地球編1 ラスベガスでの1日②
☆コウ視点の話です。
西日が建物に長い影を作り始めた頃、トーリスと合流した。早めの夕食を摂るために2人でレストランに入ると、俺はハンバーガーで腹拵えした。やっぱり本場のハンバーガーは美味い。アメリカの牛肉100%で作られたパティがジューシーで肉肉しい。そこにチェダーチーズがとろけて一体化している。ソースとの絡みも抜群だ。
夕食を食べて外に出ると、辺りはもう暗くなっていた。メインのストリップ通りには、様々な形状のホテルが建ち並ぶ。自由の女神、凱旋門、ピラミッドと……世界の有名造形物のレプリカが看板代わりに聳え立つ。艶やかなネオンがそれらを派手に照らし出している。そのレプリカの堂々とした嘘くささが、逆にアミューズメントとして成立していて楽しい。
「夜になると、街がカラフルだよね。気分が盛り上がるよ」
「あぁ、この街は最高さ。来るたびに高揚させられるぜ」
トーリスの眼光は鋭い。いつものおちゃらけた感じが減り、カジノに向けて臨戦態勢のようだ。彼はトップクラスの一流ミュージシャンなのだが、賭け事が大好きだ。
「コウはカジノ初心者だよな? 今日はここに入るか」
扇状の形をした存在感のあるホテルの前で、トーリスは足を止めた。巨大な光源が左右から建物を照らし出している。煉瓦の壁で出来ており、細部まで繊細に彫られた美しい花柄の彫刻が、エントランスの両側に置かれている。
「オッケー。色んなホテルの中にカジノがあるんだね?」
「ストリップ通りのリゾートホテルは何でも揃ってるな。ダウンタウンの方も面白いんけど、そっちはまた今度にするか」
カジノの入口で年齢チェックを済ませ、ホールへと足を踏み入れた。綺麗に磨かれた大理石の床に、極彩色の光が反射している。所狭しとスロットマシーンが並んでいて、ギャンブル真っ最中の人々がテーブルを囲み、それに向き合うようにタキシード姿のディラーが立っている。高揚する気持ちを更に盛り上げてくれる光景だ。
俺が興味深げに店内を見回していると、トーリスが俺の右肩を軽く叩いた。
「さてと、一言でカジノって言っても色々あるんだが……何かしたいのあるか?」
「んー? とりあえずルーレットかな?映画とかでよく見るし、あとはよく分からないよ」
「いいぜ、任せとけ。俺がお手本を見せてやるよ」
トーリスは自信ありげに“俺について来い”とばかりに、前を歩き出した。今日のトーリスは、何か男前な感じがする。
______初めてのルーレットは面白かった。倍率の低いアウトサイドベッドで賭けて、ちまちま遊んでみた。勝ったり負けたりの繰り返しだ。
滑らかなルーレットの縁を白い玉が滑り、それを興奮しながら複数の目が追う。安堵の声と溜息が混ざり合うテーブルを、クールな表情でディーラーが見回す。映画の世界のような雰囲気を味わうだけでも楽しかった。
トーリスはスプリット……つまり2点掛け中心で勝負をかけている。額も大きめだ。最初の方に2回大きく当てたのを見て、“本当にカジノの魔術師なんだ!”と尊敬の眼差しを向けた。
しかし、いつの間にか圧倒的に敗けを重ねている。俺は何となく気まずくなって、先程からトーリスの方から視線を外している。
「あのさ、もう1000ドルくらい損したんじゃない?」
「これからマジックが始まるんだよ」
俺はそろそろ流石にマズイだろと思ってトーリスに声をかけてみた。しかし、自信ありげに彼は答える。いや、血走った目がもうヤバいから。と突っ込みたかったが、宙の1点を見つめながら異様なオーラを放つトーリスに、俺はそれ以上口出しできなかった。
______そこから1時間。
敗けが2000ドルを越えた時点で、トーリスを無理矢理カジノから連れ出した。俺が止めなかったらどこまでやってたのか……。
冷静になってきたトーリスは、流石に凹んできたのか……たまに頭を抱える素振りを見せている。
「ま、こういう日もあるのがカジノだ。相変わらず奥深い。追ってしまうと、運が逃げちまう。運命との勝負に今日は負けた、燃え尽きたよ」
トーリスは俺の視線に気づくと、微笑みをたたえながら俺にウインクした。しかも、何だか二枚目な感じの口調で、だ。
