39 オウムのローリー
ダンカスターの街で一番大きいホテルの一室に、四人と一羽。
真っ白で大きな鳥がオウムである。オウムは金属の鳥籠の中にいた。背中を丸め、あまり動かない。気力に欠けた眼差しでオリビアをどんより見ている。
「あなたは鳥のことに詳しいのかな?」
「はい、多少は。ですがオウムは初めて見ます。ウッズ伯爵様、大変申し訳ありませんが、診察をする間、オウムと私たちだけにしていただけませんか?」
三十八歳のアルフレッド・ウッズ伯爵は「え?」という顔になった。
顔を合わせるまでは伯爵という身分を伏せてオウムの診察を依頼し、平民の都合に合わせてここまでわざわざやって来た。伯爵としてかなり譲歩したのは、父が遺したオウムが大切だからだ。
なので伯爵は
(初対面の平民とローリーを残して部屋を出ろ、というのはあんまりな条件だ。ローリーになにか異変があっても、ローリーに原因があるのかこの者たちに原因があるのか判断がつかないじゃないか)
と少々ムッとした。
そのムッとした感情を感じ取り、オリビアは(そうですよね。普通はそう思いますよね)と思う。
「伯爵様、では伯爵様もリナさんもこのまま部屋にいてくださって結構ですが、ひとつお約束をしていただけないでしょうか」
「約束の内容による」
「ここで見たことはよそで話題にしないでいただきたいのです。それだけです」
「そんなことなら大丈夫だ」
ご機嫌を少々損ねた伯爵の様子を見て、オリビアは覚悟を決める。
「では、始めます。ローリー、あなた元気がないんですってね。どうしたの?」
『……食べたい』
「食べ物は貰ってるでしょうに」
『虫 食べたい』
「そう。あなたはどんな虫が好きなの?」
『バッタ 好き 芋虫 好き 』
「ああ、なるほど。わかったわ。それだけ?」
『臭い ニオイ キライ 臭い 臭い 苦しい』
「何が臭いのか教えてくれる?」
『この人 臭い イヤなニオイ』
そこでアルフレッド・ウッズ伯爵はたまらずに口を挟んだ。
「いやいや、待ってくれ。君はローリーと会話していると言うつもりじゃあるまいね?」
「そうお思いになるのはわかりますけど、私は……」
「結構だ。帰ってもらおう。藁にもすがりたい人間の心を利用するにしても、もう少し上手にやるべきだったな」
アーサーが気色ばんだのを感じて、オリビアは黙って首を振った。
相手は伯爵様、自分たちは平民。これ以上もめれば、自分だけでなくアーサーにも迷惑がかかる。
「仕方ないわ、アーサー。ローリー、ごめんね。あなたの役に立てなかった。伯爵様、失礼いたします。本当にごめんね、ローリー」
「お待ちください!」
「リナ、この者たちを連れてきた君を責めたりはしないよ。安心しなさい」
「違います。伯爵様、わたくし、今、大変驚いております。オリビアさんはローリーの名前をご存じでした」
「それがどうした?」
「わたくし、ローリーの名前を教えていません。なのにご存じでしたわ。もしやオリビアさんは特別な力を持っているのではありませんか? 本当にローリーと会話できるのでは?」
「リナ、馬鹿なことを言うものじゃないよ」
伯爵は苦笑している。
その二人には構わず、オリビアはローリーの感情と記憶を全力で探る。せっかくここまで来たのだ。いざとなればルイーズ様を頼る手もあるが、ルイーズ様の手を煩わす前に、今できることは今やろう、と思う。ここでこじれたまま部屋を出たら、二度とローリーに会わせてもらえないかもしれない。
オウムは確かに具合が悪そうだった。虫を食べたいというのは、餌に偏りがあるのだろう。栄養が足りないのであれば、この子は長生きできない。
(どうにかして後でリナさんにローリーの体調改善の方法を伝えよう。どうしても無理だったらルイーズ様にお願いする手があるわ。私たちが怪しい人物ではないとルイーズ様に口添えしてもらえれば、この方も話を聞いてくれるかもしれない)
