表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/102

47 ニガイモ採取隊

 ニガイモ団子が煮溶けているスープは、五人の高熱を出している侍女たちに配られた。

 野菜と肉と団子がとろけてしまって、濃厚なポタージュのようになったスープ。咳き込みながらそれを侍女たちが飲む。しんどそうに飲む者もいれば、ゴクゴクと一気に飲むものもいる。


「静かに寝ているように。一時間ごとに熱を測りに来ます」


 ユリス医師の言葉に弱々しくうなずきながら、女性の患者たちは再びベッドに横になった。

 オリビアも一時間ごとに同行して体温の変化を記録した紙を見ていたが、三時間ほどして全員の熱が下がり始めた。五時間後には微熱程度になり、八時間後には全員が平熱になった。


「なんでかしら。これほどの効果があるなんて聞いたこともないわ。ニガイモは昔から食べられているんだもの、何かしらの言い伝えくらいあってもよさそうなのに」

「その解明は後回しだ。まずは患者のためにニガイモを手に入れたい。生えている場所の地図を書いてくれるかい?」

「ユリスさん、私が案内します。わかりにくい場所ですし、ニガイモの木を知らなければ見つけられないかもしれませんから」

「そうか。軍人の患者たちは山場を越えたようだから、君がいなくても大丈夫そうだな。……わかった、君に道案内を頼もう」

「お任せください」


 たちまち『ニガイモ採取隊』が結成され、病に侵されていない軍人、植物学者、庭師の一行が出発した。オリビアは若い軍人と二人乗りだ。


「オリビアさん、少々急ぎます。しっかりつかまっていてください」


 途中の街で馬を替えながら進み続け、馬車なら三日はかかる道のりを一日半で『スープの森』に到着した。時刻は朝の六時。慌てて店から飛び出してきたアーサーの前でヨロヨロと馬から下りたオリビアは、アーサーに抱きとめられた。


「どうしたオリビア。大丈夫か? この人たちは?」

「アーサー、ニガイモの根を採りに来たの。あれが流行り風邪に効いたのよ。私はこれから案内に行くの」

「酷い顔色だよ。場所を言ってくれれば俺が案内するよ」

「いいえ。あの木が枯れないように根の掘り方を説明しなきゃ。きっとニガイモはこの先も必要とされるはずだもの。乱暴に掘って枯らしたくないの。私が掘り方と切り方を教えなきゃ」

「わかった。じゃあ俺と一緒にアニーに乗ってくれ。さあ、行こう」


 店にあるスコップや籠を総動員して、『ニガイモ採取隊』は、アーサーとオリビアの乗るアニーを先頭に進む。川にぶつかり、しばらく川上へ。


「みなさん、あの斜面に生えているのが全部ニガイモです。根を全部掘ってしまうと枯れるので、一本の木から二本までにして根を切り取ってください」

「オリビアさん、私らに任せてください。私ら庭師は草木のことなら専門です。木を枯らさないよう、気をつけますから」

「私は植物学者です。生育環境をこの目で見たいと思って同行して来たんです。あの木に合う環境をしっかり確認して、王都でも育ててみせますよ」


 そこまでにこやかに会話していたオリビアは、そっと近くの岩に腰を下ろす。すぐにアーサーが心配して小声で話しかけてきた。


「大丈夫か? かなり疲れてるな」

「アーサー。仕事や移動で疲れたのもあるんだけど、働いている間中ずっと声が聞こえてきて……」

「病人の心の声か?」

「ええ。なるべく聞かないようにしていたけれど、みんな弱っているから心がむき出しで。『死にたくない』『苦しい、助けて』『お母さん助けて』とかね。みんなの心の叫びがとても切羽詰まっていて……」


 それを聞き取ったことを知られるわけにいかず、聞いたところでできることもないのがオリビアを消耗させていた。

 意識がない人は心の声を流さないし、意識がある人は要望があれば言葉で伝えてくれる。だからオリビアは彼らの苦痛の叫びだけを延々と聞き続けるしかなかった。何度も(こんな能力をなぜ神様は私に)と泣きたくなりつつも、笑顔で働いていた。


 再び立ち上がり、土を崩して根をむき出しにされたニガイモの木に近寄った。皆に切り取り方を実演して見せる。全員が真剣にそれを見つめる。


「よし、わかった。オリビアさん、あとは俺たちがやるから。もう家で寝てくれていいぞ」

「では掘り終わるまでに下処理の方法を紙に書いておきます。その皮には有毒な成分があるそうなので、間違えたら大変ですから」

「頼んだ!」


 オリビアはいつでも持ち歩いている肩掛けカバンから紙とペンを取り出し、誰が読んでも間違えないよう、丁寧に下処理の方法を書いた。今回はわざわざ団子にする必要はない。なので皮を剥いて水に晒し、ざく切りにして柔らかくゆでる方法にした。アーサーが隣でそのメモ書きを真剣に見ている。


