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83 ララとの別れ

 森の浅い場所に生えている一本のリンゴの木。

 白い花がぎっしり集まるように咲いていて、そこだけ森が明るく見えた。オリビアが眺めていると、森の小鳥たちが花の根元を噛んでわずかな蜜を食べている。

 小鳥たちの動きを目で追いながら、オリビアはララのことを考えていた。


 ララはある日突然やって来て、離れに住むことになった。

 離れに家族以外の人間が住むことは、祖父母が生きているころから何度もあった。しばらく住んでいた人が出て行くのにも慣れている。だが、ララは特別だった。妹のように大切に思っていた。

 オリビアはもっと広い世界へ飛び立とうとしているララが誇らしく、同時に寂しい。


「にゃぁ」『どうしたの?』

「あら、ダル。ついて来たのね」

「にゃ」『そうだよ。ボクの森だ』

「あんまり深い場所には行かないでね」

「にゃっ」『行かないよ』


 冬毛が抜けてきて体がスッキリと細くなったように見えるダルが足元に座っていた。

 ダルは片目のせいなのか、何かを真剣に見るときは頭を少し傾ける。今も小首をかしげてオリビアを見上げている。

 オリビアはダルをそっと抱き上げた。


「ララがもうすぐいなくなっちゃうのよ。寂しいわね」

「にゃぁぁ」『また来る?』

「多分ね。一年に一度くらいは会えるかしら。今はまだ何もわからない」


 ダルは込み入った話が理解できなかったらしい。返事をせず、抱っこされたままオリビアの顔を見ている。ダルを抱いたままリンゴの木に近寄ると、小鳥は飛び去った。ミツバチはオリビアを気にすることなく花から花へと忙しく飛び回って、花の蜜を集めている。


「アーサーの言う通りなのにね」


 アーサーは仕事に行く前、オリビアが気落ちしていることにすぐ気がついた。夫を心配させまいと笑顔で見送ろうとしていたオリビアをそっと抱きしめて「無理に笑わなくていいよ」と言ってくれた。


