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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章

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40 ローリーが望むこと

 ローリーの願いを聞いたオリビアが最初にしたことは、ベランダに出て街のスズメたちに呼びかけることだった。


(虫を持ってきてくれたら、ヒマワリの種とカボチャの種を好きなだけ食べさせてあげる! りんごもあるわよ! 虫を持ってきたら食べられるからね!)

 心でそう呼びかけてから、オリビアは部屋に入った。

 種はローリーの籠の近くにガラス瓶にいっぱい詰められているのを確認済みだ。りんごはテーブルの上に人間用が置いてある。


 ウッズ伯爵、リナ、アーサーが見守る中で、ローリーに話しかける。

「ローリー、食べ物の他に、なにかしたいことはある? 虫は少し待ってね」

『バシャバシャ バシャバシャ』

「えーと、水浴びかな?」

 ローリーの心の中から水浴びを望んでいる気持ちが伝わってくる。水浴びが大好きで、どうやら経験もあるらしい。


 オリビアは心の中で、庭で使っている深皿を心に思い描いた。縁が欠けた深皿。そこにきれいな水を入れる。そこで気持ちよさそうに水浴びをするチュンを思い浮かべる。

 突然ローリーが籠の中で羽ばたいた。

 籠はあまり大きくないので、ローリーは止まり木にしっかり両足でつかまり、籠に衝突しないように気をつけて羽ばたいていた。


「水浴びをしたいそうです。籠から出して水浴びをさせたいのですが。洗面器に水を入れて持ってきてもらえますか?」

「すぐに用意させよう。リナ、頼めるかい? 他にはなにを言っているのだろうか」

「ローリー、あとは? あとは何がしたいの?」


 すぐにローリーの心が流れ込んでくる。

 白いヒゲを蓄えた年配の男性が見えた。先代のウッズ伯爵様だろう。部屋の中で自由に飛び回るローリーを楽しそうに笑って見ている。ローリーはこの老人が大好きだったようで、老人の姿と一緒に楽しい気持ちが伝わって来る。


「籠から出て室内を飛びたいようです」

「確かに父はローリーを部屋に放していたらしいのだが」


 部屋を出て行ったリナが、水を入れた洗面器を持って来た。籠の中でローリーが激しく羽ばたいた。よほど水浴びをしたかったらしい。

 オリビアは全ての窓が閉まっていることを確認してからローリーの籠の扉を開けた。

 だがローリーは出てこない。


「ずっとこうなんだ。父が部屋で遊ばせていたとリナから聞いたから、父が亡くなった後は毎日扉を開けて待ってみたんだが。一度も出てこない。だから最近はもう外に出そうとするのを諦めていたんだ」

「ローリー、どうして出てこないの?」


 ローリーの記憶を探って、オリビアは驚いた。

 使用人らしき女性が、怖い顔で金切り声をあげながらローリーを虫取り網で追いかけまわす。ローリーは恐怖で逃げ回る。その女性はどこまでも追いかけてきて部屋の中で虫取り網を振り回す。

 ついに捕まり、網の中で暴れるローリー。

 女性はローリーを乱暴につかんで籠に突っ込み、怖い顔で何かを罵っている。恐怖で怯えるローリーの記憶が胸に刺さる。


「酷い。ローリーは籠から出て、とても恐ろしい思いを何度もしたんです。だから籠から出なくなったんだわ。その女性はローリーを少しだけ出して、すぐに籠に戻したかったんでしょうね」

「そんなはずは。いったいどんな目に遭ったというんだね」

「茶色の髪の、痩せて背の高い女性が、虫採り網でローリーを部屋中追いかけまわしています。とても怖い顔で。そして捕まえたローリーを乱暴につかんで籠に押し込んだあとも、ずいぶん長いことローリーに悪態をついています」

「そんな……」


 伯爵は「信じられない」という顔だが、リナは思い当たることがある顔だ。


「リナさん、その女性が誰なのか思い当たる節があるんですね?」

「今はもう辞めてしまったアガサです。長いことお屋敷で働いていたベテランでしたが、お金に困る事情でもあったのか、お屋敷の物をくすねようとしたんです。たまたま現場で見つけてすぐに解雇しました」

「リナ、なぜそんな者にローリーの世話を任せたんだ?」

「申し訳ございません。先代の伯爵様が亡くなったあと、旦那様と私が引き継ぎで王都と領地を往復している間、アガサにローリーの世話を頼みました。それ以前は真面目な働き振りでしたので、信用しておりました。まさかローリーにそんなことをしていたなんて……」

「じゃあ、もうその人はいないんですね。よかったです。ローリー、怖い人はもういないわ。安心して出ていらっしゃい」


 ローリーはそれでも迷っている。

 オリビアは野生の動物を相手にするときと同じように、動かずにローリーの決心がつくのを待った。

 その間も洗面器に手を入れ、チャプチャプという水音を聞かせるのを忘れない。

 ローリーは迷っているらしく、止まり木の上をタタタ、タタタと右に左に動いて落ち着かない。


「大丈夫。もうローリーを追いかける人はいないわ」


 ローリーはついに我慢できなくなったらしく、籠の入り口にピョンと止まり近くのテーブルに置いてある金属の洗面器に向かってパサッと羽ばたいた。

 それからはもう、水浴びに夢中だ。

 羽を広げ、体を震わせ、右半身を水に浸けてバシャバシャ、左半身を水に浸けてバシャバシャ。


「ローリー、バシャバシャは気持ちがいいねえ」

『バシャバシャ! たのしい! バシャバシャ! 嬉しい!』


 テーブルの上も床も水しぶきが飛んでいるが、伯爵はローリーが水浴びをしているのを笑顔で眺めている。

(ああ、伯爵様方は、本当にローリーを大切にしてくださってる)


