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66 街角浄化行脚2

 早川の足が市場から路地裏の方へと向いている。

「こちらを行かれるのですか?」

「怖いか? ルー」

 ルーティアは知らず早川の服をつまんでいた。

「俺の勘がこっちへ行けと言っている」

 建物の影になり日も差さず、道は暗い。


「同じ人間の住むところだ。そう怯えずとも……」

 進行方向に男二人に連れ込まれて絡まれる女性の姿があった。さすがに面倒になってきた。男二人を適当に投げ捨てる。

「あっ! ありがとうございます! なにかお礼……」

 女性が話しかけてきていたが、振り向かずひらひらと手を振ってそのまま別れる。

「勘の正体はこれですか?」

「違う」


 路地を奥に進めば日が差すところに出た。中央に井戸がある広場になっている。周囲の建物に住む人が日常的に使っているものだろう。

 井戸に子供が一人取りついている。それを大人が剥がそうとしていた。

「これ……」

「ああ。水源地と同じことだ」

 離れた場所からも気配でわかった。魔物が井戸に巣くっている。


「ここの水は今は飲めないんだ」

「でも、母ちゃんが!」

「よそのとこを借りるしかないんだ」

「お困りですか?」

 早川は笑みを作って近づき、話しかける。

「井戸の水が濁ってしまって飲めないんです」

「嘘だ! きれいな水だった!」

「だった!? お前、くんで飲んだのか!」

 子供の発言に大人は目を吊り上げて、声を荒げる。もめ出した二人をそのままに、早川は井戸の中を見下ろす。


「ルー。力を貸してくれ」

「はい」

「水面が遠いから直接攻撃ができない。遠隔で脅してみよう。俺は経を上げてみるから、ルーは中に向かって(いかづち)を頼む」

「わかりました」

 早川は数珠を取りだし、ルーティアは胸の前で手を組んで祈るように集中する。


「大地の神アイアよ、この地に(いかづち)を降ろすことを許したまえ。その雷は空気を震わしあらゆるものを焼き払う。今その力、魔を打ち破るために使うと誓う。空に舞う精霊よ、寄りて我に力を貸したまえーー走れ、雷の矢!」

 ルーティアは魔法発動のために詠唱する。その響きが祝詞(のりと)のようだと早川は思う。

 大人は呆然と見守りながら、子供を抱えて抑えている。初めは抵抗していた子供も、異様な雰囲気に飲まれておとなしくなった。


 雷は効いているのかいないのかわからないが、井戸の上部は大分浄化されてきた。もう一回だと早川は目で促す。

「走れ、雷の矢!」

 井戸の周囲に満ちていた重苦しい空気が浄化されて、息が吸いやすい。自然、経をあげる早川の声も調子が出てくる。朗々と響く声に気づいたのか、数人が窓から様子を伺っている。

「大地の神アイアよ、今一度雷を降ろすことを許したまえ。精霊よ、我に再び力を貸したまえーー走れ、雷の矢!」

 都合三度の雷による攻撃が功を奏した。早川はそれが中で一塊になって競り上がってこようとしているのを感じとり、上まで昇ってくるのを経をあげながら待つ。

 姿を表した茫洋としたそれは、井戸の屋根の下から出ようとはせず、触手のように伸ばした体の一部で戦おうとする。そんな横着は許さず、早川は一刀のもとに切って捨てる。



「あの、あなたは、あなた方は」

 なんと声をかけていいかと戸惑う男にただ笑顔を返す。一度井戸の水をくんでみると、すっきりと澄んでいたのでこれで大丈夫だと男と子供に見せる。

「お母さんの具合が悪いのか?」

 屈んで子供と目線を合わせて聞いてみる。子供はこくんと頷く。

「案内してくれるか?」



 案内された家では、女性が息苦しそうにしながら寝ていた。

「これは魔物の気配?」

「まだ食われちゃいないな。恐らくはあの井戸の水に潜んでいたあれを飲んだのだ。あれが小さいから一気に食えるほどの力はないと見た。今なら霊圧で吹っ飛ばせるかもしれん」

 女性にまとわりつく穢れを祓うべく、早川は再び経をあげる。




 女性ははっと目を開けた。先ほどまで息苦しかったのが嘘のように、楽に呼吸ができる。重たく感じていた体は戒めが解けたようで、自然と上体を起こすことができた。

「もう大分具合は良さそうですな」

「ありがとうございます……?」

 枕元に立つ男が誰なのか逡巡しながらも、女性はとっさに礼を述べる。

「母ちゃん!」

 子供がわっと泣きながら女性に抱きつく。

「ルー、あの菓子をもらってもらおうか」

「いいですね」

 菓子を渡すと、二人はさっさと外へと出ていってしまった。子を慰める母親は二人を追う余裕もなく、どうしたものかと思うのだった。



「あの、井戸を戻していただいて」

 先ほど井戸の側にいた男は家の外で待っていた。二人を出迎えると礼を言おうとする。

「この辺の他の井戸への案内を頼めるかい」

 早川はそれを遮って依頼する。

「はい、ご案内します」

 男に案内してもらい、他の井戸と周辺を見て回ることにした。




「もう大分日が高いなー」

 ひととおり井戸とその周辺を見て回ると、結構時間が経っていた。

「お?」

「お迎えですわ」

 大きな道に出ると上等な馬車が停まっていた。傍らにオスカーが立っている。

「できれば声をかけてから出掛けてもらいたい」

 苦言を呈される。どうやって居場所がわかったのかは、あの男の仕事だろうと辺りをつける。

「マシュウか」

「そうだ」

 目付としての仕事を果たしていたらしい。二人の後をつけ、行動を見守り、居場所を教えたのだ。

「今日は鍛冶屋に寄ってから王城へ向かうと言う話だったが、時間はまだあるか?」

「それくらいの余裕はある。とりあえずは一旦戻られよ。食事してから再び向かおう」

 塩気があるものが食べたいなと思いつつ、馬車に乗せてもらった。

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