地球編1 ラスベガスでの1日①
☆コウ視点の話です。
エヴァンの全米ツアーが始まってから、次が4か所目の会場になる。その舞台であるラスベガスには、昨日到着した。
前座として出演しているお陰で、“シンガーソングライター・コウ”として、エヴァンのファンに俺の存在も認知されつつある。彼のツアーでは、ステージングやライヴの運営の仕方など、楽曲以外の分野でも学ぶ事が多い。刺激的な毎日を過ごしている。
昨日、ラスベガスのホテルに到着した時は、もう日が暮れていた。街に繰り出す余裕もなく、ベットに倒れ込んだ。新曲の宣伝活動で、雑誌のインタビューやローカルラジオ番組の出演もあったから、その疲れもあった。
でも初めてのラスベガスだ。今日は観光の為に、張り切って朝早く起きた。散策しながら街並みを楽しんだ後、洒落たカフェで朝食を摂る。初めてエッグベネディクトを食べたけど、想像より美味しかった。
「……ふぅ、一度ホテルに戻ろうかな。だいぶ人も増えてきたし」
朝食を食べると、すぐ帰路に着いた。夏のラスベガスの空気は乾燥していて、早朝はあまり暑さを感じない。行きがけに見た朝焼けは、紫がかったグラデーションが綺麗で、感動した。夜は綺羅びやかに照らされる高級ホテルのビル群も、大人しく朝空の背景に成り下がり、異空間の雰囲気がした。
陽も高くなるにつれ、行き交う人も増えてきた。通勤中のビジネスマンらしき人々とすれ違いながら、宿泊しているホテルへ戻る。
ホテルのエントランスに到着した時、エヴァンのマネージャー・ダリアに呼び止められた。
「コウ! 良かったわ、ちょうど会えた」
「あ、ダリア。どうしたの?」
「今日は、朝からお仕事よ。……そうそう、あなたの名前のスペルが分からなくて。ファーストネームはKOHとKOUどっちなの?」
「ああ。多分、KOUでいいと思うよ」
俺の名前は高梨航だ。あまり深く考えないで、本名でデビューしてしまったのだが、激しく後悔している。何故なら、思い出したくもない暗黒時代の中学生の頃の写真がネット上に出回る事態となっている。
先にアメリカでブレイクしたから、デビュー後、日本でまだ本格的に活動はしてない。けど、ビルボードで3位を獲った途端、一気にマスコミやネットニュースで注目されるようになった。
ネット上で根も葉もない噂も広がったし、全く知らない人から電話がかかってきたりもした。一度帰省した時なんか、週刊誌の記者が実家の近くに張り込んでいたこともあった。今は、日本でもブームが収まったみたいで、ほっとしている。
「オーケー、デンバーのホテルを予約しようと思って。もう満室に近いらしいの。だから慌ててたのよ」
「ほんと助かるよ、森さん帰っちゃったからどうしようかと思った」
「いいの、特別サービス。その代わり、今度日本に行くときエスコートしてもらうわよ!」
一応自分にもマネージャーはついていて、REVレコード東京支社の森和良さんが担当している。森さんはアメリカに住んでいるのだけれど、今回急な親族の葬儀で、日本に帰省することになった。
そこでダリアが、期間限定で俺のマネジメント業務を手伝ってくれることになったのだ。
彼女の年齢は正確に聞いたことないけど、二十代後半の金髪の白人美女だ。米国ドラマに出てくるような、これぞキャリアウーマンって感じの見た目をしている。エヴァンとも付き合いが古い様子で、彼もダリアに対して全幅の信頼を置いている。
「私、日本で行きたいところがあるの。東京のアニメーション会社の中に、そこでしか買えない“ハムタン”のグッズが売っているの。前東京に行ったときに見つけられなかったのよ」
ダリアは熱狂的な日本のアニメファンだ。“ハムタン”というのは、ハムが好きなハムスターのアニメだ。見た目がキュートで子供向けのアニメな割に、人生の真理をつくようなストーリーが展開されているのが魅力らしい。
彼女が親日家のおかげで、エヴァンとも早い段階で打ち解けることが出来た。
エヴァンは、普段は陽気で温和なのだが、あるスイッチが入ると途端に気難しくなる事があるらしい。ダリアが言うには、額を頻繁にかきはじめたら、話しかけない方がいいとの事だ。あとは、ニューヨーク・メッツが試合に負けた後も同様だ。
エヴァンは、元々ベースボールで特待生になる程の実力があったみたいだ。確かにスポーツしてそうなゴツい体格をしている。俺の細腕とは対象的だ。
ダリアは、エヴァンとの付き合い方のコツを教えてくれるし、彼の好みや意向が分からない時も、アドバイスしてくれる心強い存在なのだ。
「コウ、ダリアとまたアニメの話でもしてるのかよ?」
エヴァンの事を考えていると、急に背後から話し掛けられた。俺が驚いて振り向くと、そのエヴァン本人がいた。
彼は爽やかさ満点の柔和な笑顔で、俺を見ていた。短く整えられた黒髪で鼻筋の通った端正な顔立ちをしている。エキゾチックな鷲色の瞳に、長身で鍛え上げられた肉体。南米の血も入っているらしく、ラテン系のイケメンだ。彼は、実力派のシンガーソングライターだけど、アイドル的な人気もある。
「エヴァン! ……彼女が俺の分もホテルを予約してくれるみたいでさ。ダリアに手伝ってもらって悪いね」
