第1部 第12話
暗闇の中、タクシーで来た方向へサナの手を引いてズンズンと歩いていく。
ここが東京のどの辺なのか全く分からないが、
歩いていれば地下鉄の駅にでも出くわすだろう。
だが、甘かった。
とにかくいくら歩いても、廣野家の土壁に沿って歩いているだけで、一向に駅は姿を現さない。
腕時計を見ると、もう夜中の12時。
タクシーも通らない。
サナもさすがに不安そうだ。
「・・・ごめんな、びっくりしただろ?」
「うん。でも蓮もいきなり連れて行かれたんでしょ?あれ、蓮のお父さん?」
「みたいだな」
「しかもヤクザの組長?」
「みたいだな」
「でもあんまり怖そうじゃなかったね」
そうなんだよな。
自分とあまりにも似ているからなのかなんなのか、「ヤクザの親分」にしては怖くなかった。
むしろ、「どっかの会社の役員の休日」の図、って感じだったな。
なんて考えていると、後ろからクラクションが聞こえた。
振り向くと白い車が近づいてくる。
生まれてこのかた、母親の軽自動車の助手席にしか乗ったことのない俺でもわかる高級車だ。
確かレクサス・・・とかいう・・・。
これ一台あれば、母さんは後5回くらい癌になっても大丈夫だろう。
「乗れよ。家まで送っていく」
運転席からコータさんが顔を出す。
「弁護士が飲酒運転ですか」
「バカヤロウ。どっかの間抜けが俺の子分にビールをぶちまけるから、俺は一口も飲む暇がなかったんだよ」
真面目なヤクザだ。
俺とサナは一瞬顔を見合わせたが、このまま歩き続けてたら朝になりそうなので、
コータさんの申し出をありがたく受けることにした。
「ありがとうございます、でも家までじゃなくていいです。さっきの居酒屋でいいです」
「なんでだ?」
「家を教えたくないから」
「・・・かわいげのないガキだな」
「あんたんとこの組長の息子ですから」
「・・・なるほど」
コータさんは妙に納得した様子でうなずいた。
「あの。一つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「なんで弁護士がヤクザなんかやってるんですか?」
「弁護士がヤクザやってるんじゃない。ヤクザが弁護士をしてるんだ」
はい?
「俺は元々廣野組のヤクザなんだよ。途中でたまたま司法試験に受かっただけだ」
司法試験ってたまたま受かるようなもんなんだ。俺も受けてみるかな。
「蓮、お前今何やってるんだ」
「居酒屋のフロア担当」
「そうかそうか、居酒屋に就職したのか」
「それでいいです」
「よくねーよ。高校生か?」
「もう卒業しました」
「じゃあ、大学生か?」
「一応」
「最初からそう言えよ。ほんと、統矢さんに似てアマノジャクだな」
あ、嫌だな、それ。
「どこの大学だ」
「T大です」
「・・・組を継ぐんじゃなくて、俺の助手にならないか?」
「嫌です」
「今度は素直だな」
ええ。「統矢さん」とは違いますから。