“何だよ、そのクールキャラ?さっきから、頭抱えてるじゃん”って軽いノリで突っ込もうと思ったが、彼の哀愁漂うオーラに口を噤んだ。俯いたトーリスの姿が真っ白に見えてきた。ん?この姿は、何か、昔のボクシング漫画で見た事ある。
真っ白の灰に……ってやつ。
「ジョ……あ、トーリス。明日の……いや、明日はいい事あるよ」
俺は、名前を間違えそうになった。
「あ、いたいた。コウ! お待たせ」
その時、背中の方から声を掛けられた。声の方に目をやると、ダリアが駆け寄ってくる姿が見えた。カジノで遊んでいた時に、彼女から俺に電話があった。3人でラウンジバーに行こうという話になったので、カジノを出た所にあるロビーで待ち合わせをしていたのだ。
「よし、じゃあ行こうか? なんかトーリスのオススメのお店があるらしいよ」
「えー、トーリスのオススメかぁ。大丈夫なの?」
「おいおい、ダリア。どういう意味だよ!俺はお洒落な店は何軒も知ってるし、超グルメなの知らないのか?」
ダリアが不審そうな顔をトーリスに向けると、彼はムキになって反論した。いつの間にか、ジョ……あ、トーリスが復活してる。普段から2人は、小競り合いが多い。まぁ、単にダリアがトーリスを誂って、反応を楽しんでるだけな気もする。トーリスも良い奴だから、それを分かった上で受け入れてる感じなのかもしれない。
俺達は数分歩いて、お目当てのお店に入った。生ピアノの演奏が流れ、重厚な木目が美しいカウンターと上品な革張りのソファーが並ぶ、富裕層向けのラウンジバーに来た。落ち着いた暖色の間接照明に照らされ、カウンター奥の壁一面に並ぶリキュール達がカラフルに煌めく。
俺達は4人席のテーブルに座った。俺とトーリスが対面に座り、ダリアは俺の隣に座った。テーブルは大理石製で滑らかな手触りだ。ソファーの座り心地もとても良い。
「へー落ち着いてて素敵ね。でもトーリスのキャラに似合ってなくない?」
「何言ってんだ。俺は普段おちゃらけてるけど、中身はニ枚目なんだぜ。まだダリアは俺の魅力に気づいてないんだけさ」
ダリアとトーリスの軽妙な掛け合いは見ていて面白い。それにしても、ダリアがいつもより色っぽく感じる。仕事中の彼女は、濃紺のスーツ姿で髪は一つ結びでアップさせている。今隣に座る彼女は、胸元まで髪を下ろして、上品で光沢ある黒いドレスを着ている。まさにブロンド美女だ。そう言えば、ダリアのオフモードの姿は初めて見る。
「ん? 何よー。コウ、もしかして私に見惚れてる?」
「あ、いや……ダリアの私服姿初めてだし、いつもとまた雰囲気違って、い、いいね」
俺の視線に気づいたダリアは、嬉しそうに近付いて腕を絡めてきた。隣からふわりと甘い香水の香りがする。俺は照れくさくなって、少し口籠った。
「ふふ……コウはかわいいわね。私は何頼んだらいいと思う? コウが選んでよ」
「え、そうだな。んー、ワインとかは?」
「うんうん、私のことよく分かってるわー。私ロゼにする」
ダリアは俺に体を密着させながら、目の前に置かれたメニューを楽しそうに指差した。向かい合って座るトーリスは、面白くなさそうな顔をしている。
「全く、ダリアは俺とコウとじゃ、態度が全然違うよな」
「あら? 何、嫉妬? だってコウは素直だし、弟みたいで可愛いじゃない。あなたは可愛くないでしょ?」
「へいへい、そうですか」
トーリスは、呆れ顔で両方の手のひらを上に向けて肩をすくめた。俺もダリアに気に入られてるのは分かってるけど、どうやら恋愛対象ではないらしく、あくまで弟扱いされる。俺もまだ恋愛とは距離を置きたいから、その位の関係が心地良かったりする。
俺達は乾杯した後、今回のツアー中に起こったトラブルや、日本の文化の話題で盛り上がった。話が一段落した時、俺は気になっていた事をダリアに尋ねた。
「あ、そうだ。こないだ気になったんだけどさ。エヴァン、物凄く機嫌が悪い日なかった?」
「ああ、先週の話でしょう? たまにあるのよね。でも、あの日は特に……何か物思いに耽る感じがあったわね」
先週、いつも陽気なエヴァンが黙り込んでいた日があった。上の空で独り言を言ったり、誰が話しかけても無愛想な感じだった。
