り九部の契約書を書くのと引き換えに『スープの森』へ同行することになった。


 それから数日後。

 街道沿いの『スープの森』の店に、二頭立ての立派な馬車が到着し、アレキサンダーとアンガスが降り立った。

 カランと鳴ったドアベルの音を聞いて、アーサーが振り返って声をかけた。


「いらっしゃいませ。二名様ですか? お好きな席へどうぞ」

「アーサーさん、私、淑女新報のアンガスと申します。本日は記事の回収にうかがいました。少し早いのですが、オリビアさんが記事を送る前にと思いまして」

「わかりました。それでこちらの方は……」


 どう見ても新聞社の人間ではなさそうな少年を見て、アーサーがアンガスに尋ねる。


「僕はアレキサンダー・ヘイウッド。ヘイウッド伯爵家の四男だ。今日はオリビアさんに質問したいことがあって同行してきた。よろしくね」

「どうぞおかけになってお待ちください。今、妻に知らせますので」

 



家の事情で更新が遅れがちです。申し訳ございません

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書籍『スープの森1・2巻』
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