60 敵は夜に蠢くので2
夜、明日の出発に向けて早く寝ようとしたが、眠れない。
なので、縁側でぼんやりと月を眺めていた。例の鏡を手で弄ぶが、何か報告することがあった気がするのに思い出せない。
「クリフ様?」
「……千佐」
「眠れませんか?」
「うん、そうだね……ちょっとだけ付き合ってくれる?」
千佐を夜更かしに誘った。そのままでは寒そうに見えたので、自分の部屋から夜着を持ってきて千佐に羽織らせる。薄着が目に毒だと思ったのだが、着ぶくれて埋もれてるのもなんだかかわいらしかった。
「千佐は摂津に行ったことある?」
「はい。山の方はこの辺と変わりないですが、海辺の港近辺は大坂に行く船が停まったりするので、結構栄えてます。それに海辺は西国と京を結ぶ街道が通ってるので宿場町も多いです」
「そっかー」
やはり人の多さからくる治安への不安は消えない。
「クリフ様、なるべく夕方に戦ってください」
千佐がそう言い出した。
「一人で留守番は嫌です……夕方は元々逢魔時と言って、魔の物に出逢いやすいとされる時刻です。それに、外に出ていた人が家の中に入る時間でもあります。夜は魔物の活動が活発になりますが、人の活動は控え目になります。その両者が混在している時間が夕方です。夜中は諦めて宿で大人しくしていますから、夕方は一緒に連れていってください」
千佐の言う戦うなら夕方と言う案は結構理にかなっていると思えた。何より、千佐の能力は戦うのにとても役に立っているのだ。
「そうしよう」
千佐の案に同意したが、千佐の顔から不安げな表情が消えない。
「失礼します」
「千佐!?」
千佐が羽織っていた夜着を広げてクリフォードを包む。二人で一つの夜着にくるまる。
「温かいですか?」
問われて、頷く。千佐はクリフォードに抱きつくような格好だ。体温が密に伝わってくる。なんと大胆なことをと思いつつもそれは口に出せない。
「クリフ様。私は兄を早く帰そうという気持ちに変わりはありません。そして、クリフ様もことが終わればお国に帰られますよね」
「……そうだね」
「魔物は早く倒してしまいたいです。ですが……お別れするのは寂しいです」
「千佐」
真正面からクリフォードを見ていた千佐は、身を寄せてクリフォードの肩に頭を預けた。
「一緒にいたい」
クリフォードの顔の横で言われた言葉は、吐息になって首筋にかかる。千佐の言葉を噛み締めながら、その背に手を回した。
「部屋でやりなされ」
家人の爺さんから注意された。千佐はばっと身を起こすと、夜着から脱け出して逃げていった。
「……別にとがめたわけではないのだが」
「はい……もう寝ます。お休みなさい」
気まずさを抱えながら爺さんに挨拶する。縁側から部屋に戻った。
『一緒にいたい』
千佐の言葉が頭を占める。その気持ちは、クリフォードも同じだった。
だが、考えないようにしていた。しかし、そろそろ目を背けなくなっている。
もういない彼女へ謝りたい気分だった。自分が現金で流されやすい薄情物に思えた。こんな風に自罰的な考えをしても、もう覆せない。




