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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第一章 

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23/102

23 ルイーズ・アルシェ

 薬草店の店主フレディは、領都マーローの外れにある大きなお屋敷を訪問している。その家の主に是非とも伝えたいことがあるのだ。


「フレディ、どうしました?」

「ルイーズ様、別荘の住人のことでお話がございます」

「聞きましょう」


 豊かな白髪をふっくらとひとつにまとめ、シミのない白い肌。青い目は活力に満ち、活発な知性を感じさせる。


 ルイーズ・アルシェは七十五歳。先代国王の妹だ。隣国アルシェ王国の第三王子に嫁ぎ、公爵夫人となった。九歳年上の夫が老いて病気で亡くなった後、息子に公爵家を任せ全てのしがらみを捨て、「一時帰国」と言いつつ長いことマーローの街に住んでいる人である。


 帰国後、ルイーズはマーレイに屋敷を建てて住んでいる。別荘街の土地の七割はルイーズの名義で、彼女の前の土地所有者は、王家だ。彼女が亡くなったらその土地は再び王家に戻す約束である。


 そのルイーズが五十五歳のフレディに向かって

「フレディ、薬草店の店主なのに、ちょっとくたびれてるわね。お酒の飲みすぎではなくて?」

 と苦言を呈する。

「そんなに飲んでおりませんよ、ルイーズ様。私は年相応です。ルイーズ様がお若いのです」

「で、別荘の人たちがどうしたの?」


 フレディはオリビアとアーサーがウィリアムを森で助けたところから説明した。ウィリアムの妹がアーサーを気に入ったこと。アーサーを護衛として引き抜こうとしたが断られ、薬草店に対しての嫌がらせを匂わせたこと。

 アーサーはフレディの店を守るために辞職して出て行ったこと。


「そう。あれほど土地を貸す相手には念を押すように言っておいたのに。領主のヘイリーは今回のことをまだ知らないのでしょう? 知らせてやらなければね」

「それと、これは私の憶測でしかありませんが、どうやらあのオリビアが、そのアーサーに心を開いたような気がするんです。オリビアがジェンキンズ夫妻以外に心を開いたのは、おそらく初めてのことかと」


 ルイーズの顔に切ない表情が現れてまた消えた。


「あのオリビアが。私はジェンキンズとマーガレットの夫婦に、言葉では言い表せないぐらい世話になってますからね。あの二人が全力で愛したオリビアを、今度は私が陰ながら守ってやりたいと思っているの。フレディ、教えてくれてありがとう。ええと、その一家はなんていう名前だったかしら? 年を取るとすぐに忘れてしまうのよ」

「ヒューズ家です、ルイーズ様」

「ヒューズね。わかったわ。ではさっそく先触れを出してヘイリーの屋敷に向かわなくては。あっそうそう、そのアーサーという男性は今どこに?」

「おそらくオリビアの店です。きっとそうだと思いますよ。ではルイーズ様、よろしくお願いいたします」


 ルイーズはフレディが帰るとすぐに執事を呼び、「領主のヘイリーに時間を作るよう伝えて」と命じた。


     ※・・・※・・・※


 マーレイ領の領主ヘイリー・マーレイは、ルイーズ・アルシェからの先触れを受けてから、ずっと落ち着かない。

 おそらく別荘に関することだとは想像がつくが、「さて、別荘に来ている連中が何をしでかしたやら」

 と執務机で気を揉んでいた。

 ルイーズはきっかり指定してきた時間にやって来た。


「久しぶりね、ヘイリー。ちょっと知らせたいことがあるの」

「ルイーズ様、お久しぶりでございます。いつも変わらずお美しくお元気そうで、何よりでございます」

「お世辞は結構。自分がしわくちゃのお婆さんなことぐらい、我が家にも鏡があるんだからわかってますよ。それよりヘイリー、別荘街のヒューズ家のこと、あなたはどのくらい知っているの?」

「ヒューズ家、でございますね。雑貨・家具などの販売で利益を上げて、別荘街の通りの一番奥に一番大きな屋敷を建てております。ルイーズ様、ヒューズ家がなにか……」

「あら、そう。一番奥に一番大きな家、ね」


 ルイーズはそこでヒューズ家の娘カレンが、フレディ薬草店に何をしたか、正確に伝えた。


「山で動けなくなった兄を助けてくれた命の恩人なのに、引き抜きに応じないからって勤め先に圧力をかけるなんて。恩知らずにもほどがありますよ。フレディ薬草店は医者に頼れない者には貴重な存在です。それをこともあろうにお金の力で営業の邪魔をしようとするなんて」

