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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章

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43 焼きもちじゃなくて八つ当たり

「お帰りなさい、アーサー」

「ただいま、オリビア。肉を少し多めに買ってきた。店で使ってもらおうと思って」

「ありがとう。あら? 外にいる人は知り合い?」

「いや、違うけど。腹は空かせてそうだな」


 苦笑しながらアーサーがそう言うと、オリビアはスタスタと店を横切ってドアを開け、馬に乗ったまま店を眺めている人物に声をかけた。


「いらっしゃいませ。キノコをたっぷり使ったスープ、いかがです? オムレツも豚肉のローストも美味しいですよ」

「あっ、えっ、えっと、はい。食べたいです!」


 その男性は三十歳くらいか。大柄な体格、明るい茶色の髪はクルクルと毛先が跳ねている。店内に入り、壁のメニューを見ている。それから本日のスープと付け合わせ多め、別皿でオムレツ、パン三枚を注文した。なかなかの食欲だ。

 男はソワソワしながら料理を待ち、アーサーが一人で食事をしているのをチラチラ見ている。

 アーサーは念のために客の振りをして、台所に近い席に座っている。


「お待たせしました。本日のスープと付け合わせとパン、です」


 自分の席に運ばれてきた料理を見て男性が「わっ!」と喜ぶ。スプーンを手にして大きな口でどんどん食べる。いい食べっぷりだ。

 アーサーは心の中で(追跡者があれとは。フレディさんの兄弟子のところは、よほどその手の人手が足りないのかな)と苦笑する。

 いつもなら閉店の時間なので、店内の客は追跡者の男性一人。

 男性が食べ終わるのを見計らって、アーサーが話しかけた。


「キフジンノタシナミを探すために俺を追跡してきたんでしょう?」

「あっ、いえ、あの、」


 男はしどろもどろになって、目を泳がせている。


「追跡なんて慣れないことをして疲れたでしょうけど、残念ながらあのキノコを採って来たのは俺じゃない。俺は頼まれて運んだだけですよ」

「そうなんですか。あのぉ、僕の追跡、バレてましたか。あっ、僕はレジーといいます」

「あれは追跡とは言えないな。ただ後をくっついているだけだよ、レジー。俺はアーサーだ」

「うっ。そうですか」


 そこまで言ってアーサーはオリビアを振り返った。

 オリビアはレジーの心の声を拾ってみたが、オロオロと慌てているだけ。悪意も敵意もなし。それを確認してからアーサーに笑顔でうなずいた。


「あれを採ってきたのは俺じゃないからキノコの場所を教えることはできない。悪いな。そして採ってきた人の名前も教えられない。どうする? このまま帰るか? それとも妻がここの森なら詳しいから明日の朝、三人で探してみるかい?」

「妻……。いいんですか? 僕、手ぶらで帰るわけにはいかなくて困っていたんです。僕の本職は薬師で、追跡なんてしたことがないからって断ったんですけど、僕は一番下っ端だから。断り切れませんでした」

「そんなところだろうと思ったよ」


 さくらんぼのお茶を出しながら、オリビアが優しい顔で話に参加する。


「この辺りに宿はないから、うちの離れに泊まりませんか。一階はヤギが使ってますけど、二階は快適ですよ。シーツは清潔です」

「厚かましいのは承知ですが、そうお願いできたら大変助かります。ありがとうございます。初めて来た場所で夜道を進むのは正直自信がなかったんです。あっ、宿代はおいくらですか。手持ちにあまり余裕がなくて」

「ヤギの上ですからお代は不要です。安心して泊まってください」

「ありがとうございますっ! 助かります! あと、このお茶、すごく美味しいです!」


 レジーはガタガタッと音を立てて立ち上がり、深々と頭を下げた。


     ※・・・※・・・※


 翌朝、五時に起こされ、朝食を出されたレジーは恐縮し続けている。

 アーサーとオリビアは二人で同じような表情でそれを見ている。(憎めないヤツめ)という顏だ。


 森の中を三人で移動していると、ロブがワフワフとはしゃぎながら三人の前になったり後ろになったりしながらついて来る。

 オリビアは普段はあまり経験がない今の状況でも、緊張せずリラックスしていられる自分に気がついた。アーサーがいてくれるからだろうと思うと、何十回目かの温かい感謝を心に抱く。


