第5部 第15話
帰りは、大輔さんが船着場まで送ってくれた。
と言っても、大した距離ではない。
歩いて10分ほどだ。
でも、その間に大輔さんと交わした会話は、
俺の人生観、というか、人生そのものを変えるような内容だった。
「蓮、やっぱり組継げよ」
「え?」
「統矢さんもユウもコータも俺も、みんなお前が産まれたときから、
いや、お前がユウの腹にいる時から、お前が次期組長になるのを楽しみにしてたんだ」
「・・・」
「したいことがあれば、すればいいじゃないか。大学行って、司法試験頑張って、弁護士になって・・・
で、たまに組のことも勉強すればいい」
「え?」
「統矢さんも、ずっとサラリーマンやってたんだぜ?ただ、先代が早くに亡くなったから、
統矢さんは30前に組を継ぐことになったけど、あの人は殺しても死なねーからさ、
きっと100歳くらいまでは生きるぞ。その時蓮は70だ。まだ50年もある」
「・・・・・・」
「統矢さんもお前の気持ちはわかってるだろうから、早くに隠居してお前に組を託すようなことは
絶対しないと思う。お前が組長やるのなんか、せいぜい10年くらいじゃねーの?
もしかしたら、統矢さんよりお前が先に死んで、統矢さんの次の組長は蓮の子供だったりしてな」
そう言って、大輔さんは笑った。
そうだ・・・
なんか、俺、「組を継ぐ」って言ってしまったら、
今すぐ継がなきゃいけないような気がしてた。
でもそうじゃないよな。
組長だってまだ48歳だ。
普通の会社員だって定年は60歳。
まだまだこれから、って時だ。
それに桃夫だって生まれたばかりだ。
あの組長なら、少なくとも桃夫が結婚するまでは絶対に死にそうにない。
別に急いで結論ださなくていいんじゃないのか?
なんだかんだ言っても、廣野家は俺の実家だ。
母さんもいる。
どんなところか興味がないこともない。
だから大輔さんの言う通り、ちょっとずつ組のことを学んでいけばいい。
どうしても継ぐ気にならなければ、それこそ桃夫か俺の子供に託す、って方法もある。
そもそも、俺が廣野家に帰ってきたから継ぐだの継がないだのって話が出てきたけど、
母さんと俺が出て行ったままだったら、結局俺以外の誰かが組を継ぐことになったはずだ。
焦る必要はない。
自分のやりたいことをじっくりとやってからでも遅くはない。
俺はまだ19歳だ。
会社員にだってなれる。
弁護士にだってなれる。
組長にだって・・・なれるかもしれない。
船着場につき、俺とサナは船の上から大輔さんにお礼を言った。
「大輔さん、ありがとうございました」
「ああ、二人とも元気でな。統矢さんにも・・・そう言っといてくれ」
「はい」
「あと!コータのこと!ちゃんと連絡よこせよ!!」
「・・・はい。レポートにまとめて提出します・・・」
大輔さんが噴出した。
「大学生らしくていいな。採点して送り返すよ」
「あはは」
「それと・・・サナちゃんのこと大切にな」
「え?ああ・・・俺は浮気したりしませんよ」
「それはそうだけど・・・そうじゃなくてさ」
「え?」
その時、船が岸から離れた。
「じゃあな」
「はい!お元気で!」
俺とサナは手をふり、大輔さんに別れを告げた。
「あ!大事なこと忘れてた!」
遠ざかる島を見ながら俺は思い出した。
「何?」
「大輔さんに、昔、母さんと俺の為に組長に意見してくれたことのお礼を言いたかったのに・・・」
「もういいんじゃないの?おばさんと蓮が、お父さんのところに帰ってきて、
今は幸せに暮らしてるってことをわかってもらえれば、じゅうぶんお礼になってると思う」
「・・・そうだな」
「そうだよ。大輔さんも幸せそうだったし、これでよかったんだと思う」
「うん・・・。ああ!もう一つ忘れてた!」
「また?今日は忘れ物ばっかりね」
確かに。
「大輔さんの刺青、見せてもらいたかったのに」
「あ、そうね。見たかったね・・・」
でもこれも、もういいのかもしれない。
大輔さんは廣野組を離れ、今は一人の職人として、夫として、父親として、
幸せに暮らしている。
刺青は、過去の思い出として大輔さんが大切に取って置けばいい。
今更廣野組の関係者が掘り起こすことはないんだ。
「ねえ、蓮。大輔さんの話聞いてて思ったんだけど・・・」
「え?」
「コータさんが前、お父さんは18年間女はいなかったって言ってたよね・・・」
「・・・怪しいな」
「・・・うん」
俺はサナと顔を見合わせて、ため息をついた。