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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章

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59 玉ねぎとチーズのスープ

 雪の夜の空気は顔に痛みを感じるほど冷たい。深呼吸すると胸の中がキリッとする。

(助けた三人は危ないところだった。あのままなら間違いなく凍死したわね)


 あのキツネは人間が大嫌いだ。

 心の会話で何度かやり取りをしたことがあるオリビアにさえ、心を許しているとは言い難い。

 そんなキツネが見知らぬ人間の命の危険を知らせに来たのは、おそらくお礼の肉が目当てだろう。よくよく狩りがうまくいかず、空腹に耐えきれなかったのかもしれない。

 だが、そのおかげで三つの命が助かった。


(一刻も早くこの人たちを温めなければ。店は冷え切っているだろうから、まずは暖炉に火を焚くことからね)

 オリビアは馬を進めながら手当ての段取りを考えていた。

 ところが雪野原のはるか前方に、『スープの森』の窓が煌々と光を放っている。


「アーサー! コリンが起きているみたい」

「部屋が暖まっているといいんだが」

「ああやって起きているんだもの、きっと暖めてくれてるわよ」


『スープの森』に到着して馬を降り、よろめく女性をオリビアが、やや足元がしっかりしてきた男性をアーサーが抱えて玄関へ急ぐ。馬車置き場から店の玄関まで、雪かきされて道が作ってあった。

 玄関にたどり着く前にドアが開き、ララが飛び出してきた。


「お帰りなさい! 病人ですか?」

「この二人は身体が冷え切っているの。雪の中で眠っていたのよ」

「大変! さあ、お店は暖めてあります」


 中に入ると、店の中はホッとする暖かさ。オリビアはララとコリンを見ながら思わず笑顔になる。


「ああ、暖かい。ありがとう、ララ、コリン。本当に助かったわ」

「いえ、このくらい。そのお二人は顔が真っ青ですね。早く温めなくては」

「温かい飲み物もお願いよ」


 暖炉の前に女性と御者を連れて行って座らせた。ララは玉ねぎスープをカップに入れて運び、コリンは桶にお湯を入れて二人の足元にひとつずつ置いた。


「足を温めると身体が温まるのも早いですよ」


 コリンが優しい笑顔でそういうと、女性が青い顔で頭を下げた。


「ありがとうございます。わたくしはベサニー・ダーリーズです。夫が病で危篤だと聞いて、じっとしていられず、無理を言って実家を出発してこの有様です。あやうくパトリシアもチャーリーも死なせてしまうところでした」


 女性は歯をカチカチ言わせながらも礼を述べる。旦那さんが危篤なのに気丈な女性ねとオリビアは感心した。

 赤ちゃんがまた泣きだした。アーサーが懐から赤ちゃんを取り出すと、女性が抱かせてほしいと腕を伸ばす。

 アーサーが赤ちゃんを女性に渡し、母親はお乳を含ませたいという。オリビアは女性の胸元にショールをかけてからララに指示を出した。


「ララ、急いでお湯を沸かしてくれる? この子をお湯に入れてあげたいの」

「お湯なら大鍋でたっぷり沸かしてあります!」

「気が利くわね。助かる!」


 オリビアは赤ちゃんをお湯で温めるべく洗濯桶にお湯と水を入れ、程よい温度になるよう加減した。ララが頃合いを見計らってお乳を飲み終えた赤ちゃんの服を脱がせて手渡す。

 赤ちゃんは裸にされて再び泣き始めたが、お湯に浸けると静かになってウトウトし始めた。赤ちゃんの身体がすっかり温まってから、暖炉の前で温めておいた服を着せて毛布にくるむ。


「ララ、瓶にお湯を入れて、布で巻いて。それをお二人の服の中に」

「はいっ」


 御者と女性は玉ねぎとチーズのスープを飲み干し、ハチミツをかけたパンを食べ、やっと頬に赤みが戻って来た。だが表情は暗い。


「なんとお礼をいったらいいのか。あなたがたは命の恩人です」

「奥様、馬車を横転させてしまい、申し訳ございませんでした」

「いいえ、チャーリー。もとはと言えば、護衛を集める時間を惜しんで雪の夜道を出かけた私がいけないの。チャーリー、あなたが無事で、本当によかったわ」

「奥様が意識を失って、どうしたらいいのか判断がつきませんでした。このご夫婦が来てくれなかったら、今頃どうなっていたことか」


 確かに、男性一人で意識を失った夫人と赤ちゃんの両方を連れて歩くのは無理だ。かといって助けを求めて馬車を離れれば、夫人と赤ちゃんは助からなかっただろう。

 オリビアは(私も同じ状況だったら、どうしていたか)と思う。


 労わり合う二人は途中から涙ぐんでいる。

 そしてふとベサニーが気づいたらしい。「なぜあの場所がわかったのですか?」とアーサーに不思議そうに尋ねた。

 その手の質問に慣れていないアーサーが困った顔になってオリビアを見る。オリビアは微笑み、ゆったりとした態度で質問に答えた。


「雪が積もった夜に、あそこに入り込んで大変な目に遭う人が、数年に一度はいるのです。それを思い出したら、気になって気になって。夫に付き添ってもらいながら様子を見に行きました」

