第2部 第4話
廣野組での生活が始まって、早1ヶ月。
6月に入り最近は暑い日が続いている。
始めこそ慣れない仕事に閉口したが、だいぶ要領を得てきた。
そして最近、私に新しい仕事ができた、とゆーか、自分で作った。
「はい、コウちゃん、お弁当。いってらっしゃい」
「おう。いってきます」
そう言ってコウちゃんはいつも通り台所の勝手口からご登校。
まるで新婚さんみたいだ。
コウちゃんは毎月いくらか統矢さんからお小遣いを貰って生活しているらしいが、
お昼ご飯もそこから出して、購買でパンなんかを買って食べてるらしい。
朝晩と空手部で汗を流す育ち盛りの高校1年生にとって、お昼ご飯がパンだけじゃあ物足りないだろう。
初めて会った日もそうだったが、帰りは夜の9時を回る。
腹持ちするはずが無い。
というわけで、私がお弁当を作ってやっているのだ。
始めの頃は、「弁当に牛丼ってアリなのか?」と文句を言われるレベルだったが、
ここのところ料理の腕も上げ、なかなか立派なお弁当を作れるようになった。
ただこないだ調子に乗って、ふりかけでハートマークをこっそり書いておいたら、
「もうネェちゃんとは口きかねー」
とふてくされてしまった・・・。
(コウちゃんは何故か私のことを「ネェちゃん」と呼ぶ)
「今日も朝からラブラブ新婚さんか」
欠伸をしながら台所に大輔が入ってきた。
大輔の仕事は「統矢さんの護衛兼お付き」だから、統矢さんが会社へ出勤する平日は至って暇らしい。
「出勤とか帰ってくる途中に襲われたらどうするの?付いてなくていいの?」
「統矢さんが入社した頃、付いていこうとしたら『会社には家のこと言ってないんだ、お前みたいなデカイのは目立つからついてくんな』って振られた」
「ひどいなー、俺様だなー」
「そりゃ、ヤクザの世界では王子様だからな」
「じゃあ逆になんで王子様の護衛を大輔なんかがやってるの?」
「ひでー」
そうこうしているうちに、当の王子様がいらっしゃった。
ネクタイを締めながら大急ぎで勝手口で靴を履く。
「いっていらっしゃい」
お藤さん、宏美さん、由美さんが声を揃える。
「いってきます」
「・・・いってらっしゃいませ」
すこし間が開いて小さな声がする。
声の主は美月さんだ。
「・・・いってきます」
そう応えると統矢さんは勢いよく飛び出して行った。
美月さんは普段ほとんどしゃべらないし、誰ともろくに挨拶もしない。
組長だけには雇い主なのでそれなりに礼儀正しく振舞っているようだが。
ただ、何故か統矢さんに対してだけ明らかに態度が違う。
単に組長の息子だから、という感じでもない。
そして統矢さんの方も何故か美月さんには少し気を使っている様子。
あやしい、この二人・・・。
「なんなんやろうね〜」
私と同じことを考えていたらしい宏美さんが呟く。
「昔からあんな感じなんですか?」
「私が廣野組に来た時には既にあんな感じやったで」
「え?美月さんて、宏美さんより前からここにいるんですか?じゃあもう10年以上前から?」
「そういうことになるなあ」
「あやしいですね〜」
「そうやね〜」
「でも、組員と女中って恋愛禁止じゃなかったでしたっけ?あ、統矢さんは例外か」
「別に禁止ちゃうよ。ただ、お屋敷の中でいちゃつくなってだけ。前やめた女中の子も、
ここの組員と恋仲になって妊娠したから結婚してやめてん」
おお、そういう色恋沙汰があるんですか、ここにも!
「その組員はどうしたんですか?」
「え。おるで。庄治のことやで」
「しょーじ?」
「ユウをここに連れてきた奴」
脇役Aのことですかー!!!
それにしても美月さん。
今27歳だから、10年以上前となるとコウちゃんのように高校生の時には
既に廣野組に入っていたということか。
いったい電波少女に何があったのか。
そういえば、コウちゃんもあんなに若くして何故こんなところにいるのか。
大輔に訊ねると、
「ああ、コータ?あいつもユウと同じで家出人。統矢さんが拾ってきた」
とのこと。
統矢さん、あなた家出人収集家ですか。
お昼。
私は1人、台所で二人分のサンドイッチを作っていた。
一つは自分用。
そしてもう一つは・・・。
今日は暑いのでホットではなくアイスコーヒーにしてみた。
それと先ほどのサンドイッチをお盆に載せ、2階の一番奥の部屋へ。
これが私が自分で作ったもう一つの仕事。
ここではお昼ご飯は各自で取る。
大体はみんな外食。
たまに台所で自炊している関心なヤクザもいる。結構笑える光景だ。
組長は100%外食。
でも、最近は暑いせいか食事の為だけに外出するのが面倒臭そうだ。
そこで一度私が昼食を作って持っていったところ随分と喜んでくれた。
それ以来、組長がお屋敷に居るときは私が昼食を作っている。
「失礼します」
ノックして組長の部屋に入ると、なにやら机の前に座り資料らしき物を見ている。
「ああ、悪いな。ベッドのサイドテーブルに置いておいてくれ」
そういいながら、机に広がった資料を裏返す。
組長は危ない仕事は必要最低限の人間にしかやらせない。
露見した時、罪に問われる人間を極力減らすためだろう。
現にコウちゃんなんかは組の詳しいことは全く知らされていないと言う。
「どうだ、ここでの生活は。慣れたか?」
「はい!とっても楽しいです。色々勉強になります」
「ヤクザの家でできる勉強か・・・あまり役には立ちなさそうだな」
そう言って、ニヤリと笑う。
本当に不思議な人だ。
全く怖くないのに自然とこちらの背筋が伸びてしまう。
「コータなんかはお前に随分懐いてるみたいじゃないか。あいつはまだ若いし、
少々愛情に飢えてるところがあるから可愛がってやれ」
「あ、はい」
組員一人ひとりのこともよく知っているし、よく見ている。
何か異変があればすぐ気づく。
でも本人から助けを求めない限りは好きにやらせておく。
更に組をやめるのも自由。
堅気の世界に戻りたい人間は引き止めないのだ。
もちろん、組をやめる時に小指をつめるようなこともない。
この組長が作っている組全体の雰囲気とか人間関係が私にはすごく居心地がいい。
こんな平和な日々が続けばいいのに・・・と思っているが、
ヤクザにそれを求めるのは無理があるだろうか。