75 あの人は今2
室内には数人が身を寄せ合っていた。
「皆さんは淡河の洞窟から来られたんですか」
尋ねるとうなずいた人と首を振った人がいた。
「儂は須磨から」
「明石」
「会下山」
地名を聞いてもクリフォードにはそれがどこかは分からないが、それぞれが別の場所から来たということは分かった。
「あんたの顔、あいつらと雰囲気が似てるね。鼻筋が高くて色が白くて髪が赤い。服装こそ儂らと一緒で言葉も通じるが」
「あいつら」
首をかしげると、うなずいて教えてくれる。
「少し行った先に、言葉の通じない連中がいる。彼らもどこからか連れてこられたようだ。時々出会って、言葉を身ぶりで教え合いながら手に入れた食料を分け合ったりしている」
「他にも人がいるんですね」
言葉の通じない連中ということは、彼らとは違う国の人だということだ。
「食料が手に入るんですか」
聞くと、苦い顔でうなずかれた。
「いろんなものが無造作に転がってただろう。あんな感じで食い物や動物の死骸が転がってることがあるんだ。……俺らが死なないように与えられてる気がしてならない」
「死なないように、ですか」
「殺して食うより、生きたまま食う方が好きなんだろう。みんなそうやって死んでいった」
「儂らはいつか食われるために生かされてるんだ」
手で覆った顔から覗くのは、怯えと諦めである。
「ここは……」
「ここは牢獄だよ。あいつらにしてみれば、食料庫兼倉庫といったところか」
「出口のない空間、気持ち悪い空、乱雑に捨てられたもの、頭がおかしくなりそうだ……!」
一人の男が耐えきれないと行った風に苦悶の声を漏らしながらすすり泣く。
「泣くんじゃねえよ、こっちまで気が滅入るだろ」
別の男がたしなめるが、効果はない。
「あの、俺はもっと探ってみて脱出できないか試してみようと思います」
クリフォードは空気を変えるべく切り出す。
「あんまりうろついてるとあいつらに見つかるよ?」
「腕には多少の自信があります」
刀の束に手を置きつつ言う。
「うろついてなくたって、俺らがここにいることくらいあいつらには伝わってるさ」
泣いている男は悲観的に見解を述べる。
「そうかもしれんが、身を隠すものがあるのとないのとでは大違いだろ」
「隠れる意味があるか? あんな姿をいくらでも変えれる存在なんだ。この中にだって簡単に入ってこれるだろ……」
男は泣きながらヘラヘラと笑いだした。精神の状態が心配である。早くなんとかした方がいい。
「今までも、何度かあれと戦ってきました。だから、大丈夫です」
「うーん……」
口ではなんとでも言えると思われているのか、心配げな表情のままである。
「とりあえず、飯でも食ってくかい?」
「いいんですか? 貴重な食料では」
「いいんだ」
「どうせ、俺らいつか死ぬ。明日には死んでるかもな」
ふふふふ、と奇妙な笑顔を張り付けていってくるのは先ほど泣いてしまった男だ。やはり彼の精神が心配だ。
「まあ、こんなところで出せるものなんて、大したものじゃないんだが……嬢ちゃん、手伝ってくれ」
男は部屋の隅に座っていた若い女性に声をかける。彼女は無言でうなずくと働き出した。
「有り合わせで作ったすいとんだ」
出されたのは、小麦を練ってゆでたものを具材に味噌で味をつけた汁物だ。道中で見かけた草も具材として加えてある。
「水はなんとかろ過したり沸かしたりしたんだが、臭いがまだ残っててな……味噌でごまかしてあるからどうにか飲める味にはなってると思う」
「あの水を飲めるようにしたんですか」
すごい技術だな、とクリフォードは素直に感心する。
「黄泉戸喫」
いただきます、と口をつけようとしたとき、あの不安定な男がポツリと言った。
「やめねえか」
