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64 破門娘と教会で逢い引き

逢い引きのところにデートとルビをふって読んでください

「……じ……け」

 あ、まただ。とルーティアは思う。

 寝言と共に抱き寄せる力が強くなった。ご家族の名前かしら、と推測する。恐らくはルーティアだけが知る、彼の弱いところだ。

 ルーティアの髪に顔を埋めるようにして寝ている。その仕種から彼の思う人と、ルーティアの髪質はもしかしたら似ているのでは、と考えられるのだ。


 これってやっぱり不貞かしらと思うのだが、どこか他人事のように受け止めてしまっていて、心が凪いでいる。罪悪感が働いてくれない。普通の女性ならば罪に怯えるだろうが、ルーティアは既に断罪されている。これ以上、悪くなりようがない。そんな気持ちから、平静でいられる。

 ただ、アレックスの言った通りになったことは腹立たしい。あのときは濡れ衣だったのに、結局そうなる運命だったのかと思ってしまう。


「……じ」

 寝言は小さくてしっかりとは聞き取れない。だが、もう何度も聞いたのでその名前をルーティアは知っている。

「……きっとお家に帰れますよ」

 言いながらよしよしと背を撫でた。彼が心安くあるようにと願って。



「教会に行かれるのですか? こんな朝早くから?」

「ちょっと見てみたいんだ。この国の信仰がどんなものなのか肌で知りたい。講話のようなものがあれば聞いてみたいが、とりあえずはどんな施設を構えているのか確認してこようと思う」

 起き出した早川につられてルーティアも目を覚ました。疑問があればまず動くのが信条の男である。

「ルーも来るか?色々教えてくれると助かる」

「……お供しますわ」

 まぶしい朝日が昇る中、二人はアンダーソン家を抜け出した。



「教会は施錠されてないんだな」

「ええ。いつでも門戸を開いております」

 行くところがない者への救済のためだろうか。野宿が辛い季節にはありがたい措置だろう。

 人目を避けるためかルーティアは肩掛け(ケープ)についた頭巾(フード)を目深に被っている。

「ここは礼拝堂です。日曜日、休みの日にミサ……説教を聞き、祈りを捧げる儀礼が行われます」

 広間には長椅子が数多く並べられている。広間の奥には女性の像が安置してあった。朝日が後光のように差し込み、神々しく見せる。

「あれは女神像か?」

「いえ、あれは聖女像です。聖女の起こした奇跡を教わり、正しさを知り、そうあるべしと自らを律し、日々の幸せに感謝を捧げるのです」

「へえ……」

 ルーティアが胸の前で手を組み目をつむる。それをじっと見ていると目を開けたルーティアがふっと笑った。

「……破門された女が祈りを捧げるのはおかしいですか? つい、やってしまうんですよね」

「いや、そういう自然に出てくる祈りこそ、尊ぶべきだろう」


 壁にはいろんな絵が飾られている。

「これらは聖女の起こした奇跡を絵にしたものですね」

「絵で教えるのはいい案だな。字が読めない人間にもわかりやすい」

 早川はこの国の宗教の形が見えてきた。

 三人の女神を奉っていると聞いたときは、自然を尊ぶ神道のようなものを想像した。

 しかし、実態は万能の奇跡を起こした聖女を敬い祈りを捧げている。どちらかと言えば、キリスト教の形態に近い。戒律が厳しいのも、キリスト教に似ている。

「なあ、ルー。破門とは一体なんだ? 俺にはどういう罰なのか想像がつかないんだ」

「英心様のお国には破門がないのですか?」

「仏教ならば、経典の解釈の仕方でいろんな派閥があってな。ひとつの宗派で破門を受けたとしても、よその宗派に鞍替えすればそれで済んでしまうんだ。もっと言うならば、信仰する宗教自体を変えたっていい。だから、破門と聞いてもそんなに重いものだと思えない」

「まあ。他にも宗教があるのですか」

「俺と俺の妹は全然別の宗教で修行をしている。家族で所属が違っていても、全く問題にならない。だが、この国は他に宗教がない。そうなると、破門と言うのは結構重たい扱いなんじゃないか」