「そんな奇跡みたいなこと」

「あるものですね。きっと神様が私に思い出させてくれたんだと思います」

「そうね。きっとそうだわ。なんてありがたいこと」


 女性はそう言ってその場で目を閉じ、胸に両手を重ねて感謝の祈りを捧げた。

 オリビアとアーサーは台所へ行き、自分たちもお茶を飲むことにした。濃い目に入れたリンゴのお茶にたっぷりとハチミツを入れて、ふうふうと吹き冷ましながら飲む。

 アーサーが店の方を気にしながらオリビアに話しかけてきた。


「説明はあれでよかったの?」

「ええ。人は信じたい話を信じるものだから。あの説明でベサニーさんが安心するならそれでいいのよ。キツネが知らせに来たなんて言ったら厄介なことにしかならないわ」

「それもそうだな」


 ララには「もう大丈夫だから。ありがとう」と言って部屋に戻らせた。コリンが申し出てくれて、コリンの部屋にベサニーと赤ちゃんが、コリンとチャーリーは暖炉の前で寝てもらうことになった。

 暖炉の前にあるだけの敷物や毛布を積み上げた。

 オリビアとアーサーも自分たちの寝室に入ったが、アーサーが何かを考えている様子。


「アーサー、どうかした?」

「ダーリーズ商会って、傭兵時代に一度雇われたことがあるんだが。建築関係の大きな商会だった。従業員もかなり多かったはずだ。その商会の主人が危篤なら、結構大変なことだと思うよ」

「そうなの……」


 話はそこで終わり、二人は寄り添って眠った。

 三時間ほど眠ってオリビアは目を覚まし、まだ眠っているアーサーの隣からそっとベッドを抜け出した。

 店の暖炉の前で眠っているチャーリーとコリンを起こさないように暖炉に薪を足し、音を立てないように気をつけながら朝食を作った。


 麦と冬野菜をたっぷり使った卵スープ、バターでこんがり焼いたパン、自作のベーコンとほうれん草の炒め物。朝からしっかりしたメニューなのは、昨夜遭難しかけた大人二人に体力を取り戻してもらいたいからだ。


「おはようございます。おかげさまですっかり元気になりました」

「あら、チャーリーさん。起こしてしまいましたね」

「いえ、旦那様が心配で。奥様も同じお気持ちかと」

「かなり状態がお悪いのでしょうか」

「はい。しばらく体調不良が続いていらっしゃいましたが、急に悪化したそうで。旦那様になにかあったらと私も……」

「あの、もしよかったらですけど、私は王城の薬師様から薬師を名乗ることを許されています。既にお医者様が呼ばれているでしょうけれど、私でお力になれるようでしたら、なんでもおっしゃってくださいね」


 チャーリーは曖昧にうなずくだけで、迷っているようだった。

(地方の食堂の若い店主が薬師と名乗ったところで、任せる気にはなれないのは当たり前か)とオリビアはそれ以上は何も言わなかった。

 太陽が顔を出すと、ベサニーも赤ちゃんを抱いて下りてきた。


「ベサニーさんはお乳を与えているんですもの、おなかが空くでしょう。たくさん食べてください」

「ありがとうございます。いい匂いでおなかが空いて目が覚めました」


 そういう目が赤い。昨夜泣いたのだろうか。二人は美味しい美味しいと言いながら朝食を食べ、「申し訳ないがすぐにここを立ちたい」と言う。


「わかりました。うちの馬車で奥様を王都までお送りしましょう。陽のあるうちしか動けませんから、早めに出発しましょう」

「助かります。このお礼は必ず」


 そう言うベサニーに「お礼はいいんですよ」とだけ答えてオリビアは出発の準備をした。

 今回もララが店を任され、仕事があるコリンはララを心配しながらもマーローの街へと帰って行った。アーサーは例によって付き添うと言い張り、アーサーの職場にはコリンが事情を説明してくれることになった。


「オリビアさん、この雪ですから、店にはきっとお客はほとんど来ませんよ。少しのお客様なら私一人で大丈夫。安心して任せてください」

「いつも悪いわね、ララ。馬車も借ります。行ってくるわ」


 黒犬のロブは連れて行ってもらえないことを言われずとも理解しているらしく、『悲しい 寂しい』としょぼくれている。猫のダルは深夜に見知らぬ人たちが入って来たときから姿を消していたが、オリビアたちが出かけるのを階段の上から眺めている。

『出かける 早く 帰ってこい』と不満そうだ。


 太陽が顔を出しても外は寒く、御者のチャーリーも馬車に乗っている四人も皆、着ぶくれしている。アーサーがひとっ走りして馬車に残してきた夫人の荷物を回収し、ララの馬車に積み込んだ。

 四頭立てになった馬車は雪道でも問題なく進み、三日後には王都に着いた。


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書籍『スープの森1・2巻』
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