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『野菜ばたけ』の物語短編はこちら

祭り上げられた聖女様が、たとえば世界を呪ったら。 -神に選ばれた聖女が今、世界に反旗を翻す-

作者: 野菜ばたけ

挿絵(By みてみん)


 私の名前は『ルー』。

 ただの『ルー』。

 家名が無いのは、私が平民出身だからだ。


 

 ある日の事。

 知らない人達がやって来て、こう言った。


「貴女は神に選ばれた。来なさい」


 胸に青の十字架が描かれた白装束のお爺さん。

 そんな彼に平民街の一角から連れ出され、私は今教会の中で暮らしている。


 美味しいご飯を食べ、高級な服を着て、清潔な教会に住んで。

 そんな私を王や貴族は特別扱いし、教会の信徒は敬い、民衆達は賞賛する。



 今、幸せかって?


 答えは簡単、「ふざけんな」である。




 肉が大好物な私に出されるご飯は、全て精進料理。


 服は確かに高級だけど、教会の時に着せられるのは薄くて寒い生地の服だし、貴族に呼ばれた時なんかは「殺す気か」っていうくらいにコルセットでウエストを締め付けられる。


 そして清潔な場所に住める代わりに、外には滅多に出してもらえない。

 これでは程の良い隔離だ。



 不要なものばかりを与えられ、欲しいものには手が届かなくなった。

 それが、私にとっての今だ。


 私は例え日々の暮らしが困窮していても、たまには肉を食べられる生活の方が良いし、高級な服だって要らない。


 確かに私は吹けば飛ぶような荒屋に住んでいたけど、そこには確かに自由があった。

 自分の体力とお金が許す限りなら、好きなものを食べて、好きな服を着て、好きな場所へと行けた。



 そんな私の幸せを奪ったのが、『聖女』という肩書だった。



「みんな、勝手過ぎるのよ」


 その呟きは、誰の耳にも届くことはない。



 自分の理想の『聖女』像を、みんな私に押し付けてくる。


 聞き分けがよく、献身的。

 そんな理想の『聖女』像を。



 「神からのお告げがあったから」というだけで、私は『聖女』に祭り上げられ、隔離された部屋の中で、日がな一日ただ神に祈ることだけを強いられた。



 え?

「嫌なら拒絶すればいい」?


 ならば貴方は出来るだろうか。

 聖女あるまじき言動に向けられる刺す様な非難の目。

 それを真っ向から受けながら、それでも自分を貫く事が。


 1対全国民。

 形勢があまりに不利過ぎる。


 だから私は例えお腹が痛くても熱が出ても、日々の神事を休めない。



 そんな私の前に、今まさに転機が訪れていた。

 目の前にあるのは、一つのボタン。


 『押すな』と書かれたボタンである。


挿絵(By みてみん)


 場所は聖堂、祈りの間。

 そこは物理的に『聖女』以外の者が入れない場所であり、それが『聖女』が必要な一つの所以でもある。



<汝、『闇』を欲するか>


 一体誰が作ったのか、ボタンの前の石碑にはそんな言葉が刻まれていた。



 それは間違いなく『聖女』への問いだ。

 その問いに、きっと歴代の聖女達は「No」と答えたのだろう。


 だからこそ、今も世界は此処に在るのだろうから。



 『闇』の正体には、すぐにピンと来た。


 この国では至極有名な話だ。

 曰く、「ある日突然『闇』が世界を覆った。それを封印せしめたのが、初代『聖女』である。彼女はひかりの彼方に消え、その後2度と戻っては来なかった」。



 そう、これこそが『聖女』の存在意義。


 『聖女』とは、『闇』を封印するために選ばれてそれを成し遂げる者の事である。

 自らの命を犠牲にして。



 つまり国も教会も民達も、みんな私に「死ね」と言ってここに送り込んだのだ。

 勿論「天上に昇る」なんて、綺麗な言葉で飾ってはいたけれど。


「そんなの、自分の醜い心を自覚したくない人たちの綺麗事よ」


 両親は両手もろてを上げて『聖女』の誕生を喜び。

 王や貴族は口を揃えて私に「使命を成せ」と言い。

 教会は「名誉な事だ」としきりに羨ましがり。

 そして民衆は『聖女』という存在を崇拝しながらも、それをどこか遠い世界の御伽噺だと思っている。


 そうやってみんな、犠牲の上に成り立つ幸せを当たり前のように享受する。



 そんな狂った世界に、なぜ私が命をかける必要があるのだろう。



 「みんなの幸せのため」?