「オリビア」

「はい? なあに、アーサー……あっ! 早い!」


 ベランダの手すりに、ぎっしりとスズメが並んでこちらを見ていた。全てのスズメが口になにかを咥えている。いや、何かではない、間違いなくオリビアが頼んだ虫だ。


『はやく! タネ! はやく! タネ!』

『タネ 食べたい!』

『りんご! りんご! りんご!』

と催促をしている。りんごの味を知っているスズメは人間から貰ったことがあるのだろうか。


「ローリー、スズメが虫を持ってきてくれたわ。ベランダに出て受け取ってくるから、一度籠に戻ってね」


 ローリーは一度窓の外を見てからシュッと籠に飛び込んだ。すぐにオリビアが籠の扉を閉め、華奢な掛け金をカチンとかける。


「ええと、アーサー、一緒に来てくれるかしら。私は虫嫌いじゃないけど、あれだけの数はさすがに。虫の拾い残しはまずいし」

「ああ、任せろ」

「リナさん、そのりんごを使ってもいいですか? スズメたちにご馳走するって約束したんです」

「約束……ええ、はい、どうぞ」

「その果物ナイフもお借りします」


 アーサーとオリビアがベランダに出て、ローリー用の餌をベランダの床にばら撒いた。

 スズメたちは咥えてきた虫をポイッと嘴から落として種に群がる。ローリーの餌に大喜びだ。


 アーサーがベランダの床に落ちたトンボ、蝶、青虫、芋虫を拾ってハンカチに包んでいく。オリビアは果物ナイフでりんごを刻み、細かくしてから床にそっと小さな山にして置いた。

 ヒマワリの種、カボチャの種、粟、ヒエ、汁気たっぷりのリンゴは、スズメたちにとって滅多に食べられないご馳走だ。夢中で食べている茶色の小さな背中に向けて、オリビアは「ありがとう。助かったわ」と声をかけた。


 部屋に戻ると、室内からベランダでの様子を見ていたリナが顔を強張らせている。伯爵も少々腰が引けている様子。

 オリビアは籠の扉を開けてローリーに話しかけた。


「ローリー、好きなのを選んで食べるといいわ。食べたらお部屋の中を飛んでもいいのよ」


 ローリーはキーキー叫びながら虫を選んで食べた。やがて満足して羽繕いをする。しばらく丁寧に羽繕いをしていたが、突然羽ばたいた。

 大型のオウムが室内を飛ぶ姿は迫力がある。オリビアとアーサーは「わぁ」と驚きつつ眺めた。


 ローリーはカーテンの上に設けてあるカーテンボックスに着地し、そこからシャンデリアへ。シャンデリアからソファーの背もたれに飛び移る。


「ああよかった。元気だ。今食べて今元気になるものかね?」

「食べ物ではこんなにすぐには元気になりませんから、きっとローリーは心も弱っていたのではないでしょうか」

「そうか。しかし、これからは室内でこうやって遊ばせてやれる。よかったよ」


 伯爵がそう言って満足げにローリーを眺めていると、ローリーがしゃべった。


『ローリー、オハヨウ、ゲンキカ? リンゴヲタベルカ? ローリー、イイコダナ』

「まあ、伯爵様、この声って……」

「リナ、驚いたな。あれは父さんの声だね」

「伯爵様、ローリーはしゃべっているつもりではなく、さえずっているつもりのようです」


 ローリーはご機嫌で、背もたれの上で首を左右に動かしながらしゃべり続ける。


『ローリー オハヨウ イイコダネ リンゴヲタベルカ ローリー ローリー ナガイキスルンダヨ』


     ※・・・※・・・※


「いいのかい?オリビア。明日もローリーに付き添うつもりだったんだろう?」

「もうローリーは大丈夫よ。伯爵様が虫も与えるようにするとおっしゃってたし、籠から出られるようになったんですもの」

「伯爵様は、ホテルを手配してくれているって言ってたのに」

「ロブが待ってるもの。きっと二日分のごはんを一度に食べきってるはずよ」

「ああ、そんな気がするな」

「ピートとペペも草が食べたいって思いながら待ってる。アーサーこそ、夜に馬車を走らせるのはつらくない?」

「俺が傭兵を何年やってたと思ってるんだい?」

「ごめんね、お仕事も休ませちゃって」

「気にするな。ちゃんと許可は得てる。そして薬草採取で休んだ分を取り戻すさ」

「私も協力するわね」

「心強いな」


 馬車はゆっくり夜の街道を進む。馬車を引いているアニーはまたしても『ツガイ 仲良し イイコト イイコト』と心でつぶやいていた。

 


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書籍『スープの森1・2巻』
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