「オリビアさんはキノコのこと、詳しいんですか?」

「そこそこは」

「誰に教わったんですか?」

「祖母に。祖母は薬師でしたので」

「へえ。マーレイ領の薬師だったんですね」

「いえ、薬師として働いていたのはお城です。マーガレットって名前はご存じないでしょうね。祖母とレジーさんでは年齢がだいぶ違うから」

「マーガレットって、あのマーガレット様じゃないですよね? ルイーズ王女と共に隣国に渡ったっていう伝説の」

「伝説かどうかはわかりませんが、そのマーガレットです」

「うわ」


 そこからレジーが妙に恐縮している。(おばあさんは有名だったのね)と少し嬉しくなる。

 歩きながらオリビアはどんどん薬草やキノコを採ってアーサーの背中の籠に入れる。それを見てレジーも真似をして摘む。


「僕、いつも採取されて届けられたものを使ってましたけど、こうやって生きているのを見るのは勉強になります」

「そうね」

「オリビアさんは薬師なんですか?」

「いいえ。『スープの森』の店主です。それだけ。今摘んでいる薬草は近所の方が具合悪い時に少し差し入れするだけです」

「もったいないですね」

「ふふ」


 この前キフジンノタシナミが生えていた場所に案内した。


「あれを採ったのは私です。もう気づいていたかしら。残しておいた分も採ってしまったら来年は生えてこないから、これは来年のために残しておきたいの。他にもあるかもしれないのを期待したけど、見つからないわね。来年もまた生えてきたら、またフレディさんに届けてもらいますよ。黙っていてごめんなさいね、レジーさん」

「いえっ。そんなことは。この森は豊かですね。こんなにたくさん薬草が生えてた! キノコだって、あれは見つからなかったけど、ほかの有用な種類がいっぱい見つかりましたから、満足です」

「そう。手ぶらじゃなくなってよかったですね」

「あのっ」

「はい? なんでしょう」

「また来てもいいでしょうか」

「この森に? 『スープの森』に?」

「どっちもです」

「ええ、どうぞ。お待ちしています」


 レジーはご機嫌で帰って行った。来年のキフジンノタシナミを約束してもらえたのでホッとしたようだった。

 一方、不機嫌なのはアーサーだ。

 口数少なく出勤して行き、帰ってからも不機嫌だ。


「アーサー、なにか怒ってるの?」

「いや。別に」

「怒ってるわよね? 心が漏れてきてる」

「君さ、」

「君?」

「オリビアはさ、不用心だよね。なんであいつにあんなに親切だったわけ? 勘違いされるよ? 男はね、ちょっと優しくされると『あれ? この人、俺に気があるのかな?』って思う生き物だからね!」

「夫のあなたが後ろからついて歩いていたのに?」

「舞い上がってるときの男はそんなもんだよ。周りなんて見えちゃいないよ」

「舞い上がって……レジーは舞い上がっていなかったと思うけど」

「へえ」


 ワンッ! とロブが吠えて急いで二人の間に入る。尻尾を振りながらアーサーとオリビアの顔を交互に見上げる。


「ロブが心配してるわ。『喧嘩? 喧嘩が始まったの?』って気を揉んでるわ。ごめんね、ロブ。喧嘩じゃないの。アーサーがおかしな焼きもちを焼いているのよ」

「もういいよ」

「あら」


 ぷりぷりしながら二階に上がって行くアーサーを見送ってオリビアは苦笑する。アーサーはいつも冷静沈着で、あまり心が漏れてこない。なのにさっきは『俺のオリビアなのに!』と心の中で何度も怒っていた。


「俺のオリビア、だって。ふふ。可愛い人よね、ロブ」

「ワンッ!」

「お前もそう思うのね」

『アーサー、いい人間! オリビアと仲良し!』

「そうね、いい人間ね。明日の朝は、アーサーが好きな卵とじのグリーンピースのスープにしようかな。それでご機嫌を直してくれるといいわね」

「ワンッ!」


 オリビアは台所を片付け、たっぷりのお湯を沸かして髪を洗い、灯りを消して二階に上がった。アーサーはもう眠っているらしく、ランプも消えている。

 アーサーを起こさないように静かにベッドに入り込み、アーサーに背中を向けて眠ろうとした。


「オリビア、ごめん」

「あら、起きていたの?」

「ごめん。八つ当たりした。だけど焼きもちではない」

「はいはい」

「オリビアが誰にでも優しすぎるから心配しただけだ」

「はいはい。ふふふ」

「なんだよ。なんで笑ってるのさ? ちゃんと謝っているのに」

「私、きっと一生一人で生きていくと思っていたから。よかったな、と思って。こうして焼きもち焼いてくれる人がいるのが、不思議な気分だし、ありがたいなって思ったらつい」

「だから焼きもちじゃないって。八つ当たりはしたけど」

「はいはい。八つ当たりが何への八つ当たりなのか、よくわからないけど」

「……俺もわかんないけど」


 ついにオリビアが笑い出してアーサーも笑い出す。


「あいつ、絶対来年も来るよ。いや、もしかしたらもっと早く来るかも。そしてまたオリビアに甘えるつもりだ。腹立たしい」

「そう言わないの。可愛い人だったじゃない」

「……」


 月明かりだけのほの暗い中で、アーサーが天井を向いたまま下唇を突き出して変な顔をしている。オリビアが笑い出し、階下でその声を聞いたロブが頭を上げてピクリと耳を動かしたが、また目を閉じてしまう。


『アーサー、いい人間』


 口をくちゃくちゃ動かし、ロブは満足して眠りに就いた。

 アーサーが一緒に暮らすようになってから、オリビアの心から氷のように冷たいものが流れて来なくなった。ロブはそれをとても喜んでいる。 


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書籍『スープの森1・2巻』
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