「そうだよね? ダリアなら何か知ってるかと思って」
「うん。…………まぁ、ね………」
ダリアは何か言葉を続けようとしたが、急に思い悩むように暗い表情になった。何か思い当たる事があるのか、口を噤んで溜息を1つついた。
「……何か、あったの?」
「えっ……ううん……多分、彼も孤独なのかも。スターとしての振る舞いが、周囲からは求められるじゃない?虚像と本当の自分との乖離が、少しあるのかもね」
「なるほどね、エヴァンのマスコミ対応とか凄いなぁって思うよ。そりゃ疲れる時だってあるよね」
「エヴァンって陽気に見えるけど、そう振る舞ってるだけで……本当に心開いてる訳じゃないのよね。でもコウ、あなたには心を開いてると思う。エヴァンとは仲良くしてあげてね」
「う、うん……もちろん」
ダリアはいつになく真剣な表情で俺を見つめた。本当にエヴァンを心配している感じが伝わる。何か言えない事があるのかもしれない。彼女達も10年以上の付き合いらしいし、深く詮索するのはやめておこう。
「……それはそうと、初のラスベガスはどうだよ?」
神妙な空気になって、俺達の声のトーンが下がったのを気にしてか、トーリスは明るい声で俺に話題を振ってきた。
「やっぱりエンターテイメントの街だし、華やかな雰囲気がいいね」
「だな。やっぱ楽しくなる街だよな」
「そうだね。あとは映画のイメージも強いかな。あの丘に立ってるハリウッドサインあるでしょ?あれは、日本でも有名だよ」
「へぇ、日本でもあれって有名なのね? 日本ってアニメ映画のイメージあるけど、ハリウッド映画も人気あるの?」
俺とトーリスの話に、ダリアは加わった。彼女は日本のサブカルチャーには凄く興味がある。さっきの真剣な顔つきから楽しそうな表情に変わり、前のめりになって話に絡んできた。
「うん。アメリカで売れた作品は、割と日本でも人気だよ」
「ふーん、日本でもハリウッド映画は観られてるんだな。どんなのが人気なんだ?」
トーリスは、ロックグラスを傾けながら興味深げに俺を見る。俺は頭の中で答えを探しながら、グラスに揺れる琥珀色の液体を眺めた。天井の光に照らされて煌めいている。
「大規模なアクション映画とかかな? マーベルのヒーロー映画とかディズニーも人気なイメージあるよ」
「マーベルか? 俺も好きだ。コウもああいう地球を守るヒーロー的なやつ好きか?」
「そうだね。地球の危機を救う物語って、子供の頃憧れてたよ。そういうのって世界で共通かもね。あと……欧米で人気でも、日本では全然人気ないものあるよ。日本のアニメ映画も強いし、独特の文化はあるかも」
「うんうん、日本のカルチャーは独特で神秘的だものね。80年代後半のアニメなんて、特に独創性高いし発掘し甲斐があるわ。ちなみに、あんまりウケないのってどんなのなの?」
ダリアは興味深げに俺を見て、答えを待っている。俺は再び思考する。ふと天井に目をやると、シャンデリアの影が放射状に美しいシルエットを作っている。それを見て中世の城を連想した。
「あ、そうだ……少し前にゲームオブスローンズ世界的に流行ったけど、日本じゃあまり話題にならなかったね。人気がない訳じゃないけど、知らない人も多い」
「ん? ああいう中世ヨーロッパっぽいファンタジーは受けないのか?」
「ハリーポッターは人気だったと思う。多分暴力とか性的な描写がリアルだから、取り扱いづらいのかな。映画と海外ドラマの違いもあるけどね」
「そう言われれば……日本も性的で暴力的な作品はあるけど、アメリカの作品とは見せ方が違う気がするわ。興味深い部分ね……」
ダリアは、脳内で日本のアニメ作品を思い浮かべているのか、考え込むように顎に手をやると黙り込んだ。トーリスは空になったグラスを振って、側に来たウェイターにスコッチのおかわりを催促する。そして再び俺と向き合った。
「コウは、ファンタジーは好きなのか?」
「あぁ、剣と魔法の世界には憧れるよ」
俺は子供の頃、夢見た世界に思いを巡らせた。
読んでいただいて、ありがとうございます。
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