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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章

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49 ララ・ルフォールの訪問

 昼食の片づけを終えて、夕食の下ごしらえをしようかという午後。

『スープの森』に小型の質素な馬車に乗った少女が訪れた。

 少女は一人で馬車を操り、上手に庭の端に馬車を停めた。スカートのシワを気にしながら歩いてくる姿をガラス越しに見て、オリビアは玄関へと急いだ。


「こんにちは。こちらにオリビア様はいらっしゃいますか?」

「オリビアは私です。私になにかご用でしょうか?」

「はじめまして。わたくし、ララ・ルフォールと申します。年は十五歳ですので、もう少しで成人になります」


 栗色の髪を高い位置でひとつに縛った少女は、活発な感じに挨拶をした。


「オリビア様が伝説の薬師マーガレット様の知識を受け継いでいらっしゃると聞きました。私も薬師を目指しております。どうか私をオリビア様の弟子にしてくださいませ」

「弟子……ですか。ララさんはどちらからいらっしゃったのでしょう」

「王都からです。一人で馬車を操ってきました」

「王都からお一人で。大変でしたね。まずはこちらにどうぞ」


 席を勧めながらさりげなく相手を見る。少女の身なりはそこそこ上等なのに貴族という雰囲気がない。(裕福な商人の家の娘さんかしら)と思いながら、りんごのお茶を淹れる。


「美味しい! 甘いりんごの香りがしますね」

「干したリンゴの果肉と皮を加えてあります。それで、先ほどのお話ですけれど。私は弟子は取っていません。そもそも薬師として働いていないのです。遠いところを来てくださったのに、お役に立てず、申し訳ありません」

「やはりそうでしたか。ランドル様にも『きっと断られるぞ』と言われていたんです」

「ランドル様のお知り合いでしたか」


 ララがあんまりにしょんぼりした顔になったので、オリビアは居心地が悪い。


「私の持っている知識は、祖母の遺してくれた記録を読んで頭に入れているだけです。それを書き写されてはいかがです?」

「いいのですか? 貴重な資料なのでしょう?」

「かまいません。祖母の知識がララさんの手によって役に立つのなら、祖母も喜びます。ですが、書き写すだけでも大変ですよ。たくさんありますから」

「それは、何日もかかるのでしょうね?」

「ええ。朝から晩まで書き写し続けたとしても三日や四日では終わらないかと」

「そうですよね、マーガレット先生の生涯をかけた記録ですものね」


 そこでオリビアは肝心なことを聞くのを忘れていたことに気づいた。


「ご両親はララさんがここに来ていることはご存じなのですよね?」

「私、家を追い出されました。おかげでやっと自分の夢に向かい合うことができるんです。追い出された理由は、私だけ兄弟のなかで母親が違うからです。頼りの父が亡くなりまして、義母に『もうお前を養う義務はない。馬車をくれてやるからさっさと出ていけ』と言い渡されました。私の唯一の財産はあの馬車と馬なのです。なので恥ずかしながら、あまり懐に余裕がありません。馬小屋の片隅で十分なので、資料を書き写す間だけでも私を泊めていただけませんか」


 さっきまで『断固お断りする』側に傾いていたオリビアの決心が、ガンッ!と音を立てるような勢いで『この少女を助けてあげたい』側に傾いた。


「そうでしたか。うちの裏手に離れがあるんです。一階はヤギが住んでいるので少々ヤギの声と物音はしますが、二階は清潔です。そこに泊りませんか?」

「よろしいのですか? 助かります! ありがとうございます、オリビア様!」

「どうぞ、様はつけずにオリビアと」

「ではオリビアさん。よろしくお願いします」

「わかりました。ララさん、ではゆっくり書き写してくださいね」


 祖母の遺してくれた資料と筆記用具一式を手渡して、オリビアは夕食の調理に入った。

 今夜はカラカラのカチカチになるまで干して保存しておいた栗、同じく干したキノコを使ってシチューを作る。たっぷりの玉ねぎ、にんじん、豆を数種類、干しておいたセロリなどをひたひたの水で弱火にかけた。火が通ったらチキンスープと塩を入れて煮込んでいく。


 スープを煮ている間に自作のベーコンと豆の炒め物を作る。

 ベーコンから出た脂で豆を炒めているときにふと振り返ると、ララがうっとりした顔で台所に漂う料理の匂いを嗅いでいる。

(あっ、もしかして)