この伯爵だけでなく、先代の飼い主も虫を与えていなかったとしたら、かなりの長期間、ローリーは偏った食べ物で生きてきたことになる。大型の鳥だからここまで生きていられたものの、ついに体調が悪くなったのかもしれない。
もしそうなら、あまり時間の余裕はない。
動物は不調を隠す生き物だ。弱っていると知られたら、自然の中ならすぐに襲われる。なのに、既にローリーは具合が悪そうに見える。よほど具合がよくないらしい。
一方、伯爵は平民二人を信用できない。礼金目当ての連中と決めてかかっていた。
(そんな馬鹿なことがあるものか。ローリーの名前は、うっかりリナが口にしたのを忘れたんだろう)
「いいえ伯爵様、リナさんはローリーという名前をしゃべってはいません」
「なっ」
「ローリーに普段なにを食べさせていらっしゃいますか。この子は草の実、野菜の種、果物、虫を好むようです。人間と同じようにいろいろな種類の食べ物が必要な鳥です。それと、申し上げにくいことですが、ローリーは伯爵様から嫌なニオイがすると言っています。この子の近くで匂いの強いものを使ったりはなさっていませんか? たとえば香水とか」
「……」
伯爵とリナが二人揃ってギョッとしている。
なぜなら、ローリーは伯爵の部屋で飼われているのだが、ローリーの籠は飾り棚の隣に置かれている。香水のガラス瓶は飾り棚に置いてあるので、伯爵は毎朝ローリーの籠の隣に立って、二度三度香水をシュッと自分に吹きかけるのを習慣にしていた。
(まさか、本当にローリーと会話ができる、のか?)
「はい、私は動物の心が読み取れます」
(私の心も読めるというのではあるまいな?)
「少しなら」
伯爵の心に大きな驚き、少しの恐怖、そこそこの嫌悪感が生まれた。
心の中の疑問に打てば響くようなタイミングで返事をするオリビアを、伯爵は複雑な表情で見る。その表情を見て、オリビアに古い記憶が甦った。
(ああ、懐かしいわね、その表情。子どもの頃、いつもそんな顔で見られていたっけ。忘れたつもりでいたけれど、私は全然忘れていなかったのね)
アーサーは流れ込んでくるオリビアの心を感じ取り、いたたまれなくなった。
「帰ろう、オリビア。もういいよ。君はこうなることもわかっていたんだろう? その上でオウムを心配してやって来たんだ。これ以上君が傷つくことはないよ。伯爵様、我々はこれで失礼いたします」
アーサーはそう言ってお辞儀をし、オリビアの肩を抱えて歩き出した。オリビアはローリーを見る。ローリーもオリビアを見ていた。
『タスケテ』
オリビアの足が止まる。その心の声の悲痛な響きがオリビアの胸に刺さった。
森で発見されて、ひたすら助けを求めた自分を祖父母は助けてくれた。なのに自分はローリーを見捨てるのか。
籠に閉じ込められて不本意な生活をしているローリーと、逃げ出して森で保護された五歳の自分は同じ状況じゃないのか。
すぐに諦めて部屋を出ようとした自分を、オリビアは恥じた。
そのオリビアに伯爵が声をかけた。
「待ちたまえ。いや、待ってくれないだろうか。君は本当にローリーの心も私の心も読めるのか?」
「ローリーの心ははっきり読めます。今、私に向かって『たすけて』と言いました。人間の心は私が読もうとしても読めない場合も多いです。伯爵様は今、少々興奮していらっしゃるので、心が無防備です。なので読もうと思えば読める状態です」
「そうか。この子は『たすけて』と言っているのか。理解しがたいが、そう聞いては捨て置けない。ローリーは父の遺した大切な鳥なんだ。どうやら君はローリーと私の心を読めるようだ。今のやり取りを考えればそうとしか思えない。では、あらためて君にローリーの診察をお願いをしたい。失礼な態度を取ったこと、許してほしい」
オリビアはにっこり笑った。助けを求めるローリーを見捨てるのがとてもつらかったのだ。