「よし。これで大丈夫。安全に下処理できるはずよ」


 しばらくしてニガイモの根が小山のように積まれ、全員が再び城に戻ることになった。

 オリビアがヨロヨロと一緒に隊と行動しようとしたが、制止されてしまった。


「オリビアさん、君はここで解散だ。かなり顔色が悪いよ。あとは僕たちに任せてくれ。あと、これは君の分のニガイモだ」

「ありがとうございます。ユリスさん、ではお言葉に甘えて家に帰ります。皆さんお気をつけて」

「今まで助かった。ありがとう。じゃ!」


 ニガイモ採取隊は土煙を上げて去って行った。それを見送り、家に帰ることにした。

『スープの森』にたどり着き、お湯で身体の汚れを落とそうとして、オリビアは自分が熱を出していることに気がついた。


「アーサー。私、流行り風邪をもらってしまったみたい。私に近寄らないで。私は部屋にこもるから、あなたは仕事に行って。そろそろ家を出る時間だわ」


 アーサーは一瞬動きを止めたが、自分が為すべきことの優先順位をすぐに決めた。


「いや、今日は仕事を休む。店は俺がいなくても回る。フレディさんには後で連絡を入れるさ」

「そう? 二人で寝込んだら始末に負えないから、とにかく私に近寄らないでね」

「わかったわかった。まずは寝てくれ」

「ええ。そうします」


 そう言ってオリビアはよろよろと階段を上がり、独身時代の自分の部屋に入った。既にめまいがするし寒気もする。


「動けるうちに熱が上がったときの用意をしなくちゃ」


 着替えを揃えて枕元に置き、吐き気が始まった場合に備えてバケツを置く。ノックの音がしたので

「アーサー、飲み水と身体を冷やすのに使う水を運んでくれる?」

と声をかけた。鈍い頭痛も始まりつつある。


「さあ、来い。ニガイモならあるわよ!って、ああ、そうか、あれは下処理が必要だった……」


 ニガイモスープは諦めて、のろのろとベッドに潜り込んだ。ろくに寝ないで看病した上に強行軍で移動した。その疲れがどっと出てきて、目を閉じたらすぐに泥沼に引きずり込まれるように眠たかった。

 眠りながら寒気でガタガタ震えているとき、アーサーが部屋に入って来たような気がする。しかしハッと目を覚ましたときにはもう、アーサーはいなかった。


(うう、喉が痛い。頭も痛い。身体の節々が痛い。ああ、痛い、つらい、苦しい)


 そこまで心で愚痴をこぼしてハッとした。

(兵士たちもこんな心の声をあふれさせていた。だったら私は優しく声をかけて励ますだけでも少しは気休めになったんじゃないの? 知らん顔してただニコニコしているだけじゃなくて! ああ、もう、私の馬鹿!)


 顔まで布団をかけてから寝間着がサラサラしてるのに気づいた。いつの間にか着替えさせてもらっている。少ししてアーサーが様子を見に来てくれた。


「アーサー、ありがとう。一人だったらどれだけ心細かったか」

「そうだろう? 俺がいるから安心して眠ってくれ」

「あっ、同じ部屋にいたらあなたに風邪をうつしちゃう」

「大丈夫。君に教わった通り、窓は少しずつ開けてある。もう少しでニガイモスープができるから、それまで寝ていなさい」


 口を利くのもしんどくて、コクコクとうなずいて眠りに落ちた。

 朦朧としている最中に上半身を起こされて、ほんのり温かいスープを飲んだ気がする。額を冷やす布も何度か替えてもらったような。全ての記憶が曖昧なまま、オリビアは浅く眠り続けた。

 

 途中、アーサーが手を握って何かを話しかけてくれていたような気がしたが、それも夢なのか現実なのか、はっきりしなかった。

 一度、アーサーの心が流れ込んできた。アーサーは心の中で何度も同じ言葉を繰り返していた。

(俺からもう家族を奪わないでください。お願いします、お願いします。神様、オリビアを助けてください)


「私なら大丈夫よ」と言ってやりたいのに、声を出す元気がなかった。ひたすらだるくて眠い。眠っては起き、起きては眠る。そのうち、だんだん身体が楽になってくるのを感じた。

 次に目覚めたとき、頭痛は消えていて、呼吸も楽だった。


「アーサー、私、流行り風邪を乗り越えたみたい」


 そう話しかけたが返事がない。見るとアーサーはベッドの脇に椅子を運び、座って腕組みしたまま眠っていた。

 ベッド脇の小さなテーブルにはスープの器。ざく切りのニガイモが皿の底に残っている。


「私のメモを読んでいるなと思ってたけど、面倒な下処理をちゃんとしてくれたのね。ありがとう、アーサー。私、あなたをひとりぼっちになんかしないわよ」


 そっと手を伸ばして、アーサーの膝に手を置いた。

 オリビアは久しぶりに金色の鹿が言っていた『本物のツガイ』という言葉を思い出した。


「せっかく本物のツガイに出会えたんだもの。あなたを残して先に死んだりするもんですか」


 オリビアは「よいしょ」とベッドに起き上がり、力の入らない脚を床に下ろした。そしてアーサーにそっと毛布をかけた。

「私の大切なツガイ」

 そう小声で言って、大柄なアーサーの肩をそっと抱きしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍『スープの森1・2巻』
4l1leil4lp419ia3if8w9oo7ls0r_oxs_16m_1op_1jijf.jpg.580.jpg
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