「ま、気にすんな。お前をサポートアクトに推薦したのは俺だしな。面倒は見てやるさ」
「あら? マネジメントするのは私でしょ? エヴァンにその分お給料貰わなきゃね。ポケットマネーで」
「おいおい、飯奢るくらいで勘弁しろよ」
ダリアが冗談めかして、エヴァンの肩に手を乗せると、彼はその彫りが深い顔をクシャっとさせて笑った。
「そう言えば、お前の新曲聞いたぞ。ギターのフィーリングがいいな。ナイルロジャースみたいだ。……いや、それは言い過ぎか」
「あはは。昔ナイルロジャースのコピーはだいぶしたから、どうしてもその影響が出てしまうんだ」
「あぁ、そういうことは俺にもある。でもちゃんとお前のフィーリングのサウンドになってると思うぜ。お前も引き出し結構あるんだな」
「エヴァンにそう言ってもらえるなら、自信が持てるよ」
エヴァンは俺の肩に手を置くと、嬉しそうに頷いた。先日、俺が公開した新曲 "Don't cry" を、彼はさっそく聞いてくれたみたいだ。エヴァンはスーパースターでありながら、音楽に対してはとても貪欲で努力を惜しまない。そういう姿勢に、とても刺激を受けている。
「話の途中で悪いけど、そろそろ出発してもいいかしら? 車はそこのロータリーまで用意してるから」
ダリアは腕時計を見ながら俺達に声をかけた。振り返ってロータリーの方に目をやると、一番先頭にド派手な赤いシボレーが停まっている。多分、あれはコルベットだ。前に雑誌で見たことがある。
「サンキュー、ダリア。雑誌のインタビューだったな。今日は朝から忙しいぜ。じゃあコウ、また明日な」
エヴァンは光沢に包まれた真紅のスポーツカーに乗り込みながら、俺にウインクした。彼は愛車を5台所有していて、自分で運転する事も多いようだ。ダリアも続いて助手席に乗り込む。
「あ、そうそう、夜はよろしくね。コウ、今日は楽しみにしてるわよ」
「あはは、分かったよ。また連絡ちょうだい」
ダリアは思い出したように、助手席の窓から顔を出して、俺に声を掛けてきた。
今日は、ドラマーのトーリスとラスベガスの街に遊びに行く予定だ。それを聞きつけたダリアが、“私も行く!”と言い出したので、途中で夜から合流する事になった。
シボレーはエンジンの駆動音を響かせると、ホテルのロータリーを出て、大通りに合流していった。その流線型にシェイプされた美しいボディに、朝日を反射させながら遠ざかっていく。
「さて、とりあえず部屋に戻ろうかな」
トーリスとは、夕方からカジノに行く約束をしている。彼はラスベガスにも詳しいらしい。自称カジノの魔術師のお手並みを拝見したいところだ。初めてのラスベガスの夜に、期待が膨らんでいく。
______ホテルでランチを食べた後、俺は再びラスベガスの街に繰り出した。まだトーリスとの約束の時間まで時間がある。
ベネチアンとパラッツォというホテルに跨って建つ、グランドカナル・ショッパーズに行ってみた。館内に滝が流れていたり、豪華絢爛な装飾が所々にある、高級感溢れるショッピングモールだ。中庭にあるイタリアのベネチアをモチーフにした水路が有名で、ゴンドラに乗ったりも出来るみたいだ。
俺は当てもなく、ウインドウショッピングをしながら歩き回った。気を抜いたら迷いそうなくらいの規模だ。
「なんか、ここの光景……あそこに似てるな」
南欧風の建物が並ぶ中庭に出ると、昔の事を思い出した。昔の恋人との大事な思い出の中で、似た風景があった。俺は中庭の水路を眺めながら、あの頃に想いを馳せた。
……その時、背後に気配を感じた。
「美しい光景だな」
「……?……え!」
驚いて後ろを振り返ると、黒いストローハットに、黒いトレンチコートを羽織る長身の男が立っていた。俺は目を疑った。ここは8月のラスベガス、気温は35度を超えている。陽射しの強さに肌がひりつく程だ。
しかし、厚着をした男は涼しい顔をしている。サングラスをしているが、左の目元に傷があるのが見えた。俺は顔が引き攣る。なんか身体大きいし、ちょっと恐い……明らかに怪しい雰囲気だ。何だこの人?
「君は、今後選択を迫られる事になるかもしれない」
「は、はぁ……」
「まだ君には価値がない。しかしその内、再び会うことになるだろう」
男はそう言い残すと、踵を返して人混みに消えていった。俺は呆気にとられたまま、彼の後ろ姿を見送る。
何事も無く終わって、俺は胸を撫で下ろした。喧嘩は自信ないし、トラブルにならなくて良かった。彼の言葉の意味がよく分からなかったけど、何か凄く失礼な事を言われた気もする。
「な、何だ? 価値がないって……確かにまだ駆け出しのアーティストだけど」
俺はちょっと腹が立ったが、俺の事を知ってくれている音楽マニアだと思う事にした。まぁ、音楽ファンの中には批評家気取りの人もいるし、たまには変な人もいるだろう。
「まあ、いいや。……ん?……あ、そろそろ待ち合わせ場所に戻ろうかな」
その時、スマートフォンのアラームが鳴り出した。トーリスとの時間に間に合うように、アラームを設定してたんだった。俺は気を取り直して、待ち合わせ場所まで足を運んだ。
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