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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章

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41 道案内

 ダンカスターから店に帰り、ロブとヤギたちに大歓迎されたオリビアとアーサー。

 その日からいつも通りの穏やかな生活に戻った。

 季節の食材でスープを作り、スープに添える料理を作り、鉢植えの世話をして動物たちと会話をする。愛するアーサーとおしゃべりをし、たまに流れてくるアーサーの優しい気持ちにほっこりする。その繰り返しの日々。


 今日のスープは一度干したキノコとイノシシ肉の具沢山スープ。

 添えられるのは炒めた玉ねぎをたっぷり使ったオムレツ。生クリームと牛乳が卵に溶け込んで、トロリと濃厚だ。希望する人にはチーズを削って載せる。


「ああ、このキノコとイノシシのスープ、ダシがたっぷり出てるね。イノシシの肉と合う。旨いなぁ」

「キノコは干すとなんでこんなに美味しくなるんですかね」

「なんだ、料理しているオリビアもわからなかったか」

「そうなんです。わからないんですよ」


 笑顔で「ごゆっくり」と声をかけて台所に戻ろうとするオリビアに、また別の客が声をかける。


「オリビア、このオムレツは食べ応えがある。夜まで働かなきゃならないから助かるよ。なにより旨い。オムレツの下に敷いてあるのはクッキーみたいにザクザクしてるけど、甘くないんだな」

「材料はクッキーとほぼ同じですけど、クルミを入れていて甘くしていないんです。オムレツと一緒に食べると歯応えの違いが楽しいですよね」

「ああ。ザクザクした台ととろけるオムレツ。いいよ、癖になる」

「ありがとうございます」


 そんなオリビアと客の会話を、アーサーは台所のテーブルで聞いている。

 今日は薬草店が休みの日だ。

 オリビアはアーサーに

「私に遠慮せずに、好きな場所に出かけていいのよ」

と言うのだが、毎回アーサーは

「俺はこの店にいるのが一番楽しいから。追い出さないでくれよ」

と笑う。


 昼の客が帰り、夕方まで時間ができるとオリビアは急いで森に向かう。アーサーとロブも一緒だ。


「キノコを早く採らないと、虫がつくし傘が開きすぎると味が落ちるのよ」

「でも毎日大量にキノコを採ってきたら、余るんじゃないのか?」

「いいえ。冬が来る前に全部干して、冬の間中料理に使うから。余ったことなんて一度もないわ」


 こういうときのオリビアは威勢がいい。まるで冬支度をしている森のリスみたいだとアーサーは思う。

 秋も深くなると、冬眠前の熊がせっせと食べ物を漁る。それを知っているアーサーは、オリビアが森に行くときは必ず付いて行くようにしている。


「おじいさんが生きているときはおじいさんが守ってくれただろうけど、二人ともほぼ同時に亡くなった後は、五年間どうしてたんだ? まさか一人で森の奥まで入ってたのかい?」

「ええ。大きな声で歌を歌いながら『人間がいますよ。こっちに来ないでね』って知らせながらキノコやクルミを集めてた」

「危ないなあ。その歌声を聞いて逆に寄って来る熊がいなくてよかったよ」


 一度人間の味を知ってしまった熊は、繰り返し人間を襲うと聞いている。アーサーはオリビアに何もなかったことを心から神に感謝する。

 その日はキノコもクルミも大量に手に入り、オリビアはホクホクしていた。そんな妻の横顔を見ながら、アーサーの顔も緩む。


 店に戻ると、キノコのゴミを取り除き、濡れた布巾で汚れを落とす。それから細い木の串でキノコの軸を刺していく。木の串は大量にあって、箱の中に収められていた。


「それは?」

「祖父の手作りの串。祖母は小枝を使えばいいと思っていたみたいだけどね。祖父は几帳面な性格で、同じ長さ同じ太さの串を全部自分で作ったんだって」

「騎士の腕前がありつつ器用な手先か。最強の夫だな。どれ、俺も手伝うよ。逆さまにして刺すんだね」

「ええ。祖母が言うには逆さまに干した方が味がいいっていうの。ほんとかどうかはわからないわ」


 台所のかまどは火を小さくしてある。やかんが載せられていて、シュンシュンとお湯が沸いていることを静かな音で知らせている。他に音はしない。

 たまに森の方から「ギャッギャッ」とか「ホオォォォウ」という何かの鳴き声が聞こえるくらいだ。


「ここで暮らしているとさ、俺、森の中にいる小さな生き物になったような気がするんだ」

「小さな? 心細いの?」

「いや。食べ物が豊富で、きれいな水もあって、数えきれないほどの生き物がいて、その一部になったような感じかな。しかも動物の声を聞き取れる妻がいてくれるから、退屈しない」