「違う世界のお話は本当に驚かされますね……」

 ルーティアは一度目をわずかに見開き、しみじみと呟く。


「破門とは社会からの追放です。結婚、出産、葬式それらすべての参加を禁止されます」

「なんだそれは。村八分よりひどいじゃないか。修道院に入れられるってのはどういう処置だ」

「生涯をかけて、祈りを捧げて労働を奉仕することにより許しを得るのです。つまり、死んだときに葬儀をしてもらえるのです。そのことで無罪とはならずとも、死後天に昇る前に浄化の炎に焼かれて魂を清め、最後には救済されるのです」

「うーん……」

 冤罪で受けるにはあまりに重い罰に思えた。

「なんつーか、気に食わんな。痴情のもつれなんぞ当人同士でやりあえばいいものを。教会がしゃしゃり出てきて与える罰が重すぎる」

「英心様のお国では不貞は断罪されないのですか」

「え? いやー、一応罪だけども。わざわざ宗教団体に訴えるなんてのは聞いたことがない」

「そうなのですね……ですが、この国では結構な重罪ですわ。そして、私は修道院から逃げ出してしまいました。死後は埋葬されることなくその辺の森にでも打ち捨てられるでしょうね」

「ルー、それでいいのか」

「ええ。覚悟してきましたから」

「……討伐が終わったら俺と一緒に来るか?」

 見つめ返すルーティアの表情は堅く、揺るがない。


「もし、魂が帰ってくるのならって話をされてましたね。その話の通り魂が帰ってくると言うのなら、私はエレノアの魂が帰ってくるこの世界にいたいです」

「ルーは友達思いだな」

「ただの妄執ですわ……それに愛人を連れて帰るなんて、感動の再会が台無しになりますわよ」

「う……」

 ルーティアににっこりと笑われて、早川は答えようがなかった。



「そろそろ戻るか」

「ええ」

 礼拝堂を出ようと入り口の方へ足を向けた。

「もうお帰りですか?」

 そのとき、背後から声がかかる。

 振り向くと、礼拝堂奥の扉の前に人が立っている。品の良さそうな年配の男だ。足首まで覆う丈の長い上着に両肩にたすきのような布をかけて垂らしている。頭には帽子を被っている。

「司祭様ですわ。教会で儀礼を執り行う方です」

 ルーティアが小声で教えてくれる。


「ご挨拶もなく勝手に入って申し訳ない」

「いえいえ、いつでもご自由に来てくださって構いません」

 聖職者の男の物腰は柔らかく、口調も穏やかだ。

「勇者様とお見受けする。本日はどのようなご用向きでいらっしゃいますか」

 司祭は早川の正体を知っていた。そこで召喚の儀式に似たような服装の人間が揃っていたことを思い出す。そのときにいた内の一人か? と推測する。

 あのときにいた人間は数が多すぎてナルミスやカージスくらいしか顔を覚えていない。


「失礼ですが、どこかでお会いしましたか」

「いえ。ただ話はお聞かせいただきました。召喚の儀において招かれた聖人は教会でもっとも尊ぶべき方。故に粗相のないようにと教会全体に勇者様のことは知らされております」

 この司祭はあの場にいたわけではないらしい。そして教会中が早川のことを知っていると言う。人相書きでも回されているのだろうか。

「今日は、教会がどんなところかを見せてもらっただけです。そろそろ腹時計が催促してきているので、本日はこれにて失礼させていただく」

「さようでございますか。そちらの女性は勇者様のご伴侶でいらっしゃいますか」

「たまたま出会って案内してもらっただけです。口説くのはこれからですよ」

 にやっと笑って俗っぽく見せる。

「ひとつ、ご忠告申し上げます。あなたの身分は国王に次ぐほどお高いものです。不用意な行動はされませんよう」

「はあ……?」

 この国に来て、そこまで敬われた経験がないので、司祭の言葉に首を傾げる。

「あなた様のご伴侶は王位継承者と同じくらい選ぶのに慎重さを求められるのです。そのことを肝に命じてお過ごしくださいませ」



「英心様にはもう決まった方がいらっしゃるのに」

 礼拝堂を出て、ルーティアが呟く。

「もしかして、あれが教会の策略か?」

 身分の高い美姫でも用意して、懐柔しようとでも言うのか。なんとも俗物的な話ではないか。

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