 急いで大きな丸パンを薄く切り、バターと野イチゴのジャムを塗る。野イチゴジャムもオリビアが夏の間に森で野イチゴを摘んで煮たものだ。


「夕食まで、これでおなかをつないでおいてくださいね」

「いいんですか。ありがとうございます!」


 最初は遠慮しながら食べていたララだったが、途中から夢中になってパンを食べ始めた。無防備になった心が漏れ伝わってくる。

『美味しい、美味しい、美味しい』


 ああ、可哀想なことをした、とオリビアは彼女の空腹に気づかなかったことを申し訳なく思う。おそらくここまで食費を節約したか、お金をろくに持たされずに追い出されたか。

 どんな事情があるにせよ、この年齢の少女を追い出した人は良心の呵責も感じないのだろうかと思う。

(それにしても、なさぬ仲の娘を追い出すのに馬車を与えるって、ちょっと不思議。そんな親なら着の身着のままで追い出しそうなものだけど)


「家を出ていけと言う割に、馬車は与えてくれたんですね」

「あの馬車と馬は、父が遺言状で書き残してくれたものです。でも父はもっと遺してくれると言ってたのですが、書類は書き換えられていました。仕方ないです。あのままあの家にいたら、それはそれで地獄ですから。追い出してくれてありがとうってところです」

「ララさんは強いのね」

「強いというより、慣れでしょうか。母は元々使用人だったので、私も働けるようになった六歳からはずっと働いてました。使用人は賃金を貰えますが、私と母は賃金は貰えなくて。父が生きていた頃は必要なものは手に入りましたが、母も父も亡くなったらもう、散々でした。この服も亡くなった母のもので、一着だけ残っていた、というか取られないように隠しておいたものです。えへへ」


 口の端にジャムをつけたまま「えへへ」と笑うララを見て、オリビアの保護本能が全開になった。


「ララさん、書き写す間だけと言わずに、好きなだけうちにいればいいわ。私も生まれ育った家から逃げ出してここで助けてもらったの」

「まあ。そうなんですか?」

「ええ。そして大切に育ててもらったんです。だから今度は私があなたを守って育てます」

「あっ、いえ、私はもう十分育ってますけど」

「もっともっと肉をつけないと。ララさんはずいぶん瘦せているもの。私が食べ物をたっぷり食べさせて……」

「ふふ。オリビアさん、ありがとうございます。私、働くのは嫌いじゃないので、お店の仕事でも掃除でも、なんでも手伝わせてください。合間にこの資料を書き写しますので」

「のんびりしたらいいんですよ」

「いえ。働くのは得意ですからご心配なく」


 ララの言葉に嘘はなく、彼女はその日から熱心に働いた。


「おや、オリビア、新人さんをやとったのかい?」

「はい」


 常連にそう声をかけられれば笑顔で返した。そしてララとオリビアは互いに顔を見合わせて笑う。若い女性と会話することがあまりなかったオリビアだが、ララが相手だと緊張せずに笑えることが嬉しい。


(この人の言葉には嘘がない)


 動物と嘘がない人間になら緊張せずに対応できる。

 逆を言えば噓がある人間にはまともに対応できない自分がいる。自分はいつまでも心と言葉が違う人間が怖い。なのに、ララは酷い扱いを受けても人間を怖がらない。


(ほんの少しずつでもララさんみたいな強い人に近づきたい)


 オリビアは自分よりも十歳も年下のララの強さと明るさがまぶしい。わずか数時間一緒にいただけで、オリビアはララをとても気に入ってしまった。

 夜に帰宅したアーサーは、見知らぬ少女とオリビアが姉妹のように仲がいいのに面食らった。


「アーサー、今日から離れで暮らしてもらうことになったララさんよ」

「……そう。オリビア、ちょっといいか?」


 台所に入り、アーサーが声を潜めて尋ねてきた。


「あの少女は大丈夫なの?」

「悪意はないから大丈夫。お父様が亡くなってお義母様に追い出されたんだそうよ。薬師を目指しているっていうから、祖母の資料を書き写す間だけでも面倒を見てあげたいの。いいわよね?」

「君がそんなに気に入ったのなら俺は別に反対はしないよ。心に嘘がない人ってことだろう? よかったね」

「ええ! 可愛い妹みたいで嬉しいの」


 アーサーはオリビアが幸せならそれでいい。

 その夜は干し栗と干しキノコと野菜のスープ。付け合わせはベーコンと豆の炒め物。それとバターつきパン。お茶はリンゴ味のお茶。


 ロブもララにすぐ懐いた。

 こうして『スープの森』にララはしばらく滞在することになった。


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書籍『スープの森1・2巻』
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