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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第一章 

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18/102

18 ミントのお茶

 店に駆け込んでから、すぐに雨が降ってきた。

 最初はパラパラと振っていた雨は、たちまちのうちに土砂降りになった。窓の外が白く煙って見える。


「さくらんぼのお茶、飲みますか? それとも普通のお茶? ミントのお茶もありますけど」

「ミントのお茶、飲んだことないです」

「じゃあ、ミント茶にしましょうか」


 その後は二人とも無言になる。お湯を沸かすオリビア、その後姿を台所の小さなテーブル席から無言で眺めるアーサー。外から豪雨の音だけが聞こえる。やがて。


「聞きたいことがあったらどうぞ。正直に答えます。だいたいなら」

「今、俺が何を考えているかわかるの?」

「わからない。あなたは心が平静だもの。森でも、わからなかった。心が無防備じゃないと、人間の心はわからない。でも……あなたの心、カレンさんと話してるときにちょっと流れ込んで来たわ」

「え。なんて?」

「ええと、いいのかしら」

「俺、そんな失礼なことは何も考えていなかったはずだけど」

「言いにくいんだけど」

「言ってくださいよ」

「『オリビアに手を出すな』『何かしたら許さない』って」

「あっ。うん。思いました。はい。うわ、恥ずかしい」

「ふふふ」

「くっくっく」


 その後は二人で笑い続けた。ロブが自分の寝床から頭を持ち上げて『なに?』『どうした?』と思いながらオリビアとアーサーを見る。


「オリビア、今の彼はなんて?」

「どうした? って思ってる」

「ふふふ、あっはっは。楽しいね」

「動物の心は聞こえても楽しいわ」

「ああ、そうか。人間の心は楽しくないか」

「ええ」


 茶葉をティーポットにたっぷり入れ、生のミントの葉もたっぷり加えて沸騰したお湯を注ぐ。ティーカップもお湯で温めてからトレイに載せてアーサーの席まで運んだ。アーサーの向かい側に座り、少し待つ間にオリビアは自分のことを尋ねよう、と思った。


「フレディさんから私のこと、何か聞いてますか?」

「うん。ごめん。噂話をしたわけじゃないんだ。たまたまそういう話の流れになった」

「フレディさんは祖父と仲良しだったの。年齢はだいぶ違うけどね」

「そのようだね。君のこと、ジェンキンズさんから聞いたって言ってた」

「祖父が何を言ってたか、聞きたいわ。教えて」


 アーサーはカップにお湯を注ぐオリビアの手を見ながら答える。


「君が五歳で森の中でひと晩過ごしたって。それと、『家に帰りたくない、この家に置いてくれ』って、それだけを繰り返していたと。ジェンキンズさんは涙ながらにフレディさんに語ったらしい」

「そう。祖父の顔、久しぶりに思い出したわ。やだ、涙が出ちゃう。いい人だったの。祖父も祖母も。骨の髄まで優しくて、善人で。そんな夫婦に拾ってもらって、運がいいんです、私。お茶、どうぞ」

「ああ、いい香りだね。俺も試してみよう。それと、来年は絶対に森でさくらんぼを集める!」


 オリビアは、アーサーを見ながらお茶を飲んだ。


「子どもの頃ね、人間は全員が自分と同じだと勘違いしてて」

「うん」

「聞こえる声のことをべらべら喋ってた。そうしたら、他の兄弟や従弟たちの縁談に障りが出ると、実の祖父が判断したの。私を遠くの修道院に入れろって。でも、そこがいい場所ではないことを馬車旅の途中で知ったの」

「ん? 修道院の人が何か言ったの?」

「いいえ。馬の心が聞こえて、泣いてる子供の姿も見えて。だから逃げたわ。夜の森にはいろんな動物がいて、五歳の子供なんてご馳走じゃない? 獣に襲われないように必死に不味いものを思い浮かべたわ。緑の野菜、さんざん飲まされた苦くて渋い薬湯とか」

「それ、効果があったんだね?」

「どうかしら。たまたま空腹な獣がいなかっただけかも」


 ドドドド、という雨音は続いている。

 オリビアは(森の動物たちは、どうやってこの雨をしのいでいるのだろう、幼く小さい命が濡れて寒さに震えていませんように)と願う。


「小鳥やアナグマの子、キツネの子、ウサギの子も熊の子も、みんな暖かくて乾いていて安心できる巣穴にいてくれるといいんだけど」

「優しいんですね」

「住んでいる場所が安心できないって、すごく苦しいから。そんな家しか知らないときは、生きることがつらいと思ってた。でも、この家に来てからわかったの。生きるのがつらいんじゃない、あの家がつらい場所だったんだって」

「そうか。たった五歳で」

「ええ、たった五歳で」


 オリビアが唐突に立ち上がり、台所から何かを持って来た。


「この前手伝ってもらった鶏むね肉の干し肉、おすそ分けします」

「いいの? 店で出すんじゃないの?」

「出しますけど、今日はもうお客さんは来なさそうだから。これはカチカチになるまで干してないので、それほど日持ちしないの。どうぞ。命を無駄にしないように食べるのを手伝ってくださいな」

「では遠慮なく」


 油紙に包まれた干し肉を受け取って、アーサーはリュックに丁寧にしまった。

 眠っているはずのロブが「キューン」と情けない声で鳴いた。可愛らしい寝言を聞いて、ふたりは顔を見合わせて声を出さずに笑う。


「俺、傭兵をやってるときは雨が大嫌いだったんだ」

「そう」

「だけど、この店にいると雨が好きになるよ」

「居心地のいい家の中から眺める雨、私は好きです」


 ミントの香りが爽やかで、アーサーは(もっと本気で薬草のことを覚えよう)と思いながらお茶を飲んだ。そして五歳で「家がつらい場所」だと知ったオリビアの子供時代を思いやる。

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書籍『スープの森1・2巻』
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