表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

昼、インターホンの音で目が覚めた。壁に取り付けられた受話器を取り声を出すと向こうからは聞き覚えのない優しげなおばさんの声が聞こえた。すぐに宗教勧誘のおばさんだと気づいた。

「少しお話を聞いていただけますか?」なぞ言うおばさんの声に、冷たい断りをいれようと思ったがどうせ暇なので聞いてみることにした。

するとおばさんは第一声「あなたにも信頼できるお友達がいらっしゃると思うのですが」なぞとほざくではないか。だから俺は正直に「いやいませんけど」と答える。するとおばさんは「いやいらっしゃると思うのですが」なぞと馬鹿なことをほざく。俺は少し苛立って「いやいません、本当に」と反論。するとまたおばさんは「いやいやいらっしゃるでしょう」とほざく。それに俺は怒鳴ってやろうと息を吸ったがそこでおばさんは「まあそれはそれとして」と話を変える。俺はもどかしさに床を小さく踏む。そうしておばさんと少し揉めたのち、よくわからない話を聞かされた。そしておばさんはポストに何やら冊子を入れて去っていった。俺はそこでふと好きな作品のことを思い出し、もしやと思って窓から、去ってゆくおばさんの方へと目をやったが、おばさんの隣には「NHKにようこそ!」の岬ちゃんのような可愛らしい女の子はいなかった。それに「ばばあが一人できてんじゃねえよ‼︎」と独り虚空に怒鳴り、宗教の冊子をゴミ箱に叩きつけた。そうしてまた布団に包まり、そういえばあの娘は岬ちゃんに似ていたなあなぞと思った。



三年生になってもう半分程が過ぎた頃、またいつものように俺とあの娘は校舎の端のいつもの場所にいた。彼女はそのショートヘアを緩やかな風に靡かせながら「もう風が涼しいね」なんて言ってこちらを振り向き、少し微笑んだ。その微笑はまるで、まもなく香り始める金木犀のような、優しさとなにか切なさを思わせるものがあった。そうして最後の秋が始まった。



六畳間で独り「俺にも岬ちゃんが来ればなあ」なぞ心中で何度もほざいていると、また腹が「食い物をくれえ」なぞと泣き喚く。やかましいから殴ってやろうかと思ったがやめておいてやった。そうして家に大した食い物が無かったのでコートを着込み家を出た。我が愛しのボロアパートから徒歩五分程のところに位置するコンビニにて数食分の弁当やカップ麺やお菓子、そして酒を購入した。早速その酒を飲みながら、鈍色の雲の下、家まで歩いた。そうして愛しのボロアパート前にて、隣に住む男子大学生と会ったものだから浅い会釈を交わしてすれ違った。俺はその後男子大学生の背中に敬礼した。彼の存在が無ければ俺は今頃玄関ドアの前で蜘蛛に笑われながら凍え死んでいたやもしれない。まさに命の恩人である。

そうして玄関ドア前に蜘蛛がいないことを確認して、普通に部屋へと入れることへのありがたさを噛み締め六畳間へと入った。

そうして好きなラジオを聴きながらカップラーメンを食らい酒を飲む。これほど楽で幸せな時間はないだろう。

なんとか餓死寸前まで新しいバイトは探さず粘っておきたいものであるが、面接に落ちることも多々あるのでそうも言っていられない。全くクソみたいな世の中だ。何故わざわざ働かねばならんのか。馬鹿馬鹿しい。そうだ俺が総理大臣になって働かなくてもいいような国にしよう!いやしかし総理大臣になるには働かねばならない。じゃあやめよう。それでは本末転倒だ。全く世知辛いばかりだ。


ラジオを聴き終えた頃にはいつの間にか部屋は暗くなっており、窓は雲の鈍色に染まる。俺は窓から離れてなんとなくその様を携帯で写真を撮った。そうして撮れた写真を見て「中々良いのが撮れたなあ」なぞ心中でほざきながら、その写真になにか既視感を覚え、少ししてその正体がわかってあの秋のことを思い出した。



文化祭。俺は一応ながら写真部に所属していたので、写真部の展示に、春に学校で撮った鈍色の明かり差し込む暗く寂しげな教室の写真を出した。あの娘にそれを話すと「見たい」と言ってくれたものだから彼女と展示のある教室へと行った。人気がないのかそこには俺と彼女の二人だけだった。ちゃんとしたカメラで撮ったであろう他の部員の綺麗な写真が並ぶ中で、携帯で咄嗟に撮った俺のチープな写真はやはり少し浮いており、はっきり言ってしまえばショボかった。しかしあの娘は俺の写真を見て「すごく良い、好き」なんて言ってくれた。そして彼女は俺の写真に見惚れて動かなくなり、俺はその彼女の横顔に見惚れていた。もう少しでこの横顔も見れなくなるんだもんな、なんて思いながらもずっとその横顔に見惚れていた。

すると彼女は俺の写真からなおも顔を逸らさぬまま「これって展示終わったらどうするの?」と訊いてくるから「額縁はどっかに仕舞うと思うけど写真は知らない。ただの印刷だし捨てるんじゃないかな」と返答する。すると彼女はようやくこちらを見て「もし捨てたりするなら私が貰っていい?」と言ってきたのだ。「そんなに気に入ったの?」なんてニヤニヤしながら訊くと彼女は少し笑って頷いた。

展示が終わり、俺は写真を彼女に渡した。すると彼女は喜んで、クリアファイルに折り畳まないように綺麗に入れてこちらを見て、まるで欲しかったおもちゃを買ってもらった小さな女の子のように可愛らしく笑った。



あの娘は今もあの寂しげな教室の写真を持っているのだろうか。そんな馬鹿馬鹿しいことを思い、やはりなんだかどうしようもなくなってしまって、本日二度目の桃色映像鑑賞の旅へ出た。我が息子がせっかちなものだから旅はすぐに終わり、また駄目になって大して面白くもないテレビを見たり、風呂に入ったりして時間を潰し、夜も深まりじきに寝た。


当時俺はあの日々を鈍色の青春なぞと思っていた。でもあれは間違いなく、青色だったと、今になって思う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