 バカを言え。


 その『みんな』に私が入っていない時点で、それは決して正しく『みんな』ではない。

 そうやって、きっと今までの『聖女』も殉教してきたのだろう。


 そんな過去の真実さえ真正面から見ようとしない連中に、どうして命を捧げられる。



「……あぁ。こんな世界、どうにかなってしまえばいいのに」


 気が付けば、ボタンに手が掛かっていた。


 もしも『闇』を欲するのなら、その願いと共にこのボタンを押せ。

 この石碑とボタンが、そういう意味の代物だと、知りながら。



 こうして『闇』は、解き放たれた。




***




 『闇』は発動者の意思によって効果を変える。

 それは誰にも知られていない、この世界の真理だった。



 聖女・ルーの意思は、確かに『闇』を発動させた。


 彼女の願いは「みんなが平等に苦しむ事」。

 そして、「その終わりに死がない事」である。



 これは決して、彼女の優しさではなかった。


「私の自由を奪った者達に、死などという簡単な逃げ道を与えたくない」

 

 それが理由だったのだと、彼女は後に語る。




 彼女のそんな祈りは、『災厄』となって世界に降り注いだ。


 逃れようもない苦痛に苛まれる。

 邪険にされ、時には隔離もされる。


 そんな『災厄』となって。




 その『災厄』の名は――水虫。


 一度発症すれば感染者に『かゆみ』と『痛み』という逃れようもない苦痛を強いるその奇病は、環境さえ整ってしまえば平民にでも王族にでも教会の信徒にでも、皆平等に感染した。


 その結果、発症者は皆一様に周りから邪険に扱われ、時には隔離される様にさえなった。

 



 そんな中この国でただ一人、生涯その被害とは無縁だった者がいた。


 それが『聖女』ルーである。



 彼女は『闇』を使うことで永久にその脅威を消滅させた。

 そしてその功績によって得た報奨金を手に、『程々に快適な暮らし』と『自由』を手に入れた。



 こうして一人の『聖女』は願いは叶え、この王国には2度と『聖女』は誕生しなかったのである。


〜〜Fin.

結局聖女様は、その心の清らかさが故に選ばれたのです。

だから彼女にできる世界への意趣返しなんて、精々こんな所でしょう。



▼ ▼ ▼


この物語のアナザーストーリーとして、「うっかり聖女、思わず『闇』解放ボタンを押しちゃった。さぁどうする。(←今ココ)」という作品を投稿しました。


設定はそのままに、聖女の性格と背景だけを別物にして描いた作品です。

そちらも短編ですので、よろしければ覗きにきてみてくださいな。


ポヤポヤした天然系な聖女がお好みの方にはおすすめですよ。


(作品リンクは画面下部ランキンングタグに貼っています)


※この物語は「イラストから物語」企画に参加しています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「隕石阻止企画」から拝読させていただきました。 これは怖い災厄です。 みんな平等に水虫じゃあ治っても、またすぐうつされちゃうじゃないですか。 聖女様を怒らせちゃいかんですね。
[良い点] 鳥籠に閉じ込められる様に、自由を奪われた聖女の悲痛な叫び…… それが増幅し降り注ぐ厄災…… 中盤までの手に汗握る展開が快感でした。 しかしボタンの効果がまさかの水虫!? 衝撃の展開に腰が…
[一言] 隕石阻止企画から伺いました。 なんて、なんて災厄を………! :(;゛゜'ω゜'): 通風にしなかっただけ、優しいのか…な?
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