第1部 第2話
「ねえ、大学でも空手やるの?」
4畳半の部屋に積まれた段ボールの一つを開きながら、
サナが聞いた。
「んー、どうしようかな・・・」
「全国大会出場の経歴が泣くよ」
「・・・でもバイトしたいし」
「・・・あ、そうか。実家にお金送りたいんだよね。でもおばさん、受け取らないんじゃない?」
サナとは実家が隣同士で幼馴染だ。
俺の実家の市営アパートはこの4畳半に負けずとも劣らないくらいボロくて、
安い。
近くにスーパー・公園・保育園などもあり、「母子家庭にはもってこい」な環境で、
自然、そういう家庭が多く入居していた。
サナの家もそうだ。
ただ、俺のところと大きく違うのは、別れた父親から毎月養育費をもらっていること。
だからうちに比べると余裕のある生活をしていた。
俺もよくお世話になった(お菓子とか貰ってたのだ)。
そして「東京の大学に進学する」という俺にサナはくっついて来た。
さすがにT大とはいかなかったが、なかなかいいレベルの国立大学に合格し、
俺と同じく一人暮らしを始めている。
ただし、俺よりもだいぶ小ぎれいなアパートで。
サナは俺よりも2日早く上京したため、今日は俺の引越しの手伝いに来てくれている。
母さんは仕事で東京にはこれないからだ。
「今更こんなこと言っても仕方ないけどさ、おばさん、少しくらい蓮のお父さんからお金もらえばいいのに」
「母さんだって『お父さん』がどこで何してるか知らないんだから仕様が無いだろ?てか、生きてるのかどうかもわかんねーし」
貧乏は今に始まったことじゃない。
生まれたときから貧乏だったら、別に「貧乏で困った!」なんて感じたことないし。
これはある意味すごい強味なんじゃないか。
「蓮て、変なところでものすごくポジティブシンキングだよね」
放っておいてくれ。
部屋があらかた片付いたところで生活用品や食料の調達へ行く。
二人とも初めての東京で、どこでどんなものがどれくらいの値段で売られているのか検討もつかない。
「東京」というだけで、なんでもかんでも高く感じてしまう。
おのぼりさんもいいとこだ。
大型スーパーで悩みに悩んだ挙句、
「引越しの日は取り合えず蕎麦だろ」
というちょっと古臭い考えの俺の提案で、
その日サナと二人4畳半の部屋で蕎麦をすすった。
「ふふ、なんか新婚さんみたいだね」
「そうなる時はせめて6畳で風呂付きがいいな」