「あんた、食べちゃって大丈夫かい? こんな穢れた世界の食べ物口にしちゃってさあ」
ヘラヘラしながら言うその瞳が不安げに揺れている。
「黄泉戸喫とは……」
「俺たちの国の神話だよ。国を作った夫婦の神の内、妻の方が産後に亡くなってしまうんだ。夫の神が死者の国黄泉へ妻を迎えに行ったときには、妻は黄泉の国の食べ物を食べていて戻ってくることはできなかった」
「はあ……」
なるほど、と思うが今言われてもとも思う。すでに出されてしまった食事を突き返すなど、無礼極まりない。
「まあ、この食材自体はこの世界で作られたわけではないですし」
「そうだよ。あいつらにこんなもの作れるわけねえんだから」
「だってさああ、小麦粉だってこんなわけのわからない文字が書かれた袋に入ってるし」
ヘラヘラしていたのが、また涙声になっている。その男の指差す袋を見てクリフォードはあっと思った。
「これは、俺の元いた国の言葉です!」
「おお! そうだったのか」
袋にはガウェインで使われている文字が書かれている。
「じゃあ、あんたなら彼らと会話ができるんだな」
「他の場所にいる人達ですね」
このおかしな空間にガウェインの人達がいる。その事を奇妙に思いつつも、そこに何かしらの希望があるのではとクリフォードは思った。
「彼らに会いに行ってきます」
「そうか。なら、ちょっと頼まれてくれるかい」
「はい」
「よかれと思って味噌を渡したんだが、彼らは苦手なようでな。もし要らないと言うんなら、こちらで引き受けようと思うんだ」
「わかりました」
「食えるようになってるんなら、そのまま持っていてもらってくれ」
気遣いのできる優しい男である。クリフォードは彼のことをなんとか生かしたいと思った。
外に出たクリフォードを若い女の子が追いかけてきた。
「あの、ご案内します」
「ありがとう」
ガウェインの人々のいる場所への道を教えてくれると言う。
「俺はクリフォード。君の名前は?」
「小鈴です」
「よろしく、小鈴」
小鈴は照れたように薄く笑って会釈した。
「ここには来てどのくらい経つの?」
「一昨日……」
小鈴は魔物に襲われたと思ったらここにいたと言う。
話をしながら、クリフォードはここにいる人々が何故生かされているのか考える。
牢獄、食料庫、倉庫……いつか死ぬ、生きたまま食べられる、みんなそうやって死んでいった……
別所領にいた老人を思い出す。彼は食われ出してから数日が経っていたが意識はまだあった。
魔物は人間を一気に食べられるわけではない。あえてそうしてるのかもしれないが。
とにかく食べきるのに時間がかかるのだ。
かつて襲われた貴族の邸宅の状況を思い出す。悲劇の伝播役を残して他の人間は消えていた。
彼らは一度に襲われて食べられてしまったのではなく、こうやってここに連れてこられていたのではないか。
ここから脱出する方法さえ見つければ、今まで助けられなかった人も助け出せるようになるのではないか。
考え込んでいると、魔物の気配を感じた。
「ひっ」
小鈴が悲鳴を上げかける。それを口を塞いで止める。
「静かに」
小声で言うと、頷いたので手を外した。ぬらっと大きな姿の魔物がいる。姿は不定形。まだ、なんの動物の姿もしていない。顔らしきものがないので、こちらに気づいているかどうかはわからない。
「倒してくる。待ってて」
先手必勝で倒す。そう思い魔法を叩きつけようと身構えた瞬間、魔物が横からの衝撃を受けて傾いだ。
「!?」
疑問に思いつつも当初の予定通り、魔法を叩きつけて火を纏った刀で切った。
「誰だ?」
「あんたこそ」
魔物が食らった衝撃が来た方向を振り返る。不思議な光沢を持つ銃を携えた人物がそこにいた。
大倉山を会下山に変更(2021.07.17)