「ええ。はい。おっしゃる通りでございますね」

「土地の貸し出しの際に、ちゃんと『地元の人間の不利益になる行為は慎む』と念を入れてあるんでしょうね?」

「もちろんでございますよ、ルイーズ様。契約書にも盛り込んでございます」

「なら結構。契約違反ね」

「しかしまだ言葉で匂わせただけで、そういった行為を働いていないわけですので、微妙なところかと」


 ルイーズはそこで、器用に右の眉だけをキュッと持ち上げた。


「被害が出るまでは動けないと言うのね?」

「いえ、そういうわけでは」

「そういうことでしょう? まあ、あなたの立場では被害が出る前に動くことは難しいかもしれないわね。別荘の人間は領地にお金を落としていることでしょうし」

「お察しいただき、まことに」

「ですけどね、気をつけてくれないと困るわ」

「はっ。胆に銘じます。別荘街の住人にも必ず周知いたします。それで、ルイーズ様はどのようなお考えかお聞きしても?」

「さあ。どうしようかしらね。これが初回のようだから、相手の出方によっては見逃してやってもいいけれど。ヒューズ家とあなたの間で結んだ契約書を出しなさい」

「はい。少々お待ちを。契約書は、ええと、これでございます。お待たせいたしました、ルイーズ様」

「結構。数日だけ預かります」


 ルイーズはそこまで言うと、さっさと立ち上がって領主の屋敷を後にした。行き先は『スープの森』である。


     ※・・・※・・・※


「ルイーズ様! お久しぶりでございます。お元気そうでなによりです」

「オリビア、この前来たのは二ヶ月前だったかしら。ごめんなさいね、たまにしか顔を出せなくて。ここに来るのは、年寄りには勇気がいるのよ。いい思い出がありすぎて」

「そんな。そうおっしゃっていただくだけでありがたいです。祖父母が喜びます」


 ルイーズとオリビアは抱き合って互いの両頬を軽く触れ合わせた。ルイーズからは親愛、懐かしさ、いたわりなどの柔らかな感情が流れ込んでくる。


「フレディから聞いたわ。引き抜かれそうになった人が今どこにいるか、あなたわかる?」

「その人でしたら台所に。今呼びますね。アーサーさん、こちらにどうぞ」


 のっそりと出てきたアーサーを見て、ルイーズ夫人は(大きくて大人しい犬みたいね)と思う。

 

「フレディに聞いたけれど、あなたは元傭兵だったそうね。月の契約金は、いくらでした?」

「小金貨七枚でした」

「それは……大型犬はたいそう有能な傭兵だったわけね」

「大型犬というのは?」

「いえ、こちらのことよ。気にしないで。それでひとつ尋ねたいのだけれど、あなたはオリビアと縁が切れるのを覚悟の上でマーローを出ようとしたのかしら?」

「いえ」


 それだけ言ってアーサーが気まずそうに口を閉じた。


「オリビアと縁を切るつもりはなかったのね?」

「はい。ああいう人たちはそのうち新しいおもちゃが見つかれば、俺のことは忘れるでしょうから。それまでは、と思っていました」

「そう。でも、考えが若いわね。あなたがほとぼりを冷ましている間に、オリビアを取られちゃうかもしれないとは、一度も思わなかったの? それに、その腕前で相手を斬り捨てようとは?」


 アーサーは何かを言いかけて口を閉じた。オリビアは自分抜きで語られる自分の話にオロオロしている。ルイーズがじっとアーサーの答えを待っているのを察して、アーサーが重い口を開いた。


「俺は仕事で数えきれないほど人の命を奪ってきました。それがある朝、『もう無理だ』と思ったのです。なので、たとえ相手が気に入らない恩知らずな人間だったとしても、斬るつもりはありませんでした。臆病者と思われても、もう誰かの命を奪いたくない、奪ってはいけないと思っています」

「ふむ。それで?」

「オリビアさんはこの店が必要です。オリビアさんを連れて行くわけにいかないと思いました。だから、俺はカレンの気が変わるまでマーローを離れ、オリビアさんにはここで待っていてほしいと伝えるつもりでした」


 オリビアの心にアーサーの絶望が感じられた。ある朝アーサーが感じたという絶望だろうか。何に対して絶望したのか、オリビアにははっきりとはわからない。だが、(おそらくアーサーさんは傭兵を続けるには心が優しすぎたのだろう)と思った。


 ルイーズがパン!とひとつ手を叩いた。


「わかりました。私が話をつけてきます。オリビア、あなたを育てたマーガレットには、私は一生かけても返せないほど恩があるの。マーガレットがいてくれたから、私は無事に結婚も出産もできたようなもの。そんな彼女が愛した街だから、私もここで暮らしているのよ。マーガレットがいない今、こういうときは私の出番です」

「ルイーズ様」

「オリビア。私がかたをつけますよ、安心しなさい。あなたが悲しむようなことには絶対にならないわ。それとアーサー」

「はい」

「ここにいなさい。私の帰りを待っているように」

「はい」

「よろしい。では行ってくるわね」


 ルイーズは背筋の伸びた美しい姿勢で店を出て、馬車に乗った。

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書籍『スープの森1・2巻』
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