第5部 第10話
「私、蓮に会いたいなんて言ってないよ?」
「・・・母さん。なんか組長に似てきたな」
そう?と言って母さんは笑う。
藤城さんの家を出た後、せっかくこうしてまた廣野家に来たというのに。
母さんは、まだ少し帝王切開の跡が痛むということで、ベッドの中にいた。
組長と母さんと桃夫の部屋だ。
昔、母さんは俺を産んだとき、組長に気を使って別室で寝てたそうだが、
結局それが二人の間を気まずくしてしまったということもあり、
今は組長は一日たりとも母さんが床を別にするのを許さないそうだ。
この分だと、桃夫2号も夢じゃないかもしれない。
今度こそ男を頼むぞ、母さん。
「桃夫は?」
「桃夫って・・・蓮、まだ桃のこと、男の子として育てようと思ってるの?」
「当然」
「蓮は継ぐ気はないの?」
「・・・ない」
そう。ない、ゾ。
ふふっと母さんが笑う。
「桃は、統矢さんが大広間で遊んでるわ」
「ほんと、親バカだよな。孫っつってもおかしくない位なのに」
「だから余計にかわいいんじゃない?」
「・・・」
「統矢さんね、跡取りだってこともあって、蓮が生まれるのを凄く楽しみにしてたんだけど、
結局蓮のことは一回も抱っこすらしないままだったから・・・
その分、桃のことをかわいがりたいのよ」
「桃夫にはいい迷惑だな」
「確かに。高校生くらいになったら『パパ、きらーい』とか言われちゃってるかも」
ぷっ。
いいな、それ。
見てみたい。
美優ちゃんみたいな感じの子になるのかもな。
実際、美優ちゃんと桃夫は姉妹になるわけだし。
「母さん。コレ見て」
「何?絵?」
「組長が俺に刺青入れろって」
母さんの顔がパッと明るくなる。
「いいわね!どれにするの?」
「・・・いいのかよ。子供に刺青薦める親ってどうなんだ」
「だって、廣野家の人間である証拠みたいなものだから。
蓮が生まれた時、この子が二十歳になったら入れるんだな、って思ってたの。
でもすぐに、もうそんな日はこないかも、って思うようになったから・・・。
こうやってまた入れれるようになるなんて、嬉しい」
母さんにそう言われると俺も弱い。
・・・えー?ホントに俺、入れるのか??
「母さんは?母さんにも入れてもらうって組長が言ってぞ」
「私はイヤ」
「・・・なんで?」
「痛そうじゃない。統矢さんだって、痛くて眠れなかったって言ってたぐらいだから」
おい。刺青ってヤクザの肝試しじゃなかったのか?
「それに、それ以来うつ伏せでしか眠れないようになっちゃったんだって。今でもそう」
やっぱりやめよう。
「でも・・・統矢さんが入れろってい言うなら入れようかな」
「なんかさ、母さん、組長にはえらく従順だよな。そんなキャラじゃないのに」
「昔っからそうなの。統矢さんといると、なんか一歩引いたところに立っちゃうの。
でもそこが落ち着くのよねー。なんでかな」
そう言って微笑む。
普段は一人で勝手にズンズン前を行くタイプのクセに。
寒いのか母さんが布団を肩まで持ち上げた。
その左手には指輪はない。
あのダイヤの指輪はもちろん大切にしているようだけど、
さすがにいつも付けているような物ではない。
だけど結婚指輪もない。
それどころか、二人は結婚式もしなかった。
19年前にもしなかったんだ、せめて二人だけででも式くらいすればいいじゃないか。
さすがに俺も、これは組長に文句を言った。
式も指輪もなしじゃ母さんがかわいそうだ。
だけど組長は言った。
「式だの指輪だの、そんなもんは神とか人とかの前で愛を誓うためだけのものだ。
自分達が愛し合ってるのを周りに認めてもらって、何が嬉しい?
それは、周りの目を気にして別れられないように自らに鎖を巻いているだけだ。
本当に愛し合ってるなら、そんなのは必要ないだろう」
確かに理屈だ。
これには俺も納得した。
女心はどうかは別として。
そんな組長がこだわる刺青。
廣野家の人間だという証拠。
だからこそ、母さんも入れていいと思うのかもしれない。
「じゃあなんで19年前に母さんにダイヤの指輪買ったんだよ」
「あれはただのプレゼントだ」
ダイヤの指輪がただのプレゼントですか。
「お前もサナにプレゼントくらいやることあるだろう?」
「・・・ない、かも」
「最低だな」
「・・・」
先立つものがありませんから。
そもそもサナはいつも何も欲しがらない。
俺に金がないのを知ってるってのもあるけど、
そもそもあまり物欲がない。
去年の10月のサナの誕生日は、母さんの引越しや手術でそれどころではなかったけど、
バイト代もあったしせめて何かプレゼントしようと思った。
でもサナは何もいらないと言う。
どこか行きたいところはあるか?と聞くと、海浜公園、とのこと。
そんなの普段でも行くじゃないか。
昔からそうなんだよな。
何もいらない、どこか特別に行きたいところもない。
だからいつもサナの誕生日は映画みたりケーキ食べたり・・・で、終了。
普段のデートと大差ない。
まあ、俺の誕生日も似たようなもんだけど、その辺はやっぱり男と女は違うんじゃないかと思う。
現に、俺の友達なんかは、彼女の誕生日となると大変そうなのに、
「俺の誕生日なんて、ちょっとしたプレゼントくれるだけで終わりだ」って愚痴ってた。
でも・・・
今思えば、やっぱり何か欲しかったのかな?
やっぱり俺に金がないから遠慮してただけなのか?
そう思うと、申し訳ないような、寂しいような・・・。
そういえば、もうすぐサナの二十歳の誕生日だ。
どうしようかな。
てゆーか、その前に解決すべき問題がある。
そんなことを考えながら、
帰り際、桃夫に会って行こうと、大広間に入った。
当然組長がいるもんだと思ってたら・・・
そこにはサナがいた。