「そんなふうに思ってくれるのはアーサーだけね」


 木の串に全てのキノコを刺し終えた。


「これをどうするの?」

「これをね、細い藁縄わらなわ二本の間に渡して、ぶら下げる。量が少ない時はザルに並べるのだけど」


 椅子の背に二本の細い藁縄を結び、藁の目に串を刺す。次々とキノコ付きの串を刺していくと、梯子のようになっていく。縄の位置をずらしながら、オリビアは自分の身長ほどの長さのキノコ梯子を作り上げた。


「この梯子みたいのを、何本も作って軒下に吊るすのよ。お日様を浴びてカラカラに乾いたら保存食の出来上がり」

「へえ。さくらんぼのお茶といい、いろいろなものに手間をかけるんだね」

「私は楽しいけど」

「俺も楽しいよ」


 店の隅の箱ベッドで寝ていたロブがクッっと頭を上げた。そして急いで起き上がり、ロブ用に作られている小さなドアを額で押して外に出て行った。


「なにかしら。なにも感じられないけど」

「俺が見てくる。君はここにいて」


 アーサーは大型ナイフとオイルランプを手に、ロブが出て行った台所のドアを開けて外に出た。

 どうしたんだろうと心配して待っていると、何かを抱えたアーサーが戻って来た。ロブが何度も後ろ足で立ち上がり、アーサーの腕の中を覗こうとしている。

 アーサーの腕の中に、意識のない野ウサギがいた。


「後ろ脚に酷い怪我をしている。もうだめかもしれないな」

「そう。意識が朦朧としていたから感情が伝わらなかったのね」

「どうする?」

「出会った以上、手当てをするわ。今、箱を持って来るからそこに入れてね」


 茶色の野ウサギはぐったりしていて、箱に入れても動かない。ロブがフンフンヒコヒコと鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


「血の匂いが気になるのね。ああ、何かにガブリとやられたみたい。縫うしかないかな」


 アーサーは黙って見ている。これが傭兵時代ならご馳走が向こうから飛び込んできたと喜ぶところだが、オリビアは自分のところに来た動物は手当てをしてまた森に帰している。そのまま縁が切れる動物がほとんどだそうだが、あの狼のようにずっとオリビアを忘れない動物もいるらしい。


「アーサー、ウサギが動かないように押さえていてくれる? 縫っているときに暴れられると困る」

「おう。任せとけ」


 オリビアはウサギの傷に蒸留酒をかけ、脚の毛をカミソリで剃ってから傷口を縫い始めた。ウサギは完全に失神していて、最後まで目を覚まさず、動かなかった。


「さて、この子が勝手に逃げ出さないように巣箱を用意しなくちゃ」

「ヤギの小屋に木箱が積んであったね?」

「ええ。あの子たち、高い場所が好きだから、階段を作っておいたの。ひとつくらい箱が減っても大丈夫よね?」

「文句を言われても俺は聞こえないから平気だけど」

「私が謝っておくから大丈夫」


 アーサーはヤギ小屋の木箱を持って来ると、中に敷き藁を入れ、上に空気が通るようにすきまを開けた蓋を作って載せた。ウサギは静かに眠っていて、オリビアは「また森に帰れますように」とおまじないのように話しかけてからキノコ梯子を再び作り始めた。

 

 キノコの縄梯子は二階の軒下にぶら下げられ、秋の陽射しに当たって、カラカラに乾いた。

 野ウサギは初日こそ暴れたが、オリビアがウサギに話しかけたら大人しくなった。


「治ったら森に放してあげる。あなたのことは決して食べない」

 野ウサギはピタリと暴れなくなり、与えられる野菜や草を食べてどんどん回復していく。


 二週間ほどたった頃。

「うん。傷が完全に塞がったわ。野の獣は治るのが早いわね」

 そう言いながら箱を抱えて裏庭に出た。蓋を開け、箱を傾ける。野ウサギは森に向かって飛び出して行くのだと思っていた。


 ところが野ウサギは、五メートルほど進んで振り返ったまま動かない。


「どうしたの? 巣穴に帰らないの?」


 野ウサギはオリビアの方に跳ねて戻り、また少し進んで振り返る。

 どうやらついて来いということらしく、夕方の営業時間までは余裕があったオリビアは、ロブを連れて野ウサギの道案内に従うことにした。

 

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書籍『スープの森1・2巻』
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