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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第一章 

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25/102

25 収穫時期の客

「今日はお客さんが少なかったですね。もう店を閉めましょうか」という時間になって、旅の商人らしい男性五人が店に入ってきた。

 日焼けした男たちはたくさん食べ、大きな声でおしゃべりをし、料金を払って店を出て行った。

 彼らの使った食器を片付けているオリビアに、アーサーが話しかけた。


「今日も美味しかったです。ニンジンのポタージュが濃厚で甘くて、でもニンジンの香りの他に何かいい香りがしましたね」

「クミンを使ってるから。ニンジンの独特の香りに合うの。祖母が、教えてくれたわ」

「料理に関しても達人なんですね」

「あの、アーサーさん? 私に丁寧な話し方をするのは、なぜ?」

「女の人には丁寧に話しかけるべきかと思って。ほら、俺、身体が大きいですから。気をつけないと怖がられるんですよ。オリビアさんが気になるなら、今後は気楽なしゃべり方でいいかな」

「もちろん。なんだか距離を置かれてるようで、少し残念でしたから。常連のお客さんたちは、みんな気軽な口調だし」


 アーサーは「距離を置かれてるようで残念」と聞いて胸が躍ったが、「常連の客たちと同じように接してほしい」という意味なのを知ってがっかりする。そして(落ち着け、俺)と苦笑する。


 食器を洗うのは後回しにして、オリビアは台所の椅子に座り、お茶のカップを手に取った。


「俺からもひとつ質問してもいいかな」

「ええ、どうぞ」

「俺って、犬に似てるの?」

「ごふっ」


 不穏な音はお茶が気管に入ってむせた音。

 ゴッホゴッホゲホゲホと盛大にむせたオリビアに驚いたアーサーは、素早く立ち上がって彼女の背中をさすった。


「悪かった。タイミングを見ないで変なこと言ったね」

「むせた、とき、ゴホッ、は、ゴホッゴホゴホ、深呼吸して、ゴッホゴッホ、背中をさすってもらうのよと祖母が言っていましたけど、ありがとう、アーサーさん。収まったみたい。はぁぁぁ」


 顔を真っ赤にして呼吸を整えているオリビアから離れ、自分の席に座るアーサー。


「私が思い浮かべたことが、また見えたんですね」

「うん、犬の耳と尻尾を生やした俺が見えた。森を歩いているときと、『いいからお座り』ってルイーズ様に言われたときの二回」

「ごめんなさい。ルイーズ様が大型犬ておっしゃったのを聞いてしまったら、なんだかもう、そう見えるようになってしまって。失礼しました!」


 アーサーが少年のような笑顔になる。


「不愉快ではないから気にしないで。おばあさんの話を聞かせてくれる? 王家と関わってた人なんて今まで出会ったことがないし、三代も続けてそんな要職にいたなんて。すごい家なんだね」

「そうね。あの、アーサーさん、今夜はどうしますか? できれば泊まって行ってもらえませんか?」

「うん、フレディさんが店を出る時間はもう過ぎてしまったんだ。だからそうさせてもらえると嬉しいけど。薬草店には明日行って、また雇ってもらえないか聞いてみるつもりだ」


 オリビアは「そうしてください」と言って立ち上がり、ミントティーを淹れることにした。


「今日はお客さんが少なかったね。珍しいんじゃない?」

「この時期は毎年そうなの。小麦の収穫時期だから。みんな家でお祝いをするの」

「ああ、小麦の……。どんなお祝いをするんだろう」

「ガチョウや子豚の丸焼きとか、小麦のおかゆとか、野菜のグリルとか。だから店には来ないの」

「そうなんだね。マーレイ領の風習なの?」

「ええ。秋から大切に育ててきた小麦が実ったときくらい、ご馳走を食べて身体を労わりなさいって、昔のマーレイの領主様が決めたの」


 オリビアが何度も窓の外を見る。少しソワソワしている彼女の様子に、アーサーが気がついた。


「オリビアさん? どうしたの。落ち着かないね」

「ええと、驚かないで聞いてくれる? さっき来た旅の商人たちが、『なんだ男がいたか』とか『あの客は店が閉まればいなくなるだろう』とか『この場所なら女が騒いでも誰にも聞こえない』って考えていたの。罪悪感もなくて感情がむき出しだったからよく聞こえてしまって」


 ガタッと音を立ててアーサーが立ち上がった。オリビアは目を見張る。

 温厚な大型犬みたいだったアーサーの全身からユラユラと黒い炎のような殺気や怒りが放たれているのだ。こんなものを見るのは二度目。熊のオス同士がメスを争って命がけの戦いをしているときに見て以来だ。


「あいつらは今、その辺にいるんだろうか」

「いいえ。さっきから探っているけど、いったん離れたみたい。おそらく店の灯りが消えてから襲うつもりなんだと思う。だからそろそろ森に逃げようかと」

「君が冷静で驚いてるんだが。こんなこと、今までにもあったのか?」

「私がここに来てからはこれで三回目かしら。独り暮らしになってからは初めて。祖父が若いときは剣で戦ってくれていたの。祖父は護衛騎士だったから」

「そうか。では今回は俺が出迎えるよ」

「相手は五人よ?」

「あいつらが入って来たとき、なんとなく見ていた。あの身のこなしなら俺が勝つよ。君が人質にならないよう、隠れていてくれれば大丈夫だ」

「わかった。ロブを連れて森に入ってるわ」

「あいつら、森に隠れていないだろうね」

「あの人たち、街の方に進んだと思う」

「わかった」


 そこから二人は打ち合わせをし、オリビアとロブは森へと入った。

 アーサーは店の灯りを消し、オリビアの祖父母が使っていた部屋の灯りをつけた。店に下りてテーブルの陰で待つこと二時間近く。

 耳を澄ませていたアーサーは、かすかな足音を聞き取った。


「さっさと来い。どうせなら五人全員で来いよ」


 斬り殺さずとも倒す自信があった。アーサーは剣と鞘を紐で結び、紐を引けば簡単に剣を抜けるように準備した。鞘ごと打ち据えて動けなくするつもりだが、場合によっては剣を抜くつもりだ。

 自分の心の変化に自分で驚いている。

「オリビアを守るためなら」

 そう考えて揺るがない自分がいるのだ。

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書籍『スープの森1・2巻』
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