第5部 第13話
「『何もないところで時間の流れを楽しもう』って感じの島ね」
サナが一言でその小島を表現しきった。
そこは本当に小さな島で、半日もあったら徒歩で一周できそうだ。
かろうじて小学校はあるようだが、中学校以上になると、
毎日船で別の島か本島へ通わないといけないそうだ。
船長さんにも
「お客さん、物好きだねー。こんな島、ダイバー以外来ないよ?」
とのこと。
もちろん二人ともダイバーの資格なんぞ持っていないので、
正に「何しにきたんだ」状態だ。
だけど、俺もサナもこういうところが嫌いじゃない。
元々実家が田舎だったこともあり、
このゆったりとした時間の流れは心地よい。
それともう一つ、この島にいいところがあった。
「あ。あれじゃない?」
「うん、そうみたいだな」
東京で、「○○さんのお宅ってどこですか?」と聞いて、
一発で返事が返ってきたらそれはもはや奇跡だ。
だけど、ここでは、通りすがりのトラクターおじさんに、
「藤城さんのお宅はどこですか?」と聞いたら、
「この坂をずーっと上っていって、海が見えたら左に曲がって。そこに家があるよ」
と教えてくれた。
みんながみんな、この島の住人のことをお互い知ってるんだろう。
それにしてもなんてアバウトな説明。
そしてそれで見つけられてしまうという素晴しさ。
いいなー。
俺、ここ大好き。
確かにそこには家があった。
レンガ造りの低い壁にぐるっと囲まれた敷地内に3軒。
一瞬、親族が暮らしてるのかな?と思ったけどそうではないようだ。
1軒は表札に「饒平名」とあった。
さあ、なんて読むんだ?
もう1軒はなんだかアトリエみたいだ。
東京の藤城さんの家の一室を思い出す。
そして、最後の1軒には表札がなかった。
「どうして表札がないのかな?」
「大輔さんの家じゃないのかもな。取りあえず、あの『ナントカひらな』さんに聞いてみるか」
「・・・なんて読むのかしら?」
「さあ・・・」
その敷地内に入ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。
「なんか御用ですか?」
振り向くと、そこにはすごく背の高い男の子が立っていた。
いや、身長は俺より少し大きいくらいなのだが、
顔つきはどう見ても中学生くらい。
こんな子供の時から180近くあるなんて、どんだけデカクなるつもりだ。
日に焼けた顔がいかにも健康そうだ。
「あの、藤城さんってお宅を探してるんですけど」
「俺んちです。そこ」
そう言ってぶっきらぼうに巨人君が指さす先には、例の表札がない家があった。
やっぱり!
「大輔さん、って君のお父さん?」
「そうです。今、工房にいます」
今度はアトリエの方を指さした。
やっぱりぶっきらぼう。
これくらいって、何かと恥ずかしかったりする年頃だもんな。
うんうん、わかるぞ、少年。
それにしても、大輔さんって何かの職人やってるのか?
お兄さんも彫り師だし・・・あ、お父さんも彫り師だったな。
組長の刺青入れたのは藤城さんのお父さんだって言ってたもんな。
職人一家か。
まさか大輔さんもここで彫り師をしてるとか?
でもここじゃ客はいないだろう。
「ついでにもう一つ聞いていい?」
「はい」
「あの表札なんて読むの?『ナントカひらな』?」
「『よへな』です。お父さんのお師匠さんです」
「よ、よへな・・・?」
恐るべし、沖縄。
巨人君にお礼を言って、俺達は工房へ向かった。
すると、そこに近づくにつれて、空気が熱を帯び始めた。
10月とはいえ、沖縄は暑い。
それに加えてこの熱・・・たまらん・・・
「暑いね」
「うん、暑いってゆーか、熱い」
「なんの工房なんだろう・・・」
開けっ放しの窓から中を覗くと、すぐにその謎は解けた。
「・・・ガラス工房?」
「みたいだな」
そこには真っ赤な炎がチラチラ光る炉と、
整然と並べられた綺麗なガラス細工があった。
高校の修学旅行で行った北海道を思い出す。
そしてその炉の中をジッと見つめる人物がいた。
一見してさっきの巨人君の父親と分かる、更なる巨人さんだ。
腰を折り、熱い炉を見るその表情は険しい。
なんか、声をかけづらい。
だけど、俺達の気配を感じたのか、
巨人さんはパッと顔を上げ、こっちを向いた。
その反応は・・・
いやー、予想通り。
コータさんと初めて会った時を思い出すなー。
「お忙しいところすみません。あの、藤城大輔さんですよね?」
巨人さんは肯定も否定もしなかった。
ただただ、口をあんぐりと開けてるだけ。
「自己紹介しなくても分かると思いますけど・・・蓮です。廣野蓮」
「・・・蓮?」
「はい」
すると巨人さんは、大きくため息をついた。
「脅かすなよー!統矢さんが死んで、若い頃の姿で化けて出たのかと思った」
おお。なかなかユーモアのある人物だ。
さすがに工房は熱すぎるから、と言って、
俺達は大輔さんの家に招待された。
いかにも沖縄、って感じの縁側が続く平屋造りの家だ。
窓から入ってくる風もカラッとしていて気持ちいい。
「どうぞ。この辺のお茶だから、お口に合うかわかりませんが」
そう言って、大輔さんの奥さんがニコニコしながらお茶を出してくれた。
「はじめまして。悠奈と言います。あなた達、東京から来たの?」
「はい」
「そうなの。私も昔東京に住んでたから・・・なつかしいわ」
「そうなんですか?」
ふふ、っと奥さんは笑うと、何か食べ物も持ってくるわね、と台所へ行った。
俺達の目の前に座る大輔さんは、先ほどの工房での険しい表情とはうって変わって、
すごく優しげだ。
「わざわざ、よくこんな遠くまで来たな。何かあったのか?」
「いえ、そうじゃないんですけど・・・どうしても一度大輔さんにお会いしたくて。
いや、何かあったな、この1年・・・」
俺は、東京の大学に通ってること、そこでコータさんに発見されてしまったこと、
癌になった母さんを組長が強引に東京へ呼び寄せ結婚したこと、
そして8月に二人の間に女の子が生まれたこと、
を、簡単に説明した。
「そうか・・・」
大輔さんは、しばらく黙ってなにやら考えていた。
「ユウは、俺が出て行った後、廣野家を出たんだな」
「あっ。そうか。大輔さんは母さんが出て行ったことも知らなかったんですね」
「うん。大丈夫かな、と心配はしてたんだが、もう俺にはどうすることもできなかったしな。
でも、出て行ってよかった。あの状態であそこに居続けるのはちょっと辛すぎただろうからな」
「・・・」
こんな優しそうな人が組長に楯突いて殴ってしまうくらい、
組長の母さんに対する態度は悪かったってことか・・・。
「俺な、ずっと統矢さんの付き人してたから、浮気してる間も統矢さんはユウのことを好きだって、
わかってたんだ。ちゃんとユウに話してやればよかったな」
「いえ。俺、母さんが廣野家出て行ってくれたこと感謝してますから。こうなってよかったんです」
俺がそう言うと、大輔さんはちょっと意外そうな顔をしたけど、
サナの方を見ると、ニッコリと笑った。