「君とララは姉妹のように仲が良かったからな。寂しいだろうけど、ララが羽ばたいていくことは祝ってあげよう」

「もちろんよ。ララはきっと患者さんに寄り添ういい薬師になるわ」

「お祝いの贈り物をなにかマーローで探してくるよ」

「では私はペンを贈りたいの。少し良いペンを買ってきてくれる?」

「わかった。買ってくる。俺もなにか贈りたいな」

「そうしてあげて。ララが喜ぶわ」


 そんな会話をしてアーサーを送り出してから森に来た。

 五月に入り、森はすっかり緑の世界に生まれ変わっている。目についた薬草を次々手折たおりながら店に戻った。


「やあ、オリビア、会えてよかった。今、引き返そうかと思っていたところだ」

「レジー、いらっしゃい。久しぶりね」

「今日は休みだよな? リアナが焼いた菓子を持ってきたぞ」

「それは楽しみ。さあ、どうぞ。お茶を淹れるわ」


 オリビアとレジーは向かい合って、レジーの妻のリアナが焼いた菓子を楽しんだ。


「美味しい。中に干した果物がぎっしり入ってる」

「きっとオリビアが好きだと思ってさ。子供の頃、森の木の実が食べたくて、よくジェンキンズにせがんでいたもんな」

「私? 木の実は大好きだけど、せがんだりしたかしら。覚えていないわ」

「人の記憶はそんなもんだよ。だから俺の絵が喜ばれるんだろうな。オリビアがあの絵を店に貼ってくれたおかげで、仕事が広がったんだ」

「よかった。繁盛してるのね」


 最近は年老いた親の絵や結婚して出て行く我が子の絵を頼まれることが多いらしい。裕福な家は『今後は子供の誕生日ごとに絵を頼む』と言ってくる場合もあるのだとか。


「ララがもうすぐここを出て王都に行くの。その前にララの絵を頼めないかしら。予約で埋まってる?」

「大丈夫だ。任せてくれ。そのララはどこにいるんだい?」

「恋人がマーローの靴店で働いているから、会いに行っているの。今頃恋人と話し合っているはずよ。帰ってきたら連絡するわ」

「待ってるよ」


 レジーは帰って行き、オリビアはララの帰りを待った。今日は店が休みの日なので、子ヤギのリリと遊んだり、ロブと猫たちのブラッシングをしたりしながら待っていた。

 ララが帰ってきたのは夕方。目の周りを赤くして、たくさん泣いたらしいことはすぐにわかった。オリビアは(喧嘩にでもなったのかしら)と心配になった。


「オリビアさん、ただいま帰りました」

「おかえりなさい、ララ。美味しい焼き菓子があるわよ」

「食べたいです」


 泣き腫らした顔で即答するララが可愛くて、オリビアは我慢できずにララを抱きしめた。


「ごめんね。気がつかないふりをしてあげればいいのはわかってるのに」

「え? あっ、泣いたの、わかりますか?」

「うん。顔が腫れるほど泣いたのね」


 ララを抱きしめてわかった。コリンとララは喧嘩をしたわけでも、別れ話をしたわけでもなかったらしい。最後に笑顔で手を振っているコリンの記憶が伝わってきた。


「コリンが待つよって言ってくれたんです。お城の薬師の修行が何年になるかはわかりませんけど、コリンが、待って、くれるって……ううう」

「よかったわね」


 オリビアが嬉し泣きしているララの背中をポンポンと叩いてなだめ、泣き笑いしているララのために焼き菓子を並べ、ララは嬉しそうに焼き菓子を食べ始めた。

「美味しい、すごく美味しい」と言いながら焼き菓子を食べているララに、レジーの話をした。


「絵を描いてもらいましょうよ」

「私の絵ですか? 嬉しいですけど、いいんですか?」

「ララがいなくなって寂しいときは、絵を見て思い出したいの」

「うっ」


 泣き止んだララの目に、また涙が盛り上がってこぼれ落ちていく。


「私、お休みが貰えるようになったら、必ずここにまっすぐ帰って来ます!」

「ありがとう。でもコリンに会ってからでいいわよ」


 こうしてララが旅立つ前に、ララとオリビア、アーサーの三人の絵が描きあげられた。レジーは「これは俺からのお祝いだ。ララはオリビアの妹分なんだろ?」


 レジーは同じ絵を二枚描いて、ララとオリビアに一枚ずつ渡してくれた。


「うわあ! レジーさん、ありがとうございます! お城で寂しくなっても、これを見て我慢します!」

「ああ、そうしてくれ。オリビアを忘れないでやってくれ」

「忘れるわけないです!」


 翌朝、ララは「ここにいて決心が鈍ったら困るから」と言って朝のうちに馬車で出発するという。オリビアはパンとおかずと水筒をララに持たせた。

 アーサーとオリビア、ロブ、ダル、スノーが見送るために街道まで出て並んでいる。

 ララは何度も御者席から身を乗り出して振り返り、手を振って去って行った。

 オリビアは最後は笑顔でと心に決めていたので、精一杯の笑顔で見送り、馬車が豆粒のようになってから両手で顔を覆って泣きだしてしまった。


「また会えるさ」

「うん」

「そんなに泣くな」

「うん」

「ロブが心配してるぞ」

「うん」

「年に一度くらいは王都まで会いに行くかい?」


 オリビアが泣いたままアーサーの首に抱きついた。


「あなたと結婚してよかった」

「あはは。そうか。おい、オリビア、大変だ。あの鹿が来ている」

「えっ?」


 慌てて振り返ったオリビアの目に、金色の鹿が映った。


「どうしたの! こんな昼間に街道に近づいたら見つかるわ!」


 駆け寄ったオリビアに、金色の鹿がスッと顔を近づける。オリビアの頬に冷たい鼻をツッとくっつけて、鹿が心で話しかけてきた。


『人間 子供 死にそう』

「どこ?」

『ついて 来い』

「待って! 鞄を取ってくる! アーサー、人間の子供が死にかけているらしいの。行ってくる!」

「俺も行く!」

「わかった」


 金色の鹿は森の手前で待っていたが、オリビアが鞄を手に飛び出してきたのを確認すると森へと入って行く。


 アーサーが愛馬アニーにオリビアを乗せ、「先に行け。俺は足跡を追いかける」と声をかけた。

 金色の鹿はオリビアが乗るアニーを振り返りながら、森の中を進む。オリビアは顔にぶつかりそうな枝を避けながら、金色の鹿の後ろを追いかけた。



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書籍『スープの森1